NEW GAME:SIDE PLAYER
「陽平さん……起きてください……」
「うーん……もう5分」
布団で熟睡する夫に妻が辛抱強く語り掛ける。
「陽平さん! 8時ですよ!」
「8時……8時い!?」
時刻を聞くなり、
「行って来ます!」
妻の手作り弁当を受け取ると、陽平は颯爽と自転車を漕ぎだす。目的地は地元の書籍やDVDも扱うゲームショップ、かつて通っていた馴染みの店だが今では勤務先だ。
「いらっしゃいませ!」
声を張り上げ、ゲームやCDを売る。接客業ゆえに辛い事もあるが、この仕事は嫌いじゃない。嫌いじゃないなら続けられる、陽平はそう思った。
「斎藤さん、これ次のセール商品です。準備をお願いします」
おそらく大学生ぐらいだろう。アルバイトの新人の若い男はそう言って、中古のゲームソフト『FANTASTIC FANTASY』を十本単位で束ねたまま斎藤に手渡した。世間的にはミリオンセラーを達成したソフトであり、市場に出回った数相応に買取も来たため、在庫が溜まっている商品だった。
「はいはい……」
商品を受け取った斎藤は、パッケージの絵を見て少しだけ思考が止まる。そこには巨大な竜と、巨大な剣を持った戦士、漆黒の鎧に身をまとう騎士、そして薄布を羽織る神秘的な美少女が映っている。
(懐かしいなあ)
数年前、斎藤はこのゲームに熱中した。陳腐ではあるが王道の冒険活劇に胸を躍らせ、求職期間中の自分を作中の勇者たちに重ねる事で辛い現実を忘れられた。
正義を信じ、悪を憎む。たかがゲームといえど自分の使命を果たすべく、斎藤は鍛錬を重ね、世界を何回も救った。だが、今となってはなぜそんな事に夢中になっていたのか、冷めた思いで振り返りつつもあった。
(でも、それだけじゃなかったような……)
パッケージの裏に掲載されたゲーム画面がどこか引っかかる。まるで現実のように見た景色、ゲームの思い出というには臨場感のある記憶。そんな漠然とした既視感が一体何なのか、そして目頭が熱くなる理由が彼にはわからない。
(疲れてるのかな)
原因もわからない、だけど込み上げてくる熱い感情に、斎藤はただただ涙を浮かべるしかなかった。
「どうかしましたか?」
新人の声に、斎藤は慌てて制服の袖で涙を拭った。
「いや……発売当時買って、アホみたいに遊んだなあって」
「おっ、斎藤さんも『ファンファン』やってたんですね。俺もハマりましたよ。全員LV99にして隠しダンジョンも突破して……」
共通の趣味が露呈してか、若い男は目を輝かせてファンタスティック・ファンタジーの話を始めた。強かったボスの思い出、印象深かったイベント、好きだったキャラクター……かつての冒険仲間を前に、斎藤はつい笑みを浮かべていた。
「ちなみに斎藤さん、最近イチオシのゲームは?」
「……アーケードの格ゲーなんだけどさ、『エンペラーフィスト』って知ってる?」
「おおっ! もちろん知ってますよ! あのラスボスが無理ゲーの……」
「こほん」
会話を割って入る様に、社員の咳払いに二人は振り向かされた。
「……ああ、セール準備ね。よし」
斎藤は苦笑いをすると、また仕事へと戻った。
◆斎藤陽平
近所のゲームショップにアルバイトとして入社。後に力量が認められ、正社員として登用される。
また、妻である
■■■■■□□□□□
鎧甲冑に身を包んだ男を、複数人の男が囲む。彼らはそれぞれ剣や斧を手に、じりじりとその円を狭めていく。すぐに襲い掛からないのは、彼の背にある巨大な剣を警戒しての事だろう。
「でやあああっ!」
やがて沈黙を破る様に、一人の男が武器を構え飛び出す。それに釣られて他の男たちも飛び出すが、男が振り抜いた大剣の前に次々と倒れていく。並の人間では扱えないような大剣を軽々しく振る様子は、怪力という言葉で済ませるには異常な光景だった。
「はいカット! 以上で撮影は終わりです。お疲れ様でした!」
どこからともなく男の声が聞こえると、戦士は発泡スチロール製の大剣を下ろす。スタッフたちの拍手が彼を祝福した。
「ふー……どもです」
『小山トール』こと
「なーに溜め息吐いてんのよ。単なる写真撮影で大物ぶるんじゃないの!」
「ちょっと力! 強いって! だってあの剣、壊れやすくて何度も……イデデデ!」
俳優志望だった亨は、純子の強引な押しで映画のオーディションに参加。演技力はやや弱かったものの、甘いルックスとスタイルの良い長身を買われて端役でデビューする。いくつかのドラマや映画の出演で独自の存在感を示し、バラエティ番組にゲストで呼ばれたところ、素朴なキャラが人気を博して一躍人気者となった。
一度ブレイクした有名人の仕事量は社会人の比ではない。芸能活動が活発化するにつれて、純子は彼のマネージャーを買って出たのだった。
「俺は純子のドレイじゃないっつうの」
「生意気言うな! ギャラの計算も出来ない男が、『ドイ』の勤勉さを少しは見習え!」
『ドイ』とは、昔彼女の夢の中に出てきた青年の騎士だ。見た目は亨と瓜二つだが、彼は欠点らしい欠点のないエリートだった。当時熱中していたゲーム『ファンタスティック・ファンタジー』に同名のキャラクターが出てくるが、なぜそれが夢として強く記憶されているのか純子には謎である。
また、全体的な内容までしっかりとは覚えてはいないが、他にも気の合う母親が出てくるなど、彼女はこの夢を「自分の願望」だと認識していた。
そしてその夢の中で、彼女は勇者の一員として戦っていた。個性的な仲間とともに冒険し、数々の困難に打ち勝ってきた。その成功と躍進のイメージを純子は忘れずに生きてきた。
現実世界に魔法はないけれど、限りなく魔法に近い道具は存在する。そしてそれを生かす知恵も勇気も自分には備わっている。純子は亨の肩を揉みつつ、片手で携帯電話を開くと仕事先へ素早くメールを打ちこんでいた。
「またそいつかよ。夢に出てくる男を挙げられてもなあ」
「顔が同じなんだよ! テメーも顔に見合う知性を身に付けろ!」
そんな二人のやりくりを、スタッフは笑いながら見守っている。
「やれやれ、あんなに夫婦漫才ばかりじゃスキャンダルのスの字も無いな」
「まったくだ」
魔法使いは前線には立たず、後方で戦士を支援する。純子はふと、自分の生き方がそれに近いなと思った。
そしてこの日、佐山亨が主演した『FANTASTIC FANTASY3』のTVCMは、巨額の宣伝費に支えられ、全国放送されていった。
◆鈴木純子
ホステスを辞めた後、マネージャーとなって芸能人である佐山亨を支え続ける。
後に佐山は映画主演を果たすと、彼からのプロポーズを受け、晴れて二人は夫婦となった。
■■■■■□□□□□
「ね? 100点取ったでしょ? 約束だよ!」
夕食を終えるなり、何かをひた隠しにしていた娘から、突如満点のテスト用紙を差し出される。ふと妻と目が合うと、彼女もまた苦笑いしていた。
「仕方ない。約束は約束だ」
「じゃあ『ファンファン7』買ってくれるのね、やった! 明日休みだよね? 明日買いに行こう!?」
「分かったから。久美子、もう今日は寝なさい」
「はーい!」
そう言って、娘はドタドタと階段を登っていった。クラスでは落ち着いた性格との評されているが、ゲーム一つに歓喜する姿は年頃の子供といったところか。
「ほんと、クミには甘いんだから……」
見れば妻が軽く溜め息を吐きながら、コーヒーカップを持ってきた。私はそれを受け取る。
「いやね、自分も昔同じ様におねだりしたなあ……って」
「あら、私の家は厳しかったわよ。洋服一着ですら中々買ってもらえなかったもの。それで結構勉強したもんよ」
「そうやって子供は成長する。今も昔も変わらないね……」
変わらないものは、何も風習だけではない。
「まるで……夢の様だな」
テレビの音声に振り向く。そこには大剣を持った戦士が見える。記録的なヒットが語り継がれる1作目から続いて、今や国民的RPGにまで上り詰めた『FANTASTIC FANTASY』の最新作『7』のCMだ。
子供の頃に遊んだ1作目と比べ映像も格段に綺麗になっており、今見れば角ばったポリゴンが目立ったキャラクターも今や人間と瓜二つ……とまではいかないが、リアルなCGグラフィックで表情も豊かになった。そして主人公である『ゴウト』も六度の大冒険を経て歳をとったが、その勇姿は色褪せる事が無い。
(なんだか、本当にお爺ちゃんに似てきたな)
このゲームにはちょっとした因縁がある。祖父は昔、私にこの『FANTASTIC FANTASY』の1作目を買ってくれた。そして興奮しながらゲームを遊んだ私と、それを傍で見ていた祖父は、突然気を失ってしまったのだ。
私を含め、この気絶事件は全国で数件ほどあったらしいが、原因は未だに分かっていない。その中で祖父だけがそのまま意識不明となり、数ヵ月後に眠る様に死んだ。老人とあって、老衰による寿命だと片付けられた。
ゲーム自体の記憶は当時小学生とあって、シナリオもイベントもうろ覚えでとぎれとぎれだが、何故か私には祖父と旅した記憶があった。夢ではない。かといって現実でもない。でも確かに、私と祖父はどこかで戦っていた。
その世界には多くの仲間たちがいて、戦うべき敵がいた。まだ幼い自分を守ってくれた兵士がいた。片思いのまま結局別れてしまった女の子がいた。不思議な技を使う忍者がいた。些細な事でケンカしてしまった兄弟がいた。断片的だが、なぜか具体的な記憶が残っている。
(まるで夢の様…か)
ゲームとはいえ、あの世界の人々は懸命に生きていた。辛い運命が待ち受けていても、決して逃げる事なく正面から立ち向かっていた。そこには主役も脇役もない、一人一人が思いのままに振る舞っていた。それが一介のプログラムでなく、血の通った人間の様なリアリティがあった。
だからこそ、私は信じている。祖父はまだ生きていて、きっとどこかで旅を続けている事を。
自分が竜として、祖父が剣士として生きた。あの果てしない幻想の大地で。
◆今井学
幼少時の夢が忘れられず、培った空想力をもって小説家となる。また『ファンタスティック・ファンタジー』のシリーズ20周年記念本ではファンの一人として短編作品を寄稿した。
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「……ト、ゴウト!」
若い女の声にゴウトは意識を取り戻す。辺りを見渡すと、黒い空間に白い線だけが走る、何とも無機質な場所だったが、それよりもその声の主に、ゴウトは驚愕した。
「……
遥か昔に死別したはずの妻が、あの頃と変わりのない若々しい姿で、ゴウトを心配そうに見ている。死者が生き返る事などあり得ないが、それすらも目をつむって違和感があるとすれば、彼女もまた自分と同じく西洋の鎧を身に付けていた事だ。
「……本当に巴か?」
ゴウトの言葉に、彼女はにやりと笑った。
【やはり、そうそうなりすませるものじゃありませんね】
淡々とした物言い、それは邪神の口調であった。
「お前さんだったか……で、何がどうなってるんじゃ? 確かワシが学を帰して、それから……」
【初期化は終わりました。現実世界でのあなたは死に、ゲーム世界でのあなたの意識だけが残りました。今は次の世界が始まるまでの、待ち時間に過ぎません】
覚悟していたとはいえ、本当の死を迎えたという事実を聞かされたゴウトは少し目を伏せた。死は前触れもなく訪れるものとはいえ、家族への遺言も別れの言葉もなしに、自分の身勝手で一人旅立ってしまった。それだけが悔いではあった。
「で、その姿は何じゃ?」
【失礼ながら、あなたの記憶を読み取らせていただきました。家族を捨ててまでこの世界に残ったあなたへの、私なりの『補填』です】
「……何でもありなんじゃな。ゲームって」
【そうです。ゲームは人々の空想や願望を形にし、疑似体験させるもの。肉体と現実を捨てたあなたに、もはや制限はありません】
彼女に言われると、ゴウトは急に視線が高くなるのを感じた。
【年老いた肉体も、生身のイメージにすがり付いているだけです。空想はもっと自由なものですよ。さあ、なりたい自分を思い浮かべてください】
彼女の言葉に刺激されるように、背筋が正され、目蓋が軽くなったように開き、体に筋肉が蘇る。両手を見れば、血色の良い健康的な手の平が見える。
「わたしの体が!?」
顎がしっかり動き、『ワシ』ではなく『わたし』とちゃんと言えた事に、ゴウトは若返りを確信した。
「これは……こんな事が……!」
ゴウトの体に見慣れた鎧と、身の丈以上の巨大な剣が転送される。数秒もしないうちに、1人の老人は1人の若き戦士へと変貌した。
「すっかり男前になったわね、私の勇者様」
突然声を口に出して、明るく話しかける彼女に私は驚いた。
「お前さん、そんなキャラだったっけ?」
「だって、楽しまなくっちゃ損よ。さあ、次の冒険が始まるわよ、ゴウト!」
「……ああ!」
未知なる予感に胸が高まる。体一つで自分はどこまで行けるのか、どれだけの人生を歩めるのか、居てもたってもいられない。
振り向けば光が溢れていた。そしてゴウトは彼女の手を取ると、光に向かって駆け出す。
(ん?)
遠い光の向こうで、ゴウトは一人の男を見た。近づくにつれ、男は見慣れた鎧を身にまとい、背中に大剣を背負っているのが見える。自分と全く同じ装備だ。
男と目が合う。険しい顔立ちではあるが、男の目はとても澄んでいた。彼は口に笑みを浮かべ、軽く手を高く上げた。
「やっと会えましたね。先輩」
ゴウトは走りながら、男と同じように手を上げ、そのまま力強くハイタッチする。乾いた音を聞くに、体の節々に力がみなぎってくる。
「では、ご武運をお祈りします。勇者殿」
男の声を背に受け視界が光に包まれる。
そして、二人の終わりなき冒険の日々が始まった。
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「ファンタジー」それは幻想。人間が高度な文明社会を築く中で、徐々に失われ、そして飢えていったもの。
例えば、在りもしない「財宝」。生物学的に存在の許されない「魔物」。科学を超越する「魔法」。並はずれた力を持つ「勇者」が作り上げる、胸躍る「冒険」の数々。映画や小説、あるいはマンガやゲームで人はそんな幻想を求める。
決して叶うことのない、奇跡と呼ぶにしても遠すぎる存在。なのに人は幻想を追い求め、数々の幻想を作り上げる。
ゆえに、いつか人は飢えを凌ぐために、その幻想を叶える時が来るだろう。
願わくば、その幻想が人に勇気や希望を与えてくれる、輝かしいものでありますように。
『神殺しのゴウト』IS OVER!
THANK YOU FOR PLAYING GAME!
神殺しのゴウト ジストリアス @zisutoriasu
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