道士月読修行時代「吐血呪詛於第六龍槍山脈」(中、地獄の1日1回)
行人観血河
帰人昇天河
求人観骨河
可叶人生虚
(大意:
旅し者は幾つもの地獄を見て、
帰りし者はいずれ天の川。
求めし者は幾つもの骨に触れ、
叶うならば人生は虚であらんことを)
――隣国の詩人、トゥゼ・倫=Hによる疑古典詩
熊……!
倭国においてなかなかの野獣……!
でかい。
そんな大熊が行きかうこの第六龍槍山脈で、ひとりの麗しき美中年男性がそのエジキにならんとしていた……しかも六匹……無念……! その狩衣ボロボロにして……。
「――
だがエジキだったのはどちらだったのか。
腕も足もひとつとして動かさず、熊六匹は内蔵からはじけ飛んだ!その不気味な一声によって……!
仙人の弟子・剣崎月読は一瞬にして大熊六匹を呪殺した。民族料理ヤキトリでさえもっと手間がかかるという塩梅だ。月読の目は怜悧………
……
…………
………………
1kmごとにだいたい5つの熊……もしくはそれに値するだけの大きさの野獣を屠っているのだから、これは何かのカウント単位になりはしないか、と、わけのわからないことを考えている月読。
「
だが
折りしも季節は秋だというのに、この山脈を紅葉以前の紅葉に染めようというのか!されどそんな殺戮は、彼――月読にとってみれば、自分の身を守るためだけにすぎない。彼は考えていた。自分がすべき「
彼は少女師匠より行……修行。そう、すべき
だがそれは「なんかやれ、1日1回」という、めっちゃあやふやなものであった。
(そんなもの餓鬼でも云えるぞ……)
月読は師匠の言葉を五日間反復していた。しかし所詮は所詮のこと、only「なんかやれ」なので、汲むべき何もなかった。
しょうがないので、彼はこの山脈を横断しようとした。それも、彼が修めている戦術級、戦略級の巨大殲滅、巨大殺戮魔法を封じて。現代の読者にうまいこと説明すえば「縛りプレイ」であるが、この時代の幻想世界レッズ・エララにはビデオゲームはない!(詰め将棋はあるけどね)
――第六龍槍山脈……倭国の中で、長さも深度も高度も、襲ってくる野獣も、人の住処の少なさも、いずれもトップレベルの難度を誇る秘境である。常に山脈には霞が掛かっていて、その名の通り龍が空を飛んでいる……数ある槍のごとき巨樹を避けるようにして。
彼は歩く。山の険しい道を。苔蒸した岩をあえて歩く。深き川があればその底をあえて歩く。
……先に、「ある程度の魔法を封じて」と筆者は書いた。だが彼の修めている魔法……中程度、弱程度の魔法を、彼の魔力で使ったら、大抵の獣は死滅するのである。そして彼はさらに己を痛めるように往く。
襲ってくれば倒す。弱肉強食とまで考えるまでもない。自分が死んでどうなるのだ。一声、呪殺の念を放てばそれで終わる。そして骸はあとでどこぞの獣が食うだろう。
それでいい。
それでいいのだ。
月読の関心はそこにはなかった。ただ自分が修める「行」にこそあった。
だが……。
「なんかやれ、はないじゃろう、
ぶつぶつ呟いてしまう月読であった。その姿でさえ、傍目には苦心を厭わぬ美丈夫と見えるのだからタイシタものであるが、彼は「何をすればいいのか」という今更ながらの問いを考えていた。とりあえず、山脈九合目は五日で過ぎた。
この数年、あのわけくそわからん
この時点で彼は、1日1回どころか、1日何回も襲ってくる獣に、巨大魔法を行使「しない」というシバリを、「何十回も」シバっているからであるからして。
彼には殺戮の趣味はないが、ここまで獣が襲ってくると、もっとこう、パーッと派手にやらかしたいのも事実である。だが師匠はこうも言ったではないか。「1日1回」と。あまりに簡単なルールだ。だがルールはルールだ。シバリだ。彼はしょうがなしに、この「しない」シバリを未だに設けている。13
……
…………
………………
――そして十合目、月読は山脈を踏破した。ふと彼は、今まで踏破してきた道を振り返ってみた。
するとそこは……
……地獄だった。
腐った獣の死体が土を多い、
樹々には鳥の骸が血を滴らせ、
河には怪魚がウジにたかられ、
山脈全体が怨念に包まれていた。
彼に向かって
「
「
と…。
「
それは彼の呪文のオウム返し。獣の仔らによる呪詛返し。
「
それは彼の呪文のオウム返し。逝ききれぬ獣の無念による呪詛返し。
「
あな、山脈は「紅葉」に燃えていた。死山血河を自分は「つくってしまった」のだ……!
「
襲ってきた獣だ、確かにそうだ。だがこの震え淀む怨念はどうだ……!
「
そして月読は思った。
「自分は1日1回、「なんかした」か?」と。
今更のように。
「
「
「
「
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