第21話『非日常B』3

 早く逃げなければならない。


 向かうのは隣の工房へ続く勝手口である。


 一般的な工房街の例に漏れず、数打ちである『TaNaKaMa工房』は---建設費用を安くあげるために---全く同じ建物が二棟連続して建設されおり、必要に応じて二棟ぶち抜きで大型工房として利用したり---そういった大型工房は巨大なパーツが容易に搬入できるように、区画外周にまとまっている---も出来て使い勝手も良い。


 そして、基本設計段階から付いてる隣への勝手口は、隣の棟との連絡口となっており、隣の工房とやたら仲が悪いとか、設備設置上の問題があるとか、防犯上の理由があるとか問題があれば、封鎖なり埋めるなりされることもある。


 だが『TaNaKaMa工房』では隣が気の知れた同業者であり、勝手口は物的人的に色々な融通をきかせる際の通路として重宝されている。


 ガチャ


「ちょっと失礼しまーす。アーアーいそがしいなあー」


 扉を抜けたカズントはお隣『天元工房』の、背丈の倍ほどもあるコーティング機の横に出る。


 こちらの工房も不夜城のごとく、今も4機ほどが作業中でカズントをチラリと見る物もあるが、勝手口は両工房の整備機が通路代わりによく行き来するため別段不審がられることもない。



「ア~、ちょっと通らせてもらいます!」

 

「おう。fyぐbにmkl!」


 近くにいた多腕の整備機、名前は何だったか---腕部はマニュピレーターが4本づつ枝分かれしていて精密作業に強そうである---が快諾してくれたようだが、ドラッグのせいで言葉の端はぼんやりとしか聞き取れない。

 

 その代わり、今出たばかりの『TaNaKaMa工房』の表口辺りで警察の駆動機のサイレンが止まり、大型機体がドカドカと踏み込んでゆく音はハッキリと聞こえてきた。


「ん? なんだこれ隣がなんかやらかしtゆにも、p.うひ??」


 カズントは慌てる人型整備機をよそに、急いで『天元工房』の裏口を出る。


 そこは明るい工房内とは一転して暗い---とはいえ街灯は整備されていて、工房内が明るすぎただけである---裏通りであり、各工房の裏口のシャッターが並ぶ道である。


 各工房の資材置き場となっている道の両端には、端材であったり、ポリタンクであったり、整備機の手足---本体は付いていないと思う---であったり、様々な物が適当に固めておいてある。


 そんな裏通りをカチャカチャと数歩もいかぬ内に、誰かが叫ぶ声が響く。


[この付近 (添付エラー) でプラズマ凝集音を確認、発射の恐れありーー] 


 カズントはドラッグでボンヤリとした頭で「おや? 何処かで新型の機材か、何か変な部品でも暴走させたのかなァ?」と思った。



 ・・・新型機材を仕入れるのは難しい。


 移り変わりが激しい整備業界を生き残ろうと思えば、新しい技術と分野に挑み続けるしかないのだが、その経済負担から中小の工房が迂闊に”新技術”に手を出すわけにはいかない。


 それに何よりもまず”新しい技術”が使えるものばかりとは限らない。


 新技術が『電磁流体装甲(注1)』だったり、悲しい『積層反発関節』だったり、『多関節回転脚』などの問題作だったりする事があるうえに、武装の流行り廃りに需要が潰れたりもする。


(注1):

『EMP対策が難しく、制御ラインに被弾するとEMPによって装甲が不安定化することがある。

 被弾によって流体装甲の下の支持層が破損すると、肝心の損傷箇所の装甲復元率が低下するなど、装甲としての根本的な問題が噴出した。

 現在鋭意改善中である。』



 そして最新の機材はそれ自身も安定しているかが怪しく、『導入して三日で新機材が壊れて運営が立ちいかなくなった』などという話も聞いたことがある。


 更には『ニーズの微妙な新機材を同時に購入し、シェアを喰い合って一緒に潰れた』という、まことしやかな噂まで。


 つまり、そんじょそこいらの中小工房が”新技術”に手を出すのは、リスクが高いのだ。


 失敗すれば長い間技術を刷新する余裕を失ってしまうし、工房の整備機達はポイントを伸ばせず、その寿命を擦り減らしてしまう。


 ・・・幸い『TaNaKaMa工房』はそんな事にはならず、カズントの短い寿命が更に減るようなことはなかった。


 まあしかし、『TaNaKaMa工房長』が『物凄い目利きだった』と言うわけでもない。


 『TaNaKaMa工房長』は見た目通り---センシング系列の整備機であり、その折り畳んだ身体を伸ばせば40mになんなんとする---気が長く、焦ることなく『型落ち前』程度の技術だけを狙って成果を上げてきた古豪であった。


 【kz】のカズントがここまで生き延びれたのも、その『TaNaKaMa工房長』の忍耐強い経営のお陰なのだが・・・。



 ・・・つらつらと、電脳から湧き出る妄想に身を任せていたカズントの脚が停止した。気がついてみれば、『TaNaKaMa工房』からそこまで離れてもいない場所である。

 

 足を止めた原因は、目の前に鎮座するどでかい8輪駆動機であり、裏通りとはいえ3機ほど並んで歩けるような道をミッチリと塞いでいる。


 その8輪駆動機が背負ったバッカン(廃材入れ)には、端材やら、破損部品やら、破損コーティングを丸めたのやらが・・・ギッシリと山積みにされており、崩れ落ちんばかりのところを、バッカンの縁に差し込まれた廃材の板壁でなんとか押し留まっている惨状であった。


 この満載具合からみて、夜が明けたらすぐにでもスクラップ処理場に運ぶつもりで放置してあるのだろうが・・・まあ迷惑極まりない。


 カズントと常駐AIが同時に不満の声を上げる。


「だれだーこんなとこにバッカン置いたのー  」


-こんなとこに車停めたの誰ー      -


[耐衝撃しせーーーーーーーーーーー!]


 再びの叫び声。


 炸裂する電光。


 ジュヴヴヴヴァッボォオォォォォォォーー!!


 プラズマトーチで鋼鈑を撫で切った音を、そのまま100倍にしたような音が音響センサーに響き渡った!


 電磁聴覚が拾ったノイズは更に酷い。


 直後、「バツンッ!」という空電が聞こえると、見えていた範囲の街灯の明かりが全て落ちた。


 周囲の工房に明かりが残っている所があるのは、非常電源やバッテリー式の可搬光源が生きているからだろう、。

 

 この事態を見たカズントの頭の隅には引っかかる部分がある。だが、それは考えないようにしよう。そうしよう。


「うわぁ、誰か一帯のブレーカーでも切ったのかなァ・・・?」


 何故こんな忙しい時に、こんな事ばかりが起こるのか。


 早く逃げなければならないのに。


 ・・・思考が回る。



 そういえば、ENGJt-msw-85266 震さんが「古い図面を引いて確かめもせずに改築を行ったりすると、こういった事故が起こる」と、言っていた。


 以前、排水槽だった場所に支柱を打ち込んだせいで、数期後に処理残しの腐食液で柱を腐らせて工房を倒壊させた工房主が居たらしい。



 カズントは通路を塞がれた裏道で、4本の脚を止めたまま思索に耽る。


「事故は起こるものだ・・・」


 ドラッグが廻りきり、この事態を引き起こしたのが自分であることすら分からなくなってきたカズントは、無責任に呟いた。


 指示AIから声がかかる。


-またぼーっとしてるよー! ・・・って言いたいところだけど。まあプラズマ砲の騒ぎにビックリして、無闇に動き回ってるよりはいいや。えーとね、この道が詰まってるから-


 電脳内に逃走経路MAPが広げられ、四角いマーカーから赤いラインが伸びてゆく。現在位置と新規経路示しているらしい。


-MAP見てねー・・・そこの右手の工房の勝手口から「避難してるんで通りますよー」って感じで入っていって、隣の工房に抜けて、そこからまた裏道に戻って・・・あとは最初に指示した順路で抜けられるよ。でも表通りには絶対に近づかないこと! ・・・あっ! あと忘れかけてたけど、『なふだ.zip』ちゃんと使ってね!? あれ使わないと何処で引っかかるか        -



ブィーーーッン! ブィーーーッン! ブィーーーッン! ブィーーーッン!



 そんなやり取りの途中、警察機構のサイレンが鳴り響き、あらゆる周波数帯で警告文を垂れ流し始める。


「[『こちらMPSC-4266 ほーりー。A505-23番地でテロ発生です! 当該区域の全ての機体は、ID及び機体位置識別信号の発振をお願いします。尚、当該区域でID及び、機体位置識別信号の発振のない機体は、予告なく発砲する事があります。その際の機体・電脳等破壊について、当局は一切の保証を行いません。繰り返します・・・ 』]」


-あー、本格的に来ちゃったか! あんまり問題ないと思うけど、警察から見つかり難くするために今からジャミング掛けるよー!-


「ジャミングってなんだっケ?」


 カズントが「ジャミングってなに?」という顔で問うと、


-えーとね。電信がすっごく飛ばなくなる。電波がよく聞こえなくなっちゃうから注意してねー!-


と返事が戻ってきた。


 返事が終了すると、途端に『ザーザーー』という耳障りな音が周囲を埋め尽くした。カズントはジャミングを「こういったものか」と感慨深く感じる。


 そんな事をしていると、裏通りには各工房の裏口から「何事か」と出てきた機体や、「取り敢えず逃げよう」という機体がちらほら顔を出し始めたので、カズントは慌てて右側の工房の裏口の扉を開いた。


「う、裏通りが詰まってるので、勝手口失礼するヨー」(小声)


 カズントは扉を開け中に入り、最低限の挨拶を唱えると、四角い機体を腰で曲げてお辞儀をした。


 工房内に整備機達の姿は見えない。


 電源の落ちた真っ暗な工房内で、破壊された表玄関がチロチロと赤く燃えているのが見えた。幸い内部は無事なようでビームカッターや中型戦機の腕部など、整備中だった部品は整然と並べられたままである。


 工房の入口辺りから喧騒が聞こえてくる。どうやら結構な整備機がいる様子である。


 どうもここの整備機達は、何事かと飛び出したのか、それとも取り敢えず避難しようとしたのか・・・理由は分からないが、全員表に出ているらしい。


「・・・ヨシ!」


 どうせ耳に響く『ザーザー』という音のせいで挨拶も届かなかっただろう、もうこのままコッソリと隣の工房へ抜けるドアを使わせて貰おう。


-あー・・・また忘れてると思うけど。人に見つかる前にちゃんと『なふだ.zip』使ってねー?- 


 確かに忘れていた。


「おお、そうだった!! 『なふだ.zip』を解凍するゼ!! えーと・・・。『使用に同意しますか?』 YES! YES! YES!」


 カズントは、工房入り口から届く揺らめく炎の光の中で四角い体を前後に揺らしながら、電脳内の四角いフォルダに収めてあった『なふだ.zip』の使用に同意した。



-system  ze8ik9jkopl@./:-



 カズントの許可を得た『なふだ.zip』は、電脳内で素早く自己解凍、自己展開を開始。


 中から出てきたプログラム『なふだ.exe』は、”本人の同意”によって一部開放されている免疫系から、ウィルスじみた手法で【BB】(ブラックボックス)内の守秘ストレージに侵入していく。


 同時に【BB】外部の記憶領域にも展開、疑似(ハリボテ)のC-z2905整備機製造コンソールシステムに、【Kz】系製造ラインの有った第三機業塔の当時の管制データ---ENGKz-msw-10044の製造PASSを含む---を構築する。


 準備を終えた『なふだ.exe』は、守秘ストレージ内で電源管理のバグを実行。


 不安定どころではない電圧乱高下により、守秘ストレージのシステム全体が強引にダウン。一時的に守秘ストレージの構成システムが出荷時の設定まで巻き戻る。


 異常を検知したシステムが回復プロセスを開始。


 『なふだ.exe』は『バックアップによるデータ復旧』に割り込みをかけ、バックアップ内の機体固有IDコードLOGを改竄。


 本来は、出荷時以降隔離され、リードオンリとなる機体固有IDコード部分を、システムダウン時の出荷時設定巻き戻りを利用して---外部に準備した疑似(ハリボテ)整備機製造コンソールからの、”正式な”製造管理者権限(マスターコード)を突っ込んで---無理やり銘を書き換える。


 役目を終えた『なふだ.exe』はプロセスを開放。


 復旧プロセスが正常に作動。


 システムダウンによる破損箇所は全て自動で補修され、復旧プロセスは問題なく終了した。


 ・・・一部分を除いて。


-よしいけたー!! じゃあ・・・君の名前は?-


「そりゃあもちろんENGKl-smss-8003 独(ひとり)。産まれてこの方、そんな名前・・・・・・だったような気がする??」


 カズントは四角い頭部をキュッと捻り、カメラアイをピカピカしながら頭を抱えこみ、システム欄と記憶領域を交互に確認している。


 もちろん、記憶の方は自分があの忌むべき銘『ENGKz-msw-10044 カズント』であることを理解している。だが機体識別システムは出荷当時から『ENGKl-smss-8003 独』であったと主張していた。


 何度も確認する。


 機体固有IDが書き換えられていた。


「ウッヒョー! スゴイ!!! スゴすぎる!!!!」


 最初からこの名前であったなら、何も悩むことはなかったのに。


 ・・・今更銘だけが変わったところで、運命が変わるわけでも無いが、呪われた銘から開放されたのは素直に嬉しい。その喜びは、シビれるような感覚となって全身から湧き上がってくる・・・・・・んんっ!?



-system error- ビーーーー!



「エ? おーイ、何を言ってるんだー・・・ってこれ違うのか?」


-あ・・・それ僕じゃないよ! 本物のシステムメッセージだこれ-


 常駐AIの、似非システムメッセージでなく、どうもこれは本来のシステムメッセージのエラー警告らしい。


 目の前が一瞬真っ青(ブルースクリーン)になり、文字がちらついた。


-機体制御システムに不具合が発生-


-自己診断プログラムスタート-


-あ、あれ・・・? バグッたかな?? いや、防壁やなんかに引っかかれば、途中で止まってるだろうから・・・摺り合わせの問題だけだと思うんだけどなあ。どう? 動けそう?-


 問われたカズントが機体を動かそうとするが、漏電に似た痺れ(エラー信号)が各所から帰ってきて非常に辛い。


 自己診断プログラムの結果が帰ってきた。


「アー。動くのは非常に無理っぽいですナ! あと診断結果ハ・・・一部システムのどらいばロールバック? アップデート中。動こうとすると猛烈なシビレが・・・ヒャッハー!」


 守秘ストレージの巻き戻しと、それが元に戻った余波で、身体中の優秀なドライバアップデーターがバージョン合わせにアップアップしているらしい。


 さすがに中枢が---一時的にとはいえ---出荷時設定まで戻ればこうなってしまうらしい。


-あー・・・ごめん。・・・予期せぬ不具合だこれ。4~5分もしないで治ると思うけど、逃げられるようになるまでは注意してね!-


 殆ど身動きできない整備機が、何をどう注意すれば良いのか教えて欲しい。


 震える腕と4本の脚に、抗議の動作信号を出すが、機体内から返ってくる信号は『断固としてストを決行する』といった感じである。


 信号が非常に強かったり、逆に非常に弱かったりと安定しない。これらが織り交ざって”痺れ”として認識されている。



 ・・・痺れる。


 以前に漏電したのは、古株のゴイックさん操る架台にぶつかりメッキ槽に頭から突き落とされた時であった。

 

 あの時の様子は今でも鮮明に思い出される。


 迸るスパーク! 乱反射するエラー信号!


 そして溺れた。『溺れる』などという単語は皆知っていても、実際に溺れたことのある整備機はまず居ないだろう。


 誕生してから初めて水槽などに嵌ったが・・・あれほどコーティング(塗装)とシーリング(気密処理)の重要性を再認識させられた事はなかった。


 雨と水跳ねが平気なら、整備に支障はないと・・・ハゲやら凹みやらプラズマ穴やらアーク焼けやらを軽視し放置して、回覧電板でしつこく言われていた内部コーティングの定期検査を「時間が無いから」と順延し続けた結果である。


 穴という穴から入り込んだ水分が、内部電装系のあらゆるコーティングのひび割れやら傷んだシーリング箇所やらに染み込み通電、火花を散らしまくったのだ!


 ・・・幸い損傷は深くなく、浸水した電装系の交換と、入念なシーリングチェックだけで回復はしたが、短い機生の中であれほど輝いた(物理的に)、いや驚いたことはなかった。


 コーティングやシーリングは整備の基本であり、疎かに扱えばその上に依って立つ技術を全て無駄にしかねないと心に刻んだ。


 ・・・以来カズントは、外装の傷はどんな小さな傷や凹みでもキチンと軟膏(速乾塗装剤)を塗り、定期検査も欠かすことはない。



 ・・・痺れ具合は、大分マシにはなってきている。

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SF『自己鍛造弾頭』 壱りっとる @rittoru

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