第18話『非日常A』
整備街:A505-23番地 深夜
強襲型偵察機:RBYF-19E 大輪
整備機:ENGJmw-23456 8代村生
家へ向かったブルースと分かれ、やたら広い舗装路の整備外へ足を踏み入れる。
そのまま歩いて整備外の中でも道の細い方、中小型武装類を手がける方へ向かい、馴染みの工場に辿り着くのである。
「相変わらずヤバイ臭いがするなぁ・・・おわっ」
大通りでは、整然と連なった街灯が道を照らす・・・のだが、少し細い道へ入るととたんに街灯の数が少なくなる。噂では持ち帰って資材の足しにしてしまう不埒な整備機がいるせいだと言うが、本当のところはどうだか分からない。
たまに通る大きな架台のせいで道の端の方を歩く大輪の足元も真っ暗だが、これは分けの分からない張り出しが工房の屋根から出張っているせいである。工房の軒先はどこも妙に薄暗い。
そんな軒の内を歩いていて---各所の工場から弾けるスパークやらプラズマ炎が面倒で、光学補正も使わなかった結果---大輪は何かが漏れたであろう水溜りに足を突っ込んでしまっていた。
「あーあー。なんだこりゃ」
言いながら濡れた足元に目を凝らす。
「まあ大したことはないだろう」と向けた視線の先の水溜りの中に、解けて半分ぐらいになった端材が見える。あの色味は・・・。
「チ、チタン片が溶けとる!? お、おい! こんな所にフッ酸なんか漏らしとくなっ!!」
『っうるせええ!! 水たまりなんぞ避けときゃいいだろぉお!!』
通りに大きく口を開け、眩しい光が漏れる工房入り口の横、そこに貼り付けてある不細工なインターフォンから野太い声が飛び出してくる。
『・・・あん? あ、おめえこの大輪野郎! ・・・よくいらっしゃいましたー!!』
もうグダグダである。
口が悪く職人肌だが商売が大事だということも重々承知している・・・と、こういった風になるらしい。
目を工房内に向けると、作業用に煌々と照らされた構内でローダーと繋がり蓋板を持ち上げ、モニターで内部のクラック検査を行い、各作業員に指示信号を出し、近場のインターフォンに接続してこちらに話しかけている巨大な機体がある。
可変タンク足L人型、『ENGJmw-23456 8代 村生(むらなま)』 通称タンクオヤジである。
整備の親玉らしく、背面前面問わず増設された接続スロットやジョイントポートが、ガンポートの如く周囲を威圧している。
因みに、この工房の主は代々『村生』の名を継がされるらしい。継ぐのが嫌で出て行ったり、独立したりする物が後を絶たず、実は不便であるとか。
何か異様に忙しそうだが、戦闘機が戦場にあるが如く、整備にとってここが最前線なのだから当然ではある。
『なんだ。虎徹は仕上がってるが、まだ組み上げちゃいねえぞ』
「いや出来具合を見に来ただけだから気にしないでくれ」
『なんでい、仕事でもねえし持ち帰りでもねえんなら、話しかけて損したぜ! ごゆっくりー!』
電脳MAPに虎徹の場所が表示される。細やかな気遣いもできるオヤジだ。
「お、おう。って、あのフッ酸なんとかしろよ・・・。 [文末コード:(・ω<)]」
『特別に配送料はサービスしてやる! [文末コード:( ̄ー ̄)bグッ!]』
場末の工場のおっさんでさえ文末コードを使いこなしている。
そして大輪のMAPには、新たにポリ袋と一斗缶の場所が表示された。あと水道の場所も。
『フッ酸の掃除が終わったら裏口に積んであるバッカン(廃棄資材入れ)とこにな。まいどー!』
「・・・・・・」
色々と思うところはあったが、配送料と手間の料金を鑑みて戦術的に判断を下し、掃除してやることにした大輪であった。
先に水場でちょっと溶けてた普段履きの安全靴(安かった)を洗い、焦げ穴付きのフッ酸容器を丸ごとポリ袋に入れ---一斗缶を一つ間違って溶かしたりしながら---一斗缶に封じ込めて、裏通りを塞ぐ廃材入れに放り込む。
「しかし虎徹を見に来たはずが、なんでこんな事してるんだ・・・」
そんなことを言いながらも大輪は何だかんだと終わらせ、ペタペタと(終わりにまた靴を洗った)目標である工房右奥の組立台へ向かう。
パーツになって架台に積まれ、組み上げように纏められている状態でも虎徹は可愛い。
「塗装漏れなし。水平計測歪みなし。刀身シールド異常も・・・あ、これ新品になっとる。幾らなんでも新品に変えるほどだったか? 全開出力とか楽しくやったのが不味かったかぁ・・・」
音響計測の真似事でもしてみようと、聴覚センサーの帯域を広げる。
指で軽く弾くと「キンッキンッ」といい音がする ギュ 勿論音に濁りなんて混じっていない。
ギュ いや待て、何だこの音・・・?
ギュゥゥゥゥゥ・・・
人型機体では聞くはずのない音、しかし戦場ではよく聞いた音をセンサーが拾っている!?
あり得ない!
脊椎が過剰反射で凍りつく。
思考速度が上昇。
これはプラズマの凝集音。
同じ方角に罵声。近い。事故? 故意? テロ?
[全員地下か物陰に退避ーー!]
広域電信(ホイッスラー)。
叫びながら、戦闘駆動も出来ない手足に矢継ぎ早にPINを送りまくる。反応が遅いっ!
直近蒸発記憶を呼び出しMAPを探り、その中から半地下整備口へ向け最適ルートで突っ込む!
「くっそ・・・って! うっわぁあああああああ! 靴が濡れとるうううぅぅぅぅぅ!!!」
ツッルゥゥゥ!!
目的地である半地下整備口に最的角で突っ込むため地面を鋭くグリップ・・・する筈の滑り止めがフッ酸で溶けておまけに水で濡れた靴が水分を滴らせながら地面をスライド、ハイドロプレーニング現象を発揮して目的地の地下口へ凄い速度で(文字通り)身を滑らせた。
ゴッグァーーーン!!
激突。
なんとか意識は保ったがすぐには体を動かせず、仰向けのままで様子を伺う。
「ぐわっ・・・み、耳が死んだ。し、姿勢だけでも何とか・・・ならんか」
落下と激突の衝撃でグワングワンする聴覚。
身体センサーが復帰できるか疑うような曲がり方をしていた肩関節を何とか嵌める努力をしながら、落下の衝撃で発するのが遅れた注意喚起の広域電信のダメ押しを放つ。
-広域電信-
[この付近(座標添付)でプラズマ凝集音を確認、発射の恐れありーー! 繰り返す! この付近(座標添付)でプラズマ凝集音を確認、発射の恐れありーー!]
「こ、これでいいか・・・?」
実際にプラズマ砲ならば、凝集が終わればすぐに発射するはずだが、なんらかの事故ならプラズマ保持限界(機種によるがあと10~20秒)で逃がし弁からプラズマは排出されるはずである。
数えよう。
「10、」
キュゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーボッッッ!
「きゅー・・・?」
ジュヴヴヴヴァッボォオォォォオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーー!!
夜気を引き裂く発射音。
「ってえええええええええええええ!」
-広域電信-
[耐衝撃しせーー!]
直撃なら衝撃とかそんな問題ではなく死ぬが。
地面を舐めるようにひれ伏しながら当たらないことを祈る。
半地下整備口に隠れていても身を刺す光と熱線、コンマ遅れでプラズマと物質の衝突音と、普通は絶対気化したりしない建材などが超高温で無理やり昇華しちゃった妙な悲鳴が工房内を駆け抜ける。
何にどう巻き込まれたのか、工房内の電源が落ちる。
静寂と暗闇。
周囲の明度が急激に下がり、視界が暗視モードに切り替わる。戦機の暗視に比べて非常に雑で適当だが、日常の視界確保程度ならこれでも問題ない。
開放空間での指向性プラズマか・・・。残熱と溶解物に合わなきゃなんとかなるか。
「ただし二次災害も危険。それと・・・誰がぶっ放したんだ。プラズマ励起の電源はコンデンサー直列? 安全装置は物理迂回?? まさか戦機の融合炉を覚ましたわけじゃないだろうが・・・」
一介の偵察機にはわざと以外でプラズマ砲をぶっ放す方法は思いつかないが、整備してる最中なら暴発するようなミスは起きるのだろうか。
「そ、そうでなきゃテロだもんな・・・」
キュキュキュキュキュシュー
物質が冷えて固まる時の放熱音。
一帯の電源は落ち、周囲は薄い闇に包まれている。
付近の機体達も身を潜めており、プラズマ粒子を浴びた物質の放熱音以外に特に音はしない。
念入りに音源を探ってみるが、プラズマ砲の駆動音なども聞こえてはこない。連射できるほど容量のデカイ電源ではなかったのか、犯人が撃たなかっただけなのか。
「み、右腕が動かん・・・。くっそ、オヤジは大丈夫かー? ッ 二次災害に気をつけろよー! ザッ」
半地下整備口の壁に激突したとき外れた肩は、関節だけは嵌ったものの配線からのピンが帰ってこない。
そして近距離電信にノイズが混じっている。プラズマ兵器が近くを通った余波か?
『野郎ども大丈夫かー!』
そんなことを考えていると、入り口以外真っ暗な工房内にオヤジの胴間声が響き渡った。
「へい!」
「ホイ!」
「ハイ!」
「下半身が半分融けましたー!」
『よっしゃー! 脳が無事ならいいー! 何処の工房かしらねえが、新品に交換させてやるから鉄板に乗った気でいろー! 大輪ご無事ですかこの野郎ー!』
「おー、なんとかなー!」
こちらの声が届いたかは分からないが、あちらは存外元気なようで安心した。
てかインターフォンからかと思ったらが自前のスピーカーから声を出してたのか。なんでそんな音響通信に拘るんだ・・・。
---整備が扱う装備類は、大抵が電波を弾いたり吸収したりするので、整備機達は音響通信を多く使う---
そこへ。
ブィーーーッン! ブィーーーッン! ブィーーーッン! ブィーーーッン!
警察機構のサイレンが鳴り響き、線・磁・波なにかれ問わず警告文を垂れ流し始めた。
「[『こちらMPSC-4266 ほーりー。A505-23番地でテロ発生です! 当該区域の全ての機体は、ID及び機体位置識別信号の発振をお願いします。尚、当該区域でID・ID及び、機体位置識別信号の発振のない機体には、予告なく発砲する事があります。その際の機体・電脳等破壊について、当局は一切の保証を行いません。繰り返します・・・ 』]」
「うお・・・しゃれにならんな。よっこいしょ」
半地下整備口から頭を出し、偏光掛かった暗視モードで見回す。
通りに面した搬入口の壁面一切が溶解し、更に大きく口を開けている。
そしてそのすぐ内側で、仰向けで架台に乗った作業員が、上半身だけになって転がっている・・・。
電脳が無事で本当によかったな・・・。
「それにしても本当にテロか・・・?」
「今は安全」と判断して身体も半地下整備口から持ち上げる。
まだ辺りの様子はよく分からないが、煙や電磁波が酷い。戦機ならもっと精密な分析ができるんだが。
「よし」
取り敢えずもう直近の危険はないようである。ならばこの衝撃の事態を身内に伝えてみるか。
通信に一拍の間があり・・・この辺りの電信が混雑してる感があった。繋がる。
PM22:32
---身内ども電板---
たいりん:テロなう
ようきひ:生きろ
たいりん:なんとか
ようきひ:おk
たいりん:ところで何が起こってるかを、
--------------------
たいりん:調べて欲しいんで御座いますが。
-電波が届きません-
「?」
真っ暗な上に煙に満ちた工房の壁際で深呼吸。
次に、まず耳~ チャンネル ~を大きく開け周囲の電波を拾う。・・・耳の中が雑音で埋まっている。電波状態が悪いどころじゃなく一切通じていない?
戦場ではよく出会う状況ではあるが・・・無線にジャミングが掛かってる???
「あーあー。ごく近距離は飛ぶか・・・」
有線はどうだ? 通信ケーブルは・・・と、あった。
工房の壁際の床に伸びるコードから、当たりそうなものを選んで順に手繰りつつ、しゃがんで床を這っていけば・・・通信端末に辿り着いたのである。
見つけた通信端末のジャックに人差し指を突っ込み、回線に接続する。
【ツーーーーーーー】
繋がらない!
通常回線、軍回線、非常回線、どれを試しても一切反応が帰ってこない。
回線網を一撃で遮断するような所にでもプラズマ砲はブチ込まれたのだろうか?
「しかしまあ完全な通信封鎖だ・・・」
さっきの楊貴妃の姐さんに慌てたような言動が無かった所を見ると、別段各地で一斉テロとかそんなものではないようではあったのが救いではある。
大規模なものでないなら安全性は上がる。
「・・・じゃあまあ」
古今東西、前後不覚正体不明の場所で索敵機のやることは一つしか無いのだ。
偵察である。
暗視モードのまま地下から這い上がった大輪は、暗闇に赤熱した傷口が開く、通りに面した表口付近へ隠れ進む。
プラズマは通りに沿って爆走したようで、隣も更にその先も表口が抉られていて通りに沿って溶け落ちた赤熱する建材の帯は、名画フォルダにあった『ダリ』の絵画を彷彿とさせる。
「酷いなこれは」
ふと炎ではない明かりが増えたのに気づく。
いつの間にか、そこここの工房で自分で光ったり、作業ライトをバッテリー等に繋ぎてんでに明かりを確保している整備機がうごめいていた。各自がおのおの被害の様子を確かめたり、恐る恐る通りを覗いたりしている。
その他にも素早く走って逃げている機体や、駆動機で逃げ出そうとしてるが警察のトラップ---警察権限によるの車両制限---で動けなくて焦っている物などもいて、様々な機生模様が見れられた。
そんな様子を見ていた大輪の背後で、突如として気勢が上がった!
『やろうどもぉお! 準備はいいかぁあああ!!??』
『『オォオオオオオオ!!』』
工房メンバーの彼ら整備機達は、各々が手や足やジョイントポートにバーナーやレーザートーチや謎の液体(?)などを備え付け、口々に報復を叫びあっている。不退転の決意であるらしい!
ここの工房内はあまりに静かだったのでちゃんと避難してるのかと思ったが、それは間違いで黙々と戦闘準備を整えていたらしい。
皆頭に電流が登っており、間違いなくオーバーロード気味である!
「お、おい。整備のおっさん共、無理な抵抗はするな、まずは逃げろ!!」
『『『うっるせええ!!!!』』』
全員が全員、スピーカーで怒鳴り返してきた!
耳(音響)が物理的にぶっ飛びそうだ。
おまけに近距離で電波が通ったのか、向かいの工房から叫んでくる整備機までいるのだ。
『なに言ってんだオメー! うちの看板をこうまでコゲにされて黙っていられるか!』
叫んでいるのはバーナーを両手に構え、両サブアームにレーザートーチを装備、背中にはでっかいタンク---危険:爆発物と書かれている---が付いた四足L箱型の整備機である。
前面のマニピュレーターで愛おしそうに抱きかかえる焦げた看板には、【溶接・曲げ加工なんでも 】の文字が見て取れる。溶接筋の方であるらしい。
その声を聞きつけた隣の工房からも、更に激しい怒りの声が飛んできた。
『そうだよー! 黙ってなんかいられないね-! うちの工房ののれんなんか、吊る所まで消されっちまったよ! ここまでされたらやっこさんも・・・・・消エテ無クナルシカ、ナインジャナイカネェ!?!?』
珍しい蛇型整備機がアームに持っているのはスプレーだが、中に何が入っているのか想像に難くはない。口に当たる部分にも謎の噴射装置が垣間見えているところから見て、塗装系の方ではないかとは思うのだが。
『おうオメーらよく言った! うちなんか、クソ工員が1人溶けちまったぞコラァアアア!!』
(イキテマスゼ オヤッサーン)
「うっわぁ」
未だ周囲の電源の復旧しない薄暗闇の中。
各自が準備したトーチや、電源装置を使ったライトで照らしだされたその姿はまるで各工房を守る悪鬼か羅刹である。
通りを点々と焦がすプラズマ炎の跡を辿った先、諸悪の根源であろう工房の軒先であったところには、次々と到着してランプを点灯させる警察の駆動機---警察車両は車両制限を受けない--が続々と到着し、彼らの備品であろう可搬ライトが、そこだけを真昼のように照らし出していた。
そして元凶であろう工房の壁の穴から、禍々しいプラズマ砲の砲塔が覗いていた。
「ほ、ほら! もうあそこは包囲されてるから! 今からあそこに突撃しても、警察に捕まるだけでどうしようもないからな!?」
一応、乗りかかった船だしオヤジには恩があるので必死に止めてはみた。
『いくぞぉおおおおおお!!』
『『『オオオオオオオォオオオ!!!』』』
無駄だったのだが。
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