道士月読修行時代「吐血呪詛於第六龍槍山脈」(中2、供養)、

我骨積即供養也 

懺悔之心偽如乎 

我血留即悔恨告 

汝曰「不要。鬼不人」


大意

「私は河原に骨を積み供養とする。

懺悔の心は偽りのようなものだろうか。

私は流れる血を留め、悔恨して何かを告ぐ。

しかしあなたはいう。「要らぬ。貴様は鬼、人ではない」」

倭国の受刑詩人 村正村治、獄中にて



供養。

それが月読じぶんがすべきことだ、と思った。

だから月読は、殺してきたすべての命を弔おうと思った。

――なんという偽善、なんという欺瞞! 自分で殺しておきながら。

だが彼はもう「オーン」と山から立ち上る、自分に対する怨嗟の声を聞いていられなかった。


彼は道を逆に辿っていく。この第六龍槍山脈を。

月読はここまで楽勝に登ってきたが、今度の道程はゆっくり、ゆっくり、だった。

なにしろ、一足ごとに、自分が屠った獣の数々があるのだから。

多くは腐りゆく。多くは血を流し。物言わぬ躯……。そこに漂う濃密な死色……。


鮮やかだったあの秋の山脈情景いまいずこ。

月読は、土を掘って、躯を埋める。

……今日は一匹。


……

…………

………………


……濁流に近い崖で、彼はかつてまた熊の群に襲われた。全滅さしたが、当然、その躯はそこに転がっていて。

濁流に近いから、この近くでは埋めることができない。死体の重みを背負って、月読は移動する。


重い。あまりに重い。生命を持たぬ獣がこれほど重いか。

もともと東洋系魔術は「肉体の鍛錬」を重視するものであり、またあの少女師匠からムチャな鍛錬を施されてきたから、熊の巨躯を背負うことはできる。

だがそういう話ではないのだ。月読の狩衣に血が滴る。ぞっとする感触である。


1日1匹。

この熊を埋葬するにあたって、それだけかかった。

穴を深く掘り(魔法は使わなかった)、熊をその中に寝かせ、深く哀悼した。

哀悼……? 

その言葉に、どこか欺瞞めいた何かを感じないわけにはいかない月読だったが、それでも、哀悼、追悼に似た何かをしようと努めた。


そして、6日をかけて、熊の群をすべて弔った。

少しの達成感はあっただろうか。しかしその達成感すら、すでにひとつの欺瞞なのだ。

なにせまだ「紅葉」は枯れていない。

ひたすらにこの山を支配する「オーン」の声が、月読を始終苛む。

まだまだ、

まだまだ。

まだまだ、

いるぞ。

躯は……腐りゆく躯は…… 


そう、彼の逆走ルートは「どんどん腐っていく死体」を次々に見ていくルートであった。

往けば往くほど腐っていく。仙人に師事していても、やはりまだ彼は人間であった。

この臭さ、ぬめり、

たかる蠅、蛆の群、淀んだ血、

そしてぼろぅりぼろぅりと落ちる肉……骨……。


ひとつひとつの「在りし命」を彼は埋葬していく。そのたびに「なにをやっとるんだ儂は」と思う。ただ襲いかかってきた獣を退治しただけじゃ、儂は。そこに何の問題がある……?



問題は、あったのだろう。さらに月読は思考する。

修行のためとはいえ、儂がここに立ち入らなければ、場を乱すことはなかった。儂の魔力を見て獣どもが「防衛」を働いた、それは確かだ。獣はただその、群に対する義務……防衛本能でもって、戦った。

――ああ、よほど「戦士」ではないか。


儂はどうした?それをあざけるように、呪殺一発で……。

……いや、手段の問題ではない。相手をどう思っているか、だ。

――自然との一体、それが仙人、か……今や儂にとってそれはお笑い草だ。お笑い草な存在が儂なのだ。自然に対する敬意……ずいぶん口の端に乗せたものだ、儂も。


そして月読は今日も埋葬する。

1日、1体の獣の躯を。当然、腐っていく。

より、1日ごとに、醜く臭く腐っていく。

山はひどい有様だ。

はやく、はやく、と、一時期は月読は思った。だから、大規模回復魔法をかけようとしたこともあった。ところが、なぜか魔法は発動・動作しなかった。


どの魔法を使ってもダメ……ひとつ、月読だったが、それを振り切り、彼はとにかく、手仕事での埋葬を行うことにしたのだ。


彼の「縛りプレイ」はまだ続いている。というか、縛りが増えた。

魔法のレベルをある一定のところで収めておく……のはそのまま。

そして月読は、未だ襲ってくる獣を、呪殺で片づけることなく、どうにかして知恵でもって、「に行ってもらう」ことを考えるようになった。


例えば、魔法で熟れさせた果実を、あちらに放って、自分は獣の躯を担いで逃げる、など。なぜそこまで自分はしているのだろうか、と月読はつくづく思った。

でも、これが自分が決めたことなのだ。これが自分の責務なのだ、と。この山を陵辱レイプした自分は、埋葬をしなければならない。


雨の日はよりぬかるむ。

血で塗れ、雨で塗れ、よけいに腐った臭いが立ちこめる。

月読は真っ暗な林の中、獣を埋葬した。


晴れの日はより臭いがすえて昇る。

カッと照りし日光が獣の肉を焼く。

そのたびに蠅が、鎖帷子カタビラのようにまとわりつく。

月読にもまとわりつく。苛むように……。


そうして、単なる登山者より遙かに遅く、遅く、月読は大六龍槍山脈を逆走していった……。

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