想い出寿司

ガラマイヤ

想い出寿司

男は死んだ。

地獄とも、極楽ともつかない場所をとぼとぼと歩いていると、一軒の店が見えてきた。看板には『想い出寿司』と書かれていた。

「入ってみるかな」

のれんをくぐると、寿司職人というよりはバーテンダーといった雰囲気の店長が「いらっしゃいませ」と微笑んだ。

「当店ではお客様が生きてこられた日数分の米粒を、『想い出寿司』にしてお出ししております」

「『想い出寿司』とは何だい」

「はい、口に入れるとタイムスリップしたかのように生前のシーンを見ることができます」

「じゃあ、記憶にもないような生まれたばかりの頃が見たいな」

カウンターに、すっと皿が差し出された。シャリの上にはピンクの雲のようなものがのっている。

口に入れた瞬間、あたりがピカッと光に包まれた。

「あっ」

気がつくと、病院にいた。まだ若い自分の母が赤ん坊を抱いて、頬ずりをしていた。

「あんた、これから大変よ。女手ひとつでこの子を育てるなんて」

深刻な顔でそう言っているのは、母の姉だ。

「平気だわ。私はきっと、この子に会うために生きてきたのよ。何だって頑張れるわ」

母は死に物狂いで働きながら、一人で自分を育ててくれた。叱られたこともたくさんあったが、朗らかで愛情深い母だった。眺める男の頬に、涙が流れた。

しばらくすると、辺りの光景が先程の寿司屋に戻っていた。

「素晴らしいな」

男は続けて注文した。親子で行った遊園地、学園祭、初めてのデート、子供が小さかった頃…。

黄色やオレンジの雲がのった想い出寿司を、次々口に入れた。

「残り一貫でございます。何を注文なさいますか」

店長に言われ、男は答えた。

「ありがとう。想い出は充分楽しんだよ。最後に、マグロの寿司をくれ」

店長は不思議そうな顔をした。男は言った。

「実は、魚介アレルギーでね。寿司屋は好きだが卵やカッパ巻しか食べたことがないんだ。最上級のトロなんか食べられたら、いい想い出になるだろうな」

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想い出寿司 ガラマイヤ @kagara_maiya

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