道士月読修行時代「吐血呪詛於第六龍槍山脈」(上、滝壺の仙人と弟子)

(旧題・「有名人になるためには、血反吐を吐いて1日1回やればいい」


――1日1回、やればいい。

それだけでおめーは最強になれるよ。間違いない。

ぼくが言うのだから間違いない。間違ってたらおめーはぼくを師匠としてないだろう? ま、それなりに頑張りたまえ、美中年。


――ファファファ儂を見くびってもらってはこまる。

1日1回程度?バカを抜かすな師匠(レディ)。毎日50回でもしてみせますわ。道を究めるためには……!儂は誓ったんだ……! 


……

…………

………………


かつて倭国と呼ばれた國があった。海洋国家だった。

水に溢れた美しい国土と、洗練された文化を持った國だった。今はもう無くなってしまった國だ。

このお話は、そんな國のありし日のお話――。幻想が幻想であったころ。天に龍が駆けていたころ――。


「死ね」

とひとこと。

結った黒髪に袴姿のハイカラぶり、そして金色の河と紅葉をあしらった打掛で豪奢に羽織り御座る。にっこり笑っているが、どうにも性格の悪さがにじみ出ているようだ。

少女――御歳296歳の仙人は、弟子の中年魔術師に、そう冷酷に告げた。


中年といっても、その中年男は、極めて見目麗しく。ところどころホツれた狩衣姿の中は、まだまだ青年といってよき肌の艶やかなる。バサラと伸びた髪の艶美なる。目元涼しげで、流し目の切れ味豊かよ。体躯細くして、なお精力豊かなり。果てを極めんとする野心と志……。


憮然とした中年男、場所が場所なら世の婦人の垂涎たるダンディズムを放っていることであろう。だがここは、天に届かんとする崖。その背後には、轟々と音をたて、あまりの轟音にもはや無音瀑布となりし滝。その水の綴れ織と、天蓋を背景に、少女仙人は告げる。弟子のあまりの阿呆に向けて。


「まあ確かにおめーは才能があるよ、剣崎月読けんざき・つくよみ

少女仙人は、弟子に告げる。

「効率よくここまで道を修めたもんだ。五行の太陽太陰の理……まさにその勢いは水剋火水が火を消すってとこかい」

だがその言葉にはトゲがある。簡単に喜べない弟子であった。


「そりゃおめーさんは、このまま街に下れば、イチリュー魔術師として世の華さ。よっ、極東のだんでぃ魔術師」

つくづく嫌味を言う師匠である。弟子はいい加減うんざりしてきた。

師匠レディ、貴女は儂をどうしたいのだ」


――そこで、少女はやたら真剣な目で語る。

「……ここが岐路だぞ、月読」

「は?」

そのあまりのトーンの変わりぶりに、一瞬、背後の滝が止まったかのような錯覚を覚えた弟子だった。いや、実際止まったかもしれない。何せこの少女は仙人――東洋系魔術を極めたモノである。背後の「大自然」に一発、カツを入れる位、容易いことなのだ。そして、渇は弟子自身にも入った。


少女は打掛が汚れそうになるのも気にせず、その場にしゃがんで、こちらを睨むようにして話しかける。

「おめーは【魔術の極み】を目指している。そうだよな」

「無論だ……だから師匠レディ、貴女に師事している」

「ならば、次だ。次の段階だ。それが、【1日1回】のギョウだ」


「だからバカにするなと言っている、レディ」

やはり憮然とする月読。彼が下界(人の住む世界)で、少年期より東洋魔術を修め、極め、それだけでは足りず天界(大自然世界)に足を踏み入れ、この傲岸不遜な少女仙人を師匠として数年経っていた。そのころにはもう彼はだんでぃな中年となっていた。


月読の目指すところはただひとつ、魔術師としての極み――東洋系魔術においてはその称号は「仙人」と呼ばれるモノであった。人間を超越し、ただ純粋な魔術存在となること。自然と同一になること。そう、ヒトをやめてさえも魔術を駆使するモノとなること――それが、彼の野心、志であった。

歳を追うごとにその思いは純粋なものになっていった。昔はもっと雑念が入っていた。過去に受けた恥を覆したい、とか、同期の連中を出し抜きたい、とか、様々な雑念に乱れたものだ。だが、魔術探求の純粋性が、彼をより大きくさせた。気がつけば、彼は当代一の魔術師になっていて……でも足りない。


だから、彼は、天界へと足を運んだ。そこに住む、本当にヒトをやめたモノ……「仙人」に会うために。その存在に師事するために。より高みに登るために。より純粋になるために。彼はいかなる努力も惜しまないつもりであった。事実、惜しまなかった。月読は下界との交流を絶った。


出会った少女師匠(彼女は常に、自分のことを「師匠」と「淑女レディ」と、同時の敬意でもって呼ぶように彼に強要した)に師事し、彼はますます純粋に魔術の道を究めんとしていた……

……だからこそ。彼は「今更」――「1日1回」という、あまりに簡単なギョウの指令に、憮然とするのだ。


「何回でも出来ますわな、そんなこと」

やはり憮然として、月読は師匠にそう答えた。

「だったらやれよ、小僧」

不満そうに、少女師匠は答えた。

「いいからやれよ、さっさとやれよ」

そこで、月読はさらに問うた。

「何をやれというのです」

そう、その内容を未だ聞かされていないのである。

「1日1回」やれ、と。ただそれだけ。だから何をしろというのだ……ここにおいても、さらに憮然とする月読であった。


しかし、それに対して少女師匠は、放り投げるようにして云った――

「そんなもん、自分で決めろ、バカ」

そして、ひょーいと崖から飛び去っていった。

「え、ちょ、師匠レディ!」


気がつけば師匠はどこにも居なかった。もちろん、この滝の崖から身を投げて死ぬような仙人ではないのだが……そう、弟子の中年が心配しているのはそこではない。

「自分で決めろって……何をですか……何を考えているのじゃ、あのレディ《師匠》は……」


中年魔術師・月読は、どうしたものか、と思案した。はてさて、彼は「どこに行って、何を、毎日1回すればいいのか」、今更のように考えるのであった。それは簡単な問いのように見えたのだが…………………… 

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