後編
それからしばらく後の話。
「桃太郎や。桃太郎や。」すっかり大気の毒で弱って寝たきりのおばあさんが、今や自分の息子同然である青年の桃太郎に話しかける。「おまえ、何で身支度をしているのだい?」
「ちょっくら、出かけるからだ。」桃太郎は言う。「母さん、なんで今まで父さんの事を黙っていたんだい?」
「え?」
「戸棚の奥に、父さんの服があるのを見つけたんだ。そして服の中にこの手紙も。」
そう言って桃太郎はくしゃくしゃの紙を広げる。
『愛するお前へ。私は川の上流の洞窟で、蜘蛛の姿をした鬼に殺されてしまう。まもなく息を引き取るだろう。だが洞窟にはまだ緑が溢れていた事を伝えたい。いつか誰かに、あの緑を再び採取させて持ち帰っておくれ。』
「父さんは、鬼に殺されたと言うじゃないか。鬼が何だかわからないけど。そして緑があるらしいじゃないか。」桃太郎は紙を纏めながら言う。「父の仇を討ちたいし、そしてうちで植えてある植物だってそろそろ限界だ。僕は取りに行くよ。」
「桃太郎や、待っておくれ。」
「心配しないで。蓄えていたきびだんごは持って行くよ。」
「桃太郎、実はお前は・・・」
おばあさんの言葉も聞かずして桃太郎は前へと駆け出してしまった。おばあさんは遠く離れて行く姿を見つめながらかつて桃太郎と出会ったあの日を思い出す。
どんぶらこっこ、どんぶらこ。
甘い大きな桃が来た。
どんぶらこっこ、どんぶらこ。
中にはおじいさんの衣服と骨。
どんぶらこっこ、どんぶらこ。
そして赤ん坊も入っていた。
どんぶらこっこ、どんぶらこ。
「あれは大きい桃じゃった。」
獣の気配も殆どなく、大抵は突然変異で暴れまわっている鬼か、鬼に食い荒らされた死骸、たくましく繁殖力の強い野うさぎ以外の生き物を桃太郎は見たことがない。だからして自分以外に誰もお供がいないまま、洞窟に向かって歩き出す。
「なにもの。」
そう言って手足の長い蜘蛛のような人が現れた。蜘蛛のよう、ということは、遺書に書かれていた鬼だろう。女の顔をしている。
「俺の父を殺した仇だ。」桃太郎は槍を手にして言う。「そして緑を採取しに行く。」
「やめて。」鬼が答えた。「私たちが、何をしたの。それに、この緑、取らないで。私たちにとっても、大事なの。」
「大事なの。」同じ顔をした鬼が後ろから現れた。「大事。」「そう、大事なの。」
「分裂して繁殖するのか。気持ち悪い。」桃太郎は顔をしかめた。
「お願い帰って。緑なら少しはあげる。」
「いやだ。条件はまず、貴様らを皆殺しにすることだ!」
すると鬼たちが顔を見合わせ、そして頷く。多くが桃太郎に振り向いて走り迫ってくる。
「お前らは同族でそうやって
桃太郎は槍を振るい。たちまち鬼どもの胸を貫いて亡き者にしていく。いとも簡単に殺せてしまったので桃太郎は拍子抜けしていた。もしかして、何か裏があるのではないか・・・と思って奥に入ったが、そこは潤沢な緑の大地であった。桃太郎は息を飲む、間も無く。
「ぎえあああ!」鬼の叫ぶ声。やはり伏兵がいたか。桃太郎は慌てて槍を持ち、鬼を貫く。
「ぐあ・・・」鬼は呻く。「なぜ、私たちを、殺そうとした・・・」
「決まってるだろう。俺の父を殺した。」
「ここの洞窟、鬼ヶ島にくる人たちは決まって荒らしにくるだけだから、仕方のない選択だった・・・。私たちは、どうにかして、研究しているだけなのに・・・」
「どうにかして、研究?知らんが、お前たちが勝手に住処だと言ってるだけだろう!」
「分からない・・・なぜそれが悪い・・・あなたと同じ、生きたい、だけなのに・・・。」
そして鬼は絶命する。
桃太郎はこの時体が縮み上がるような恥ずかしさを感じた。鬼はもしかしたら僕たちと同じだったのかもしれない。ただ生きたいだけだったのに、自分は何てことをしてしまったのだろう。忌まわしい、ここは忌まわしい黒い思い出の土地となってしまった。
この洞窟は幾多もの植物がある。さっさとその緑を採取してしまおう。桃太郎はこの植物を、家に持ち帰るためにいくつか試験官に入れた。そしてばかでかい桃のなる木の存在に気づいた。
「これは一体・・・」と思ったその時、桃が木から落ち、たちまち急流に流されていってしまった。桃太郎は慌てて洞窟を出て、川の下流を見つめながら急ぐ。桃は見失ってしまった。
やっと見つけたと思ったら、桃の身はすでに弾けていた。皮の一部が川岸に引っかかっている。がさごそ、と音がしたので見回すと、桃太郎は驚いた。桃の皮を身にまとった女が岩陰からこちらを怯えるように見つめていたのだ。生存者か。
「おい、大丈夫か。」桃太郎は駆け寄った。女は震えながらうなずく。「家はあるのか?」すると女は首を振り、「どこにも家がない・・・」と呟く。
「おいでよ。」桃太郎は言う。「うちには植物もある。今日も採取した植物を家で培養するつもりだ。うちなら平和に暮らせると思うよ。」
女はこくりとうなづく。
「ただいま。」桃太郎は家の扉を開ける。
「おや、桃太郎や、もう旅は終わりかい?」寝たきりのおばあさんが微かな声で訊ねる。
「うん。川の上流で植物があったからね。少しだけ。」桃太郎はもうあの洞窟に戻る気がなかった。「それと。」
「それと?」
「川のあたり歩いていたら、生存者がいたよ。」そう言って桃太郎は手招きすると、布をまとった女が現れる。「この子をここに住まわせてもいいかな。」
「いい子だねえ。かまわないよ。わたしはもうすぐ死んでしまうし。」そう言っておばあさんは咳き込み、そして女を見る。女はハッと息を飲む。おばあさんはにこりと微笑んで呟く。
「やっぱりお前も、人として生きる決意をしたんだね。」
そして男と女はやがてふたたび、おじいさんとおばあさんになる。
(Never End)
無間桃太郎 NUJ @NUJAWAKISI
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