無間桃太郎

NUJ

前編

 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいた。度重なる戦争で荒廃しきったこの山で、おじいさんは植物を求めて草刈りに出かけた。一方おばあさんは、しょっちゅう毒の灰が舞い散るこの山で汚れを落とすために、水流のいい近くの川で洗濯をしに出かけていた。


 おじいさんはこれまで何度も山に登ったが、久しく通っていない道がひとつあった。それは若い頃に通った道だが、記憶の限りでは道の向こうの川と通じている洞窟の中に緑が生い茂っていた。しかし、おじいさんはそこはもう二度と行くものか、とずっと思っていた。恥ずかしい、悲しい記憶があったからだ。しかし、他のどの道を通っても、絶望を絵に表したような岩と砂と死骸と死骸に群がる毒キノコしかなく、家で培養していた植物もそう長くないとなれば、トラウマを乗り越えて希望を手に入れようと意を決したおじいさんは、とうとうその道を再び歩み始めたのであった。


 一方でおばあさんは川の下流に座り、籠から洗濯物を取り出した。家に入るときもホコリを払った筈なのに、気がつけば毒の灰で青黒い。それを川の流れる水に漬け込んで、ゆっくりと下流に灰が流れ落ちるのを静かに待っていた。


 いつくばった崖の先に洞窟があるのを、おじいさんは発見した。その洞窟の入り口には歩ける道が、山に流れる川と共にある。川は右側に流れている。奥に湧水でもあるのだろう。おじいさんは中へと歩いて行く。吹き抜けているのが風がびうびうと流れる。洞窟の中にぼんやりとした陽光が照らされており、やはり天へと穿つ穴がある。そしておじいさんは驚く。以前のように、その洞窟には緑に溢れた光景が続いていた。なんと自然はたくましいことか!洞窟の中に入ると、やはりあの大木があった。あの時と同様、やはり巨大な桃が一つなっている。木の根元にはこんな看板が立っていた。


『桃の実を用いた浄化プロジェクト試作品「翁」 - 生物を吸収し若い形態に還元する事で汚染から浄化する。』


 以前はこんな看板など読む余裕はなかったが、しかし改めて読んだところでおじいさんには全く意味が分からなかった。


 その時、かさ、かさかさ、と洞窟を這う音が聞こえた。おじいさんが振り返ると、蜘蛛のような長い手足の"人間"たちである。

「貴様らは、『鬼』だな。わしの後をつけたのか。」

「いや。」逆さ姿の『鬼』は答える。「確かに鬼、だが、ここは、私たち、住んでいた所の、『鬼ヶ島』。どいてほしい。」

「こんな文明の進んでいそうな場所に、貴様ら鬼が住んでいるものか。」おじいさんがせせら笑う。「貴様らはわしの親父を殺した仇らしいな。許すわけにはいかぬ。騙されないぞ。」

「お願い、大切な場所、どいて。」

「いやじゃ!」おじいさんはそう言ってリュックからナイフを突きつけた。

 すると後ろから続々と四つ足の巨大な大群が現れた。こんなあっという間に集まるとは。おじいさんの衰えた腕では鬼に抵抗しようとするも歯が立たず、鬼の尖った腕によっておじいさんの胸はたちまち串刺しにされてしまう。痛みと共に指先が、胸が背中が冷えていく。放り投げられた先は大木の枝であり、そこに干されるようにおじいさんはぶら下がる。このまま消息も知らされぬまま死ぬのは癪だとも思い、おじいさんは鬼にばれないよう胸ポケットから紙と鉛筆をゆっくりと取り出し、遺書を書く。


『愛するお前へ。私は川の上流の洞窟で、蜘蛛の姿をした鬼に殺されてしまう。まもなく息を引き取るだろう。だが洞窟にはまだ緑が溢れていた事を伝えたい。いつか誰かに、あの緑を再び採取させて持ち帰っておくれ。』


 そして遺書を胸ポケットに入れる。しかしその動作でまだ生きている事に気づいたのか、鬼の一体が木に向かって駆け出した。トドメを刺そうと、木の根元からよじ登ろうとする鬼を見ながら、おじいさんは動かない腕を必死に動かして、しかし滑り落ち、大きな桃に頭を打った・・・かのように思えた。おじいさんの頭は桃の中にやわらかくのめり込んでいった。えっ?と言おうと口を開いたら、どろどろとした溶液が口のなかから腹へと充満していく。気がついたらおじいさんの体は桃の中に入ってしまっていた。意識が薄れて行く中、なんとなくプツンと何かが切れる衝撃や、ばしゃんと言う水音から、自分の入っているこの桃が木から落ちて川に流れ始めた事に気づく。この川はもしかして、おばあさんが洗濯しているあの川へと続くのだろうか。おじいさんはそう考える間も無く、意識さえも溶解して無くなってしまった。


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