第158話 異伝 泡沫の夢
――現代 健二
ノートに文字が浮かび上がらなくなってもう一年が過ぎようとしている。高校最後の年となった健二は勉強に追われる日々を送っていた。彼はノートでのやり取りを通じて日本を始めとした世界情勢に興味を持つようになってはいたが、追い立てられる日々のためそのことは記憶の片隅に追いやられたままである。
三年になってから周囲は「将来は何をしようか」といった話が飛び交い、健二も将来のことについて漠然と考えていたこともあったが、何をするにしてもまずは勉強をしなければと気合を入れるも長く続かない。
そんなわけで彼は教科書を開いたまま椅子の背もたれに体重を預け、ぼーっと目の前を眺めている。
その時、扉をノックする音が聞こえると同時に彼の父の声がした。
「健二、あまり根を詰めすぎても効率が悪いぞ」
「父さん、どうしたの?」
「入っていいか?」
「うん」
扉が開き、父が入ってくる。彼は健二の好きなコーラを手に持ち勉強机の上にトンと置く。
そういえば、ノートへ書き込みをしていた時、こんな感じで毎晩父さんと語り合ったものだなあ……と健二は思い父の名を呼ぶ。
「父さん」
「ん?」
「ノートの出来事は何だったんだろうなあて思ってさ」
「そうだな。パラレルワールドってやつだと俺は思っている」
「実際に宮様の亡霊?と会えたわけだけど、俺たちの歴史は全く変わっていないしなあ」
健二はノートからの書き込みがあるたびに、内容を実際の歴史と照らし合わせて父と相談をしていた。
というのは健二も父もタイムトラベルものなんかにある過去が変われば現在も変わるといったことがあるかもしれないと懸念していたからだ。
しかし、実際は過去の歴史に微塵たりとも変化はなかった。
「変わらなくてよかったと俺は思うよ」
健二は父へそう言ってコーラを口につける。
「俺もだよ。健二」
父は微笑み肩を竦めた。
もし自分たちの書き込みによって実際の過去が変わるとしたら健二も父もノートへの書き込みを即座にやめていたことだろう。
「将来のことはじっくり考えればいい。大学に行ってからでもいいしな」
父はそう言い残して部屋を出て行った。
ベッドに寝転がりながら健二は漠然と未来の自分を想像しているとウトウトとしてきてそのまま眠ってしまった。
◆◆◆
――翌朝
寝坊した健二は超速で学校へ向かう。教室に入った彼は自分の目を疑った。
親しいクラスメイトはいたんだが、知っている顔に混じって見たことのない外国人がちらほらと……。
「ん?」
「健二、何を驚いてるんだよ。今日から留学生が来るって言ってただろ」
健二の親友である
「そ、そうだったっけ……どこの留学生なんだろ……」
「おいおい。オーストリア、ドイツの学生が半分。それ以外はいろんな国が混じっているんだよ」
「へ、へええ……」
随分国際色豊かだな。うちの高校はただの公立高校なんだけど……。いつの間にこんなことに。
などと健二が考えていると、
「はじめまして、ボクはアンドリューです」
「は、はじめまして。俺は健二」
「健二、そんなに緊張しなくても。百年前ならともかく……」
宗人はおどけてみせるが、健二はこれまで日本語を話す外国人と会話したことがない。緊張するなと言う方が酷というものだ。
「アンドリューはどこの国から来たの?」
「アメリカです。将来は日本の大学に入って宇宙工学を学びたいと思ってます」
「そっかあ……え? 宇宙?」
「はい。2020年には宇宙エレベーターが完成予定ですし、学ぶなら最先端の技術を学びたいんですよ」
健二は狐につままれたように釈然としない顔で首を捻る。
どうもおかしい。宇宙といって何故アメリカではなく日本なのか……?
「健二もフォン・ブラウンで仕事をしたいって言ってたじゃないか」
宗人がバンバンと健二の肩を叩く。どこだそこ?と彼は思うが、アンドリューが目を輝かせているじゃあないか。
「宗人、アンドリュー。授業がはじまるぞ」
ちょうどいい時に先生が教室に来て授業がはじまった。
健二は今の内に情報を整理しようと、歴史の教科書をコッソリと開く。授業は英語だったので見つからないように細心の注意を払って。
歴史の教科書を読み、健二は確信する。
――これはパラレルワールドだと。
ノートの先の世界はやり取りが途絶えた後、どのような歴史を歩んだのか健二は理解する。全世界的な平和が続き、紛争が数十年起こっていない。
平和を謳歌する人々の目は深海や宇宙に向いている。潤沢な予算を宇宙開発に割り振って、近い将来火星まで人類が到達する様子なのだから健二は驚きを隠せない。
すごいな……ノートに書きこんだ内容は並大抵の努力では達成できるものではなかった。それをこの世界の過去の人たちは苦労し実行してきたんだ。
その結果が現在の繁栄というわけか。
自分もがんばらないと。
健二は拳を握りしめ、輝かしい日本の歴史年表を見つめる。
そこで授業終了のベルが鳴り、すぐに宗人が健二の席までやって来たのだった。
「健二、放課後アンドリューを記念館まで案内しないか?」
「うん」
記念館とは何のことか分からないけど、健二もどんなものが置いてあるのか興味がある。
しかし、健二は薄々この「夢」はもうすぐ終わるんじゃないのかと感じていた。これは父と同様に泡沫の夢。
気まぐれな神様がパラレルワールドを見せてくれたに過ぎない。
ほんの僅かの間ではあったが、彼はノートで綴った世界を目に焼き付けることができた。
この体験は彼に将来のことを考えさせてくれるいい機会になるに違いない。
その証拠に健二は決めることができた。将来のことを……。
――よし決めた。
健二がそう思った時、意識が遠のき再び目を覚ますと自分の部屋のベッドだった。
学校に行ってみたところ、留学生の姿などなく健二は少し残念に思いながらも英語の教科書を机に広げる。
日本が日露戦争後大陸利権を売却していたら? ~ノートが繋ぐ歴史改変~ うみ @Umi12345
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