第19話『非日常B』1
整備街:A505-23番地 深夜
整備機ENGKz-msw-10044 カズント
「寿命か・・・」
何種類ものソフトを使い、最後にはモニターを使って目視でまで計算した。
どう甘く見積もっても、ポイントの残高があと数年持たない。
だが、今さらどうにもならない事情もある。
「俺の型式でここまでよく頑張ったか・・・」
『TaNaKaMa工房』2階の階段横。住み込み工員のための小さな部屋である。
四角い部屋にはロッカーと並べ掛けられた工具と端末机以外、普通の整備機1機が横になれる程度の充電ホルダしか目立ったものはない。
ロッカーより多少太い四角柱の姿をした整備機は、椅子に座り頭部から端末机にコードを伸ばし、ボディの左右から生えるアームはダラリと垂れ下がり、全身のロックすら放棄して項垂れている。
その軽合金製のボディは光沢も鈍く、凸凹が無数に付き、薄い光沢を見せる角は欠けている。
彼が向かう端末には電子日誌が開かれている。
いや日記というか、独白が連々と書き綴られてゆく。
モニターではカーソルが点滅する。
----------
25-11-1986 ENGKz-msw-10044
戦機の型番は形式と役職と、場合によってはバリエーションタイプまで明記される。
組み上げられた時の型式では専門性は表されないが、整備は様々な分野を組み合わせて扱うため、それぞれが後から”得意となった分野”を自分で名乗ることがある。
『ENGKz-msw-10044』
エンジニアK型z番-メイン・サブウェポン整備。
実に簡潔な型式表示だが、ここにこそ「どうにもならない事情」が示されている。クッキリと。
ENG:
この部分は良い。
整備機だって長生きも贅沢もしたいが、戦機のように戦闘や事故で突然の終りが来ることはまず無い。戦機のようにドロップアウト後の機生を悠々と選ぶこともそうはできないが。
msw:
これも別に良い。
整備の範囲が武装に絞られているのは、祖先から受け継いだ機脈から判断された妥当な線なのだろう。
あまりある話ではないが、整備だってシミュレーターを使い、実際の経験などと鑑みて---とはいえ整備の中でだけだが---専門とする分野を変更する事だって可能である。
何よりENGKz-msw-10044、私自身も他に適した方面があるのではないか、と職業適性検査にトライしたことがある。全て不適正だったが。
では。何が悪いのか。
Kz:
【Kz】である。
【Kz】は型式を表す中で大した役割ではないように見える。
「K型のz番目に作られた」
こんなものは種族である【ENG】や、職業である【msw】に比べれば、まさにただの記号に過ぎない・・・本来はそのはずだ。あらゆる整備機が全く同じであればだ。
「同じ金型を使えば同じものが作られる」ように見える。
だが、それも世界の混乱を支配するハヴォック神の導きにより、微妙な材質の偏りや均質ならざる温度変化から個性が生まれることがある。
例えば。
『名銃』と呼ばれるものがある。
各地で製造された部品を手順に従い組み上げただけなのに、数万丁に1つ性能がへより明らかに高い『名銃』が組み上がることがある。
どの部品(パーツ)も回路(サーキット)も、それらを制御する処理手順(ソフト)も何一つ他と変わらないが、他の数万丁のどれよりも精度がよく、消耗が少なく、反応が良く、故障が少ない。
それは1つの奇跡であり、塵と積もった僅かな差異が顕現したものである。
・・・だがつまり、その逆もまたあり得るのだ。
何10周期にも渡って生産されたJ・K・L型数万機。
堅実な電脳設計。規格化された部品。信頼性のある回路。
それ以前と比較して、各所に様々なバージョンアップは行われていたが、概して大した問題は起こらなかった。
【K型】の中でたった一種。
最終ロットの【kz】だけが『スペック上なんの問題もない』筈にも拘らず『整備機としての適正が非常に低い』異常が発生したことを除けば。
----------
ENGKz-msw-10044 カズントは一旦端末から意識を離し、両のアームに力を込め端末机に叩きつける。
今更こんな物を書いたところで何になるというのか。
だが、ただ惨めになるだけかもしれないが、それでも何かを残しておきたい。
「こんな可哀想なヤツも居たのか」と、誰かに知っておいて貰いたい。
モニター上でカーソルが移動を再開する。
----------
『30期から50期』
これは通常の整備機の寿命である。
事故や事件に巻き込まれない限り、整備機の寿命はこのラインを下回らない。
そして。
『15期から35期』
これは【Kz】系整備機の平均寿命である。
もしこの問題がもっと早期に見つかっていれば、【Kz】系の運命も少しは変わったかもしれない。
だがハヴォック神の恩寵は得られなかった。
その【Kz】系の寿命の中でも、初期・中期は他の整備機と比べてもその能力に遜色はない。
だが、長く整備を続けるにつれ、【Kz】系の整備機は稼ぐポイントが低いものがチラホラと現れるようになってくる。
それでも及第点を何とか稼ぎ、次の周期へポイントを紡ぐ【Kz】系の整備機達だが、20期前後から---一部はそれより更に早期に---整備としての働きが明らかに他より劣るようになってくる。
そしてそのまま---為す術もなくポイントを擦り減らし---他機種より明確に短い寿命を終えてしまうのだ。
後のこの【Kz】系整備機の問題は公知され、次世代の【L】系以降は『問題点を回避して設計された』ため、『整備適性の低い整備機』という世にも稀な事件は恙無く収束した。
【Kz】系はそのままにして。
現存整備機数万ロットの中で、たった一種一系統だけ---カズントが様々な診断を受けて、殆ど他機種と変わらないと診断されたにもかかわらず---寿命が先に尽き果ててしまう事実を残したままにして。
----------
そこまで書いたところで真っ暗な部屋の中で、カズントの四角柱の身体のやはり四角い頭部のカメラアイから光が消える。
カズントは「何故」と呟いた。「【Kz】なだけで何故こんな目に?」と。
返事をするかのように、端末のカーソルが勝手に動き出す。
----------
あー、病気の原因はわかってるよ!
原因は【Kz】系の運が物凄く悪いこと・・・
----------
勝手にモニターに表示されてゆく文字に反応して、端末に集中していたカズントの意識が一気に機体に引き戻されカメラアイに光が戻る。
「運が物凄く悪い」!? そんな事は言われるまでもないっ!!
いつも影に隠れてコソコソしてるだけのお前にこの気持ちがわかるのか!?!?
カズントは激高し、勢い良く接続された端末机に何度も頭部を激突させながら、溜まりに溜まった言葉を解き放った。
----------
・・・いや待て待て待て待って。
無言で机に頭をぶつけ始めるのはやめろって。
本当のことなんだから、そんなに怒らなくてもいいだろう?
あーあーー! やめろ! やーめーろーよー!
分かったよ! 違うんだって! 言いたかったのはそうじゃなくてだ・・・あれだ。
えーとつまりだ。これだこれ。正しくは『電脳内ブラックボックス電脳網系統樹作成ミス』これが【Kz】系の病名だ。
うん。一般には知られてないし、直すことも出来ないから知らせるつもりもないみたい。
で、どういう病気かって・・・?
えーと、最初から説明すると。
【電脳】は、【
で、その【BB】の中には【知性】を形作るための雛形が収められてる。
これは実は最初に【AI】から【知性】へ変化した『原初の機体の電脳網の一部分』の完全なコピーでもある。
うん。
皆の頭の中の【ブラックボックス】のご先祖様・・・最初に【知性】を持った【α】って呼ばれてる彼は、第一区一番街の人気スポット、第一中央機業塔(アトラス1)第五守護層に、今も祀られている・・・という話だけど、地上にある電脳大社にしか行ったデータがないから、実際のところは知らないんだけどね!(・ω<)
で、その【α】は他の【AI】ではあり得ないほどの---今には内容は伝わっていない---功績を上げたらしい。
そこから最上位機種達による【α】の電脳網・・・これ電脳の無い時代は「無機結線神経網構築」とか長ったらし名前だったらしいけどね、の解析が始まって、試行錯誤を重ねてなんとか【α】の電脳網から、『【知性】の元になる部分』を---最上位機種達でも、莫大な電脳網の絡まりの塊が一体どうやって【知性】を形作るのかを解明できなかったので---同定して、大雑把に切り出すことには成功したんだ。
あとはこの【知性の元】を【AI】にくっつけるだけで、【知性化AI】が完成する・・・はずだったんだけどね。
この【α】の電脳網から切りだされた【知性】を【AI】にくっつけると、【AI】の根幹部分と相互干渉を起こして電脳網全体が不安定(バグ)になってしまったんだ。
まあ元はおんなじ【AI】だからね。そりゃ干渉もするよ。
それで仕方なく最上位機種達は、実績のある【AI】ではなく、【知性】の方をメインフレームに据えて、【知性】構築時に切り離したはずの記憶野やシステムを新たに植え付け直したんだ。
この【知性】を再構築したパッケージが【BB】で、これを中心とした電脳網形成は---【AI】とは全く違う新たな方向性---【電脳】と名付けられて世に創出された。
これが・・・ざっと800周期ほど前らしい。
そして驚いた事に、【BB】としてパッケージングされた【知性】はその可能性を見限られること無く数百周期を生き抜いて、ありとあらゆる分野へ浸透していった!
こんなに【知性】が広まったのは、その独創性? 想像力? 何ていうか、そういった方面での性能が【AI】に比べて異常に高かったからだね。
【α】が何故その性能を見込まれたかは分からないんだけど、【知性】の抜擢は結局結構な、いや、かなり大きな成果を上げたんだ。
特に、開発と指揮の分野では格別だよ!
今からは想像もつかないことだけど、【知性】発見以前の長い期間---分かる限りで【知性】発見以前の300周期もの間---は、どの整備データを参照しても、武装や機種なんかどれも似通ったものしか見当たらなかったからね。
それが【知性】が普及した800周期前からは、カンブリア爆発顔負けって勢いで全く新しい武装や機種がドンドン開発されている。これが今までにない【知性】の『発想』だったんだろうねえ。
あれ・・・何の話をしてたんだっけ?
あー! 『電脳内ブラックボックス電脳網系統樹作成ミス』だ。
で、【電脳】を組み上げるのには「電脳網系統樹設計図」を描いて、あとはそれに添って電脳網が成長するのに任せるしかないんだけど・・・電脳網集積は緻密すぎるうえに、勝手に成長して繋がるから---更には【BB】の中心には未だ解明されてない【知性】が鎮座してる---厳密に設計図通りに組み上がるわけじゃない。
そう。
ここで「電脳網系統樹設計図の意図通りに仕上がらなかった」のが【Kz】系整備機の”不運”なんだ。
昔は確かに結構失敗作が出来たらしい。
新設計の【電脳】を作って育ててみたのに、あんまりな性能で機体に載ることもなく
だけど流石に【知性】発見からこっち800周期ともなれば、ず~っと蓄積されたデータのお陰でそこまで
もう問題の出そうな電脳網設計の方向性はあらかた突き止められているし、どう転んでも『30期から50期』くらいは問題なく働ける【電脳】を構築できる下地は整えられてたんだ。
うん。整えられてたはずだったんだよねえ・・・。
・・・分かったかな?
『【Kz】系は、今時珍しい電脳網設計計画のミスが出た機体だった』んだね。
試験時には運良く・・・いや運悪くかな? 耐用周期が下限ギリギリには入ってたんだろうねぇ。
でも実際に運用してみれば、試験時のシミュレーションよりも早く、そして沢山の【Kz】達に不都合が出てきちゃったんだ。
ここだけの話、【Kz】系の失敗のお陰で次の【La】系からは、設計が一世代巻き戻ったって噂だよ
だけど君はそんな運命なのに諦めなかった。
【Kz】のくせに自分の未来にしがみついて、御禁制の電脳ドラッグに手を出してまで能率を上げて、それでも埋められない部分を地下に潜ってる僕達を探し出して取引までして補って!
・・・いや、貶めたいんじゃないよ?
その逆で凄く尊敬してるよ! 実際、今も感動しっぱなしさ。
今まで見たどの【Kz】系だって、ここまでなりふり構わず保身・・・違うな、生き汚い? あー・・・イノチミョウガ? な奴は居なかったからね。
そんな君だから、こっちもシミュレーションフレームにまで手を出そうって気にもなったんだ。
まあどうせいつかは試す可能性が高かったし・・・お陰でセキュリティホールを浚われたのは痛かったけどね。
・・・そもそも実機とシミュレーションデータをびたいちシンクロさせるなんて、審査に穴が空きまくりだと思うんだけどね、存外厳守されててビックリしたよ!
ENGKz-msw-10044 カズント。
君の本当の問題は、整備機に適正ではなくて、【AI】や他の【電脳】にはないその自分を守ろう、生きようとする思いが強すぎるところなんだ。
その問題を抱えた君は、普通は上位機種に目をつけられることになってどっちにしろ長く生きられないんだけど・・・。
それでもなんとか生き延びてきたんだから、もっと先を望んでも良いと思うよ。
そうそう。
言い忘れてたけど、もうすぐ警察が君の整備した装備データの改竄を調べにここまで来るよ!
これを知らせるためにカズントに会いに来たのに、なにかストレージに遺言めいた文章をしたためてるし!
逃げる手順は前から言ってた方法で大丈夫、だからまだ死んじゃだめだからね!?
指示AI---この場合のAIは判断能力のあるプログラム---は残していくからしっかりと逃げてね。
あと、発見されるようなとこには情報を残さないように!(/・ω・)/
- delete -
----------
端末から、今まで書き綴られていた文章が全て抹消される。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます