ほうき星町のひとびと

残田響一(8TR戦線行進曲)

最愛の娘を抱きしめると魔力が!消える!死ぬ!

(旧題・「娘との日々」加筆訂正)


なぜに今の私に娘がいるのか、未だにわからない。私ってそういうキャラじゃなかったよな……


――ここは北国、ほうき星町。おっきな澄んだ湖、イーシィ湖のほとり……の高台の家、の午後、昼下がり。

世界最強の吸血鬼、セリゼ・ユーイルトットは顎に手をあてて考える。this style isうーんマンダム。


【設定1】

まあ、このセリゼという吸血鬼が言わんとするのもわからんではない。この吸血鬼、とてもまっとうな子育てを出来るような奴ではない。何せ貴族最高位。しかもその上、敵と見なすものはすべて暴力で排除すればええのだ式の考えで今日までやってこれた奴なのだ。鬼か。yes吸血鬼だよ!


【設定2】

そして少女な貴族だよ!

いつもツインテールな、凍れる水晶色の髪は、リボンで結んでいる。ちょっと一部を三つ編みにしてるのがオサレポインツである。

365日いつでも黒い男装礼服、室内なのに黒マント。この200年以上変わってないスタイルである。そうさみんなのセリゼであった。


そんなセリゼ、何と……今年から娘が出来ました!

…と言っても、この暴力ニート貴族が生んだのではない。そもそもこの吸血鬼少女に何かのロマーンス&セクシャルを期待してはいけない。冒頭からシモの話で恐縮だが、こいつの膣力は、つい簡単に陰茎をへし折るレベルであるからして。吸血鬼って力持ちだね。


ええい話が先に進まんな。とにかく娘が出来た。養女って奴である。

養女? 暴力ニートが養女theネグレクト? 現代のサツバツ!?

――その疑問に「違いますっ!」と作者が自信をもって答えられないのが悲しい。何せこいつはこのおはなしの最初から「何で私が……」とぼやいてるのだから。



――さあ、イマイチ娘の養育の覚悟が定まってない、新米養母・セリゼ。今は秋の10月、今年はこの養女と年を越すんだって話なのに。そして来年も再来年も一緒に年を越すって話。

――そうかそうか、それはうれしいな、って今素直に思ったセリゼだった。すごく素直に。だからこいつも、そんなに親としての適正がないわけではないから。


そんな養女「竜胆りんどうミズ」の様子を見てみると、居間でお行儀よく本を読んでいる。とても真面目だ。かわいい。

真っ白なロングヘアーはまっすぐに延びて、黒いゴシックな服は魔女みたいなロングスカート。

あどけない顔はとてもかわいらしい……だけれども、目にそんなに生気はない。


セリゼは、娘がなかなかカワイくなってきたのは喜ばしいことだと考えている。元々のミズの素材はよかったのだ。だが、ミズの生まれ持った特異体質は、ミズ自身に生まれてこのかた、相当な不利益を及ぼし続けてきた。だからこそ、今ミズは、12歳という年齢を考えた上でなお、そんなに生気がない。


じゃー母ことセリゼが、「遊ぼうぜっ!ヘイッ!」と声をかけてみようとは思うものの、何時も、こいつは、どこか、躊躇う。

セリゼ自身が「娘をどう取り扱っていいのか」って悩んでいる。完璧な距離感というものを未だ掴めていない。うーんうーん、と言いながら、コークと乳酸菌飲料をカクテルしたドリンクを作る。


すると、ミズがこっち向いた。

セリゼ「……飲みたい?」

ミズ(こくん)

無言で頷いた。

セリゼ「ほれ飲みなー」

セリゼは魔力を微粒子っぽく小さくしてコップに付与し、BARで常連客の「あちらのお客さんにカクテルを」ちう要望にマスターが答えるときのスゥーーーッってな感じで机を滑らせる。


魔力による慣性操作というか。セリゼにとってこの程度は茶漬け《らくしょう》だ。

ミズはそれを見て、コップをパシッと手にとる……前に、勝手にコップが止まった。ちょうど3cmくらい手前で。

セリゼ「こらこら、【魔力消し】をあっさり作動させんじゃないよ」

ミズ「……こぼれるといけないから」


セリゼ「それはすばらしい。けど、まだ【魔力消し】のcm単位刻みでのを完璧に習得してるわけじゃなかろ?」

ミズ「……ごめんなさい」

セリゼ「いやそんなに責めてるわけじゃなくてね」

娘の生気のない顔が、余計に消沈してしまう。……やっぱり距離感が掴めない。セリゼはまた悩んでしまう。


【魔力消し】とは竜胆ミズの生まれ持った(先天性)、簡単に世界級クラスで揺るがすレベルの超魔術体質である。故に去年までミズは某国家に強制幽閉監禁拘束されていた。自由剥奪という奴だ。

効果は簡単に言えば、ミズの意思……その気ひとつで、そこに存在している「魔力」がこの世からぱしーっと消え失せてしまうのである。


これは魔法科学というものに全面的に依存している複合多重幻想世界レッズ・エララの現代社会において、致命的な禁忌である。電力消えたらチョー困る、という感じ、わかって頂きたい。

セリゼがミズを養女として育てているのも、この強大すぎる天性の「魔力消し」をどーにかする為、ちゅうこっちゃ。


娘から「魔力消し」をなくそう、とは考えていない。それは、セリゼという特異体質吸血鬼がこれまでされてきた「血が吸えないおまえは間違っている!」の押しつけと同じだ。でもこの世との付き合い方というか、折り合いの付け方を学ぶ必要はあるだろう。


――そんなの私が教えられるモンかね? 


比較的、ミズに対する躾は、まだわかりやすい。ミズは一般常識というものがない。

大人しい子ではあるが、それは長期の抑圧状況だからで、ミズ自身の意志じゃねえ。長期的にはそんな内的抑圧は、彼女自身の中に「善きもの」を育てないだろう。


……って、そっちを考えるのもまた重大事だぜ……。


ミズ「……ごめんなさい」

セリゼ「?(首をかしげる) いや、怒ってはないぜよ、そんなクドクドネチネチな陰湿とは」

ミズ「わたしのせいで、困らせちゃってる」

セリゼ「あー、これか。いや、別に困ってるということは……」


セリゼは思う。母は思う。ちゃうねん。そこはちゃうねん。

困ってはいる。しかし、ミズのために困ることは、イヤではないし、面倒・苦痛でもない。こういう機微をどうやって伝えればいいのだ。


フレア「セリゼちゃんはツンデレですからねー」

おい、そう総括するなし。つっこみそうになったが、その呑気な言葉が、多少場を和らげたっつーのもある。

この家の大家、龍・K・フレアが顔を出してきた。


【設定】

ちっこい体躯、栗色のショートカット、いっつも白衣に、キュロットとかセーターとかの色気のない服装。そしていつも白衣。大事なことだから二回言いました。そう、こいつこそが天才工学者、フレアであった。


ミズ「はかせ、見ていたの?」

フレア「見ていましたよー。セリゼちゃんもあれですね、距離感をはかってるってのですね」

セリゼ「おいテメエ、娘の前でぶちまけやがって」

ミズ「やっぱり……」

フレア「ミズさん違いますよ、そこを卑屈に勘違いしてはいけません」

ミズ「?」

フレア「困るのは、どうにかしたいため。どうにかしたいのは、好きなため。好きだから困る。こんなどうどう巡りですよ」

ミズ「……嫌いじゃない?」

セリゼ「私、嫌いだったら即ブッ殺してるし」

フレア「いかにもセリゼちゃんらしいですが、教育に悪いので、親な自覚で言葉を遣ってください」

セリゼ「確かに私が悪かったっ」

フレア「ミズさん、セリゼちゃんは、言葉は足りませんが……変な嘘とか、いくじなしの虚偽とかは、絶対ないひとですから、そこは安心していいんですよ?」

ミズ「知ってる。でも……」

セリゼ「でも?」


ミズ「――私、嫌われたくないもん。…………お母さんのこと、好きだから。好きな人に、嫌われたくないから。そう考えるのって、おかしい?」


それを聞いてアチャーと参るセリゼだった。

セリゼ「すまん」

すかさず両手をがしっ、頭をごつんと地につけたセリゼだった。


ミズ「え、お母さん?」

セリゼ「お前さんにそんな言葉を吐かせた私が悪かった」

ミズ「え、で、でも私は……」

セリゼ「まー正直に言おう、距離を計りかねてるのは事実だ。でもそれは、私もお前さんが好きなんであって。こういう事例、あんまないぞ? そこなはかせに聞いてもらってもいいが」

ミズ「そうなの?」

フレア「そうですね、特に否定はしません。この町の皆から嫌われてるわけではありませんし、このように愉快な吸血鬼ですが、セリゼちゃん自身がひとを選ぶというか、ある種の存在を猛烈に嫌うひとです。このひとにも過去いろいろありましたしね」

ミズ「お母さんにも……」

セリゼ「あるさ、そりゃあ。我々は、誰もが誰もの固有の苦しみを抱えてる。マジでな……つーか、苦しみを比較するもんじゃないしな。世間ではよく比較する奴らがいるんだが、たいていそいつらはクズだ。ミズ、おまえさんが抱えてきた思いってもんは、誰にも否定できたもんじゃない」

ミズ「……」


どれだけ娘に伝わったのだろう、と思う。こういうこと説教出来ねえよ私は。同族吸血鬼カスどもとの無数の返り討ち戦争を繰り返してきた血みどろの人生。それで子育て?この娘に何を伝えてやれる?

――それでも、何かしらを伝えたいし、ミズの幸せを本気で願っている自分というものも、ある。


セリゼ「私はなー、人に頼れない奴だったから、ミズに【人に甘えてもいいんだよ】的な助言って、うまく出来ねえよ。でもさぁ…それはそれとして、ミズは私に甘えてOKだよやっぱ。わかりにくくてスマンが」

ミズ「……お母さん」

セリゼ「ん?」

ミズ「あの……抱きしめてもらって、いい?」


セリゼはミズがそれ以上言うのを待たずに、ミズを抱きしめた。

ぎゅっ。

セリゼ「そーいうのは許可とか言わずにやればええんだ、やれば。人間やったもん勝ちだぞ?」

ぎゅっ。

ミズ「お母さん……」

フレア「どうしてこの吸血鬼さんはこういう言い方しか出来ないんでしょうね、ふふっ」


うまく抱きしめることの出来ない自分である、母である、ということは理解している。ずーっと昔の、魔女魔法の試験的修行せっくるの時でも、相手方の陰茎をブチ折ってしまう自分(悪かった)であるのに、子供を優しく抱き留める力の加減なんてわかろうハズがあるまいよ。

だからちょっとこわごわ。でも、抱きしめない選択肢はない。


ミズ自身の「魔力消し」操作は完璧ではない。

押さえているが、感情の揺れひとつで、セリゼの魔力を大幅に削るだろう。実際セリゼは自身の魔力がガンガン減ってってるのを自覚してる。フレアだって魔力センサで察知している。


だけど、抱きしめる力と思いが減じることはビタイチなかった。


ミズのために、何かをしてやりたい。そう思える私自身が、なんだか奇妙だ。きっとその奇妙な距離感をどーにかこーにかしていくことが、これからの私の人生であり、喜びなんだろうな、と考えることは、悪くはなかった。


だってさぁ。

好きなひとを抱きしめるのにすら遠慮する人生って、どうよ?

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