第20話『非日常B』2

 カズントの四角柱のボディは頭部と胴部に分かれており、カメラは頭部4方向と頭の上に一つ、計5つ付いていて、ボディ各所には色違いの塗装や継ぎ目が目立ちコーティングも禿げている。見た目はただの汚れた四角柱だ。


 その四角い頭部と端末を繋げていたケーブルが強制排除される直前、指示AIの入った短いデータを受け取った。


 電脳内で許可なく展開された指示AIは、端末の中にいた”彼”と同じ調子で話し出す。


-さて。もし捕まればポイントも少ない電脳ドラッグ漬け(ジャンキー)な君は、間違いなく屑鉄ジャンキーにされちゃうだろう-


「・・・」


 そんなジョークは必要ない。


 コイツからその不吉な予言を聞くと同時、不意に恐ろしさを感じたカズントは閉じていた周囲の情報処理を復帰させる。


 ・・・警察のサイレンが遠くに聞こえてくる。


 部屋が急に狭くなった気がした。


 整備データの改竄が露見したとなると、捕まればコイツの言った通りの結果になるかもしれない・・・。


 カズントは気を落ち着かせるために、システムフォルダから 電脳ドラッグ---通称:Hi/low.pon---をブートする。




 『電子ドラッグ Hi/low.pon:主に集中力に作用する電子ドラッグ


 正式名称 Dcon-ADHD-84xx:ADHD系電脳網損傷賦活剤


 作用:

 pin送受信の偽報マスク---集中力を司る電脳網結合に異常が発生したとのシグナルを送る---及び、シナプス損傷パルスを発信する。


 偽報を受けた電脳網は、復元手順により損傷部位と思われる箇所にシナプス結合促進剤を流入、及び一時的伝達信号強化によるpin値の補強を行う。


 その結果、該当箇所の電脳シナプス結合は強化され、pin値の補強により感覚は鋭敏となり集中力が向上することとなる。



副作用:

 シナプス結合促進剤の多用は、電脳網シナプスの野放図な発達・結合を招き、更に多用すれば、他の思考系索への干渉、重複伝達経路のループによる思考の混迷などを引き起こす。


 pin値の補強は『断線・脱索したシナプス間の経路を”一時的に”強い信号で繋いで再結合を促すため』のものであり、長く続ければ、補強された信号を常態であると認識した電脳網が通常の信号を弱い信号と誤認して、思考の散漫化、集中力の欠如等の症状も現れる。



修繕方法:

 意思に関わるブラックボックスとその周辺を修復することは、電脳専門整備機でも難しい。頻繁に電脳網MAPを精査される戦機でさえ、電脳網の記憶野のある程度の復元が精一杯であり問題が残る場合が多い。


 そもそも、電子ドラッグの使用で不備の起こった電脳網は発見され次第通報され、記憶から流通経路を調べられ解体されるため、修繕された記録はない。 』




-今整備中のプラズマ砲は、仕様を弄ってロックを外してあるから-


 指示AIの声が電脳内を通り過ぎる。


 電子ドラッグの効果はすぐに現れ、金属とコンクリートと仕事道具が並ぶだけの殺風景な部屋に色彩がもたらされた。


 ロッカーのエッジが光のスペクトルを切り裂き、虹色に輝く7本揃いのレンチを際立たせる。この観測能力を持ってすれば、周囲に纏わりつく重力の粒さえ電子ノギスで採寸できる気がする。


 今の私なら第一中枢主幹を一から設計し直すことさえ可能だ!


-君が用意してた大規模コンデンサを全部繋げば一発ぐらいは発射できるんで・・・って。き、聞いてる?-


 →YES

 →はい

 →High


 全肯定すら恐れない! 前へ進もう! 未来は私のためにある!


-聞いてるならいいや。大通りから街の外に弾が抜けるように架台をセットしてあるから、電源接続したら即発射でいいよ。あんまり被害が大きいとすぐに軍が動いちゃうからね-


 カズントは椅子から勢い良く腰を上げ四脚で立ち上がり、入口のドアに平行移動する。いつもより滑らかな移動制御に、ジャイロ機構から歓声があがる。


 そのまま右マニュピレーターでノブを回転させドアを押し開けると、華麗なクロスステップで開いたドアの隙間に四角柱の機体を、パズルのピースをハメるように流し込む!


 完璧な機体制御・・・今日は素晴らしい脱出日和だ!


-あーうん。・・・前向きなのはいいけど、これが脱出経路だから覚えておいてね?-

(添付ファイル:だっしゅつ.png  なふだ.exe じゅもん1.zip じゅもん2.zip じゅもん3.zip)


「ラジャーー!」


-なふだ.zipは脱出する直前に使ってね。ジャミングを掛ける準備はしてあるけど、誰かに捕まりそうなら『じゅもん』を唱えると良いよ。3回分しか無いけど、その場にいる全員に使えるからまあ大丈夫だとは思う-


 工房は、大型機材の整備を行うために天井が高く、2階部分は工作の邪魔にならないよう円周状に設置されていて、2階というより工房の天井をグルリと取り巻く屋根裏部屋に近い。


 カズントは部屋---2階の右ウィングのどん詰り。タラップから最も遠く便利が悪いので元は物置になってた所である---を出て廊下の端に立っていた。


 天井にほど近い2階部分の廊下---安いが堅実な作りで金属の骨組みと金網で組まれている---をカチャカチャと渡り、カッチンカッチンと規則正しく長いタラップを降りてゆく。


「おう、カズント。今日はもう終わりじゃなかったか。なんか忘れてたか?」


 カズントは奥から折れ曲がり入口へ向かうタラップを降りた所で、戦機の無限軌道---P.SCatL-ヲノデラ-耕312M。ヲノデラの耕シリーズは軽快な走りと堅実な作りで人気である---を整備中先輩の先輩、ENGJy-msw-10404 板いたさんに見つかった。


「イ、いや、えーと。何か忘れてないかを見に来ただけですから・・・」


「おうそうか。まあ見直すのは良いことだ! お前はぼんやりしてるからなぁ・・・。明日は納品だから間違いの無いようにな。rtvyぶにm,おlp;。・:。」


「分かってますヨ。大丈夫ですよ!」


 電脳ドラッグが回ってきたのか、板さんの言葉が最後まで聞き取れなかった。マニュピレーターを片方挙げて、適当な返事を返しておく。


 板さんは何時も気に掛けてくれて有り難いなあ・・・よし、明日の納品は仕上がってるけどしっかり見なおしておくか・・・。


-いや、その前にプラズマ砲に電源繋がないとだよ~-


 そういえばそうだった。


 そもそも明日のことは考えなくていいのだ。


 戦機が4台---詰め込めば5台は---並べられる平均的な工房の右端、機構的に電圧を掛けることもあるので一番電源に近い場所に置かれているのが、カズントが整備担当の可搬プラズマ砲---MPZR-Pof-sasⅢ。プラズマ兵器大手『プラネットオブフォールン』のM型お高い上位モデルで、信頼性も収束率もプラズマ制御性能も値段相応に高い---である。


「MPZR-Pof-sasⅢ・・・でヨかったかな?」


-うん。それであってるね。てゆーかこの工房、今それ以外にプラズマ砲は整備してないよー!-


 四角い頭を上げて周囲をうかがってみれば---それ以前に記憶を探ってみれば---他に工房内で整備されているのは、無限軌道や腕部など機体のパーツばかりである。


 カズントは時間だけなら深夜だが未だに作業が行われている工房を---部屋から一転して煌々と照らすライトが眩しく、視覚野をシパシパさせながら---足取りも軽く目当てのプラズマ砲のある壁際へ向かってゆく。


 もう仕事を上がっている物の方が多いが、急ぎの仕事や残業を任された整備機は日を跨いで作業することも多く、今は6機程が働いている。


 仕事の見直しはカズントも他の整備機もよくやることなので、誰も気にしては居ないのだろう、板さん以外の機体に話しかけられることはなかった。


 彼らはどうしてあんなに仕事に集中できるのだろうか。


 【Kz】である自分が、ポイントを落とさないためには更に何度も見直さなければならなかった。


 集中し、問題に気づき、問題を解決する能力。

 ほんの少し。ほんの少しだけそれらの能力が欠如している。


 その欠陥を理解しても、他機より多くの時間を使うことで効率を補うことしか出来無かった。


 日を追うにつれ集中が続かなくなってゆく。


 他の整備機が何故あれほど集中を維持できるのかが分からない。


 そもそも、どんな整備機も働いても貯めたポイントが切れた時点で寿命は終わるのだ。


 どれだけ健康でも、その日が来れば終了されるのだ。

 何故皆はそれが恐ろしくないのだ?

 どうして皆その事に悩まないのだ?


 ・・・・・・。


 気がつけば、カズントは外装を半分ほど剥かれ架台に横たわったプラズマ砲の横に立っていた。


「いや・・・。最近はクスリをキメても余計なことを考えて困るな・・・」


-あーっと、できるだけ早くしてね? コンデンサに電力を入れてもすぐには動かないから。このモデルは戦機の補助無しで昇圧やら何やらは砲身内でやってくれるし、プラズマ凝集とかもオートでできるはずなんだけど・・・電子ロックを無理やり迂回してるから、プログラム周りが正常に動作するか怪しいんだよ。まあ爆発・・・はしないと思うんだけど、もしかしたら普通より時間が掛かるかもしれないよー!-


「了解したーー!」


 その忠告を「とにかく急いでやればいい」と理解したカズントは「電圧かなんかのテストしてますよ」という何食わぬ顔で---整備機の顔はそこまで表情が出るものでもないが、整備器同士であれば腕部マニュピレーターの浮つき具合や、仕事に向かう際のボディの傾斜具合だけでなんとなく気持ちが察せられるようになってくる。そのためカズントは何食わぬマニュピレーターの傾き具合を心がけて---ぶっとい電源ケーブルをプラズマ砲のソケットに差し込み、留め具で止めた。


 電子ドラッグがキマっていて多少不審な動きだったかもしれないが、クスリの力で恐れを知らないカズントはやってのけた。


-よし。あとは充電が完了すれば自動で発射されるから。台座の角度も確認しておいてね。不味い角度だと大惨事になって、追跡の規模が大きくなっちゃうから!(T_T)-


 カズントも警察から逃げ出せさえすれば騒ぎを大きくするつもりはない。


 指示AIのデータから架台の位置情報を照会すると、現在の位置から中央寄りに5度ほど右にずらす必要があった。


 フーフーフーン♪


-あとは警察に見つからないようにしてね。一応隠れられそうな経路は逃走ルートに描いてあるけど、ここら辺は急な貨物で道が塞がってることもありえるから、その時はなんとかして目的地にたどり着いてねー!-


 カズントはやることを終えた開放感とともに架台から離れ、なんとはなしに散歩へ出かける・・・フリをしながら、短い四本の脚をガチャガチャと動かして見慣れた工具台や端材の積まれた工房の壁---薄汚れた軽合金の合板---にある、普段は使わない扉へ向かう。


 頭がぼんやりとして長年働いてきた『TaNaKaMa工房』を出ることには何の感慨も湧いてこないが「自分が去っても工房の皆が悲しまないでくれたらいいな」と思う。



 ブィーン ブィーン ブィーン。 



 幻聴ではなく、すぐそこまで警察のサイレンが届いている。

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