What's the Sealing that a High-school girl wants? - 4

「校長、この書類へ判子を頂けますか?」

 他の部屋とは隔絶した重厚な調度が居並ぶ部屋で、

「これが在校生の総意です」

 女の子一人では持ちきれない量の紙束を机へドスン!

 説得力の塊を盾に、冷徹な視線の眼鏡(元)少女&その取り巻きたちが校長へ迫る。

 『生徒会長』鳥居ミサ以下、全員が学ランを着用した男装の集団――屋上生徒会。

「元々ボクらは西高へ入学するはずだったんだ!」

「男子という穢から隔離された学舎で有意義な三年間を過ごせたはずなのに!」

「横暴でぇす!」

「横暴! 横暴! 横暴! 横暴! 横暴! 横暴! 横暴! 横暴! 横暴! 横暴! 横暴!」

 校長を取り囲む(元)女子たち、次々に絶叫のリンチを浴びせ掛ける。

「無視すんなよ! 全生徒の総意だぞ!」

 乱暴に紙束を叩きつけ、威圧する学ラン男子たち。

 悪夢のサバトで前後不覚となった女子たちに書かせたであろう署名に何の効力があるのか。

 一部始終を観察していた者ならば一笑に付せるシロモノなのに。

 強引に校長室鳥籠へ押し込められた校長先生には確認の取りようもない。

「待ちなさい君たち、今回の高校再編措置は君らのことを思ってだね……」

「嘘つけ!」

 校長の弁明を遮って非難轟々、野蛮な罵声が乱れ飛ぶ。

「子供をダシに土建屋からタンマリとキックバック貰ってんだろ?」

「貴様もワルよのぅ~越後屋!」

「資本主義の犬! 既得権益の亡者! 恥を知れ老害!」

 校長先生、反論したくとも孤立無援の状態、実に見苦しい人民裁判になっちゃってます。

「校長」

 血の気の多い手下たちを制して鳥居ミサ、努めて冷静な口ぶりで尋ねる。

「君らのため――――そう仰いましたね?」

「そうだ!」

 そこを汲んでくれ、と校長先生は椅子から身を乗り出しかけるものの、

「ならば入学する生徒からもヒアリングを行いましたか?」

 眼鏡さんの疑問も尤もだけど……無理があるよ、常識的に考えて。高校の新設計画とか一朝一夕でどうなる話じゃない。シムシティの市長さんじゃないんですから。

「お、行ってはおらん……」

 それでも校長の旗色は悪い。

「子供のため? 耳障りの良い言葉を並べておきながら、結局は大人側の利害調整だけで決める!」

 自分の言葉がブーメランとなって、我が身へと帰り刺さる。

「そんな大人に従う謂れは我々にはありません!」

「Don't Trust Anyone Over30!」「Don't Trust Anyone Over30!」

 ここぞとばかりに拳を突き上げ、屋上生徒会は論理の瑕疵を論う。

「Don't Trust Anyone Over30!」「Don't Trust Anyone Over30!」

 普段なら冷静な反論も展開できるはずの校長先生も、完全に萎縮させられている。

「これより学校運営は我ら屋上生徒会が執り仕切らせて頂きます」

 目論見通り主導権を奪った鳥居ミサが恭しく申し出る。

 パサ。

「これが屋上生徒会我々の所信表明です」

 ぞんざいに手下の一人が投げつけた紙束。署名の厚みから比べれば随分と薄い。

「この『霞城中央高校男女別学化アクションプラン』に従い、ただちに【生徒が臨む環境】を再構築させて頂きます」

「……!!」

「伝統校の格式を出来得る限り保持して、生徒のバリューを高める、これが屋上生徒会の指針です」

 校長の目の前に広げられた完成図、そこには【壁】が描かれていた。笑顔溢れる女の子たちの背後にコンクリート製の仕切りが、異様な高さの間仕切りが断絶の意思を表していた。

「完全なる隔絶を以って擬似的な伝統体制、男子校と女子校の住み分けを実現させます!」

「待ち給え諸君、そこまで生徒に権限を付与することなど……」

 慌てて常識論を振りかざそうとした校長先生に、

「鹿嶋、作戦開始」

 見せつけるかのごとく鳥居ミサは通話する。

『ラジャー』

「な、何をする気だね?」

 シャーッ!

 屋上生徒会が遮光カーテンを開帳すると……教室棟の昇降口へ生徒が降りてくるのが見えた。

『始め!』

 目立つ赤の腕章を腕に着けた彼女らは、屋上生徒会の指示で椅子や机を重ね始めた。数十人規模の生徒が甲斐甲斐しく働けば、アッという間に障害陣地の出来上がりです!

「な、何をするつもりだね?」

 講堂の【サバト】を目撃・体感していた者には分かる、彼女たちは洗脳されているのだと。周到な刷り込みによって【正義】を実行していると信じ込まされていると。

 でもそれを知らない者には、薄気味悪く映る。意味不明の狂気行動と。

 だからただただ圧倒され、狼狽するしかなくなる。状態異常の行動不能状態に。

「…………!!」

 たとえ正気を保ち得ていたとしても、どうしようもないことには変わりがないですが。

「我々屋上生徒会は、生徒の権利を行使致します!」

「!!!!」

 女子であっても、あの数が一斉に動いたら暴力です。体力自慢の体育教師も相手になりません。

「自らの学生としての価値を高めるため、男女別学体制への即時移行を要求します!」

 見せしめ排除なんて以ての外、用意周到の記録班がヨダレを垂らしながら撮るでしょう。

「受け容れられない場合は授業をボイコットさせて頂く!」

 それでなくとも学校中に設置された監視カメラが仇となる。自己防衛のエクスキューズではなく、不祥事のエビデンスとして喧伝される、両刃の剣が教師らの喉元に突きつけられている。

「本日よりこの校舎は女子校舎だ! 男は何人たりとも立ち入ること能わず!」

 昇降口を占拠した屋上生徒会の尖兵が高らかに叫ぶ。

「大政奉還なさって下さい……無血開城こそ、最も犠牲の少ない英断です校長」

 貴様に選択肢はない、そう顔に書いてあります眼鏡会長。

「大人の干渉は余計なお世話なんだよ校長ちゃん!」

「老害は黙ってろ!」

「老兵は去るな、惨たらしく野垂れ死ね!」

 年上への敬意など欠片も感じさせない傍若無人ぶり、さすがについてけません。屋上生徒会は異邦人の集まりなんでしょうか?

「ここへ」

 蛮勇の屈服に酔う手下とは異なり、丁寧に校長を促す鳥居ミサ。

「判子を頂きさえすれば抵抗など致しません」

 だけどその書類は毒リンゴ、常識では考えられないほどの校内自治権を委任する罠文書。

「折角ここまで積み上げたキャリアでしょ? 台無しにしたくないですよね? 校長ちゃ~ん?」

「晩節を汚して無念の免職。取り返しのつかない汚点じゃないですか? ネェ?」

 恫喝口調で煽り立てる屋上生徒会の面々に、校長為す術なく。

「…………」

 観念して持ち出す。鍵の掛かった引き出しから、立派な印鑑を。

「…………」

 そして朱に染まった印が屋上生徒会の書類へスタンプ、

「…………」

 される寸前で、再び逡巡する校長先生。

「…………」

「まどろっこしい! 押せばいいんだよ押せば!」

 堪忍袋の緒が切れて暴発する学ラン男子、

「乱暴は止めたまえ乱暴は!」

「判子をペタン! 押せば終わりだっつーの! 無駄な抵抗すんなよクソジジイ! 死ね!」

 判子を持つ手を強引に誘導する! 無理矢理力づくで!

「待ちなさい……話せば分かる!」

「問答無用!」

 それでも老骨に鞭打って抵抗を見せる校長先生、

「うわっ!」

 四天王プロレス全盛期を彷彿とさせる2.9カウントのお家芸!

 判子が書類マットに着地する瞬間、机と水平方向に印をエスケープ!

「うぉっ!」

 押さえつけた男子共々、勢い余って椅子から転げ落ちちゃってます……校長先生ナイスファイト!

「神聖な学舎が暴力に屈することなど、あってはならん!」

 乱れ解れた髪も構わずに、男らしい気概を叫んだとこまでは良かった。そこまでは。校長先生。

「神聖な学舎ですか……」

 校長を囲んだ屋上生徒会たち、汚物を見る目で老教師を見下した。

「はっ!」

 原因は校長先生の足元にあった。転倒の巻き添えで机から散乱してしまった書類束や本など。それらの中に私物の男性向け週刊誌が紛れ込んでいたのが運の尽き、間の悪いことに……ペラリと開かれたページには大人向けの肌色グラビアが載ってまして。イクナイそれはイクナイ。校長、とんだトバッチリです!

「これだから男って生物は!」

 【それ】が彼女に火を着ける。手下の蛮行も我関せずで、高みの見物を決め込んでいたミサの感情が反転する!

「汚らわしい!」

 これぞ鳥居ミサの本性、烈火の如き憤怒の化身となり、

「セクハラで訴えます教育委員会へ! 絶対許さない顔も見たくない!」

 バシャァァァァァァァーッ!

 怒りに任せて花瓶の水ブッカケちゃってます! 一抱えもある花瓶を花ごと!

 うわ!

 あまりの凶暴さに取り巻き男子たちも退いてい……ませんね。

 むしろ憐れな校長先生を指して嗤ってる。ヤンヤヤンヤ喝采で。

 ヘラヘラ嘲笑を浴びせながらパシャパシャと「証拠」を連写して。

 なんて集団ですか屋上生徒会! 元女子高生とは思えない野放図な攻撃性!

 これは! これは! 放っておいたら大変なことに!

 盛る攻撃衝動が一線を越えかねない!

「待てぇぃ!」

 バコォォーン!

 重厚な校長室の扉を蹴破り、一気に中へ押し入る!

「何者!?」

「天が呼ぶ 地が呼ぶ 人が呼ぶ!」

「呼ばれてなくとも即参上!」

「少子化克服エンジェル!」

「「We're――ゆにばぁさりぃ!」」

 キマりすぎた美少女二人と並んでいていいんですかね? 私、超場違いじゃないですか?

「ゅにばぁさりぃ……」

 凡人女子高生も見切れポジションで見得に加わってみる。刺し身の菊っぽく。一応。一応は加わっておかないと悠弐子さんにドヤされてしまいそうなので。

「なんだァ貴様らァ?」

「コスプレ研究会なら有明行け有明に、場違い女が!」

 とか学ラン男子に凄まれても動じてません、悠弐子さんとB子ちゃん。

「場違いなのは貴様らだぞ、この邪教徒め!」

「性教分離せよ!」

 性教分離……上手いこといいますねB子ちゃん?

「ほら桜里子も言ってやんなさい!」

「私もですか?」

「こいつらは歪な思想で学園を分断しようとする大悪人よ?」

「男女別学とかいう新たなる監獄学園の創造主、ぞな!」

 そ、それはダメだ! 悪です! 決して許されざる者です!

 何のために必死に受験勉強して霞城中央に入ったのか分かんないじゃないですか!

 ここは選ばれし男女の花園、かけがえのない恋愛理想郷だったはず!

「か、勝手な性道徳を押し付けてくる人は…………全て悪です!」

「拠って殲滅に異議なし!」

「バルタザールメルキオールカスパー! 三賢者トライソフィニカシステム!」

「【 悪 】認定完了!」

「――喰らえ正義の鉄槌を!」

 バタァーン!

「そっち!?!?」

 一気呵成に大将の首を獲るタイミングでしょ、今のは?

 なのに二人はバックステップをキメて、扉を両側から閉めています。さっき蹴破った扉を律儀に。

 私だけが、おっとっとと前へ突貫して馬鹿みたいじゃないですか!

 行くなら一緒に行ってくださいよ! 恥ずかしい!

 てか!

「……し、閉めちゃうんですか?」

 一網打尽しようってことですか?

 できるんですか? 向こうは私たちの倍の人数いますけど?

 閉め切られた空間に、この人数の差。致命的だと思うんですけど常識的に考えて?

 もしかして二人は何か体術を会得している? マスターなんちゃらとか免許皆伝の実力者ですか?

「……桜里子、やっぱりあんた漫画の読みすぎよ……」

「ゲームと現実の区別つかない人間ぞな」

 この期に及んでも失敬、本当に口さがない美少女どもですよ、まったく!

「どんな達人でも対複数処理には限界があるわ。多数側にファランクス戦術を採られたら」

「徒手空拳では為す術なしぞな」

「じゃ、負け確定じゃないですか!」

 自らの行動範囲まで縛る閉鎖空間クローズドサークルを作った時点で敗退行為ですよ!

「ところがぎっちょん」

「そうでもないぞな」

 がじ。

 B子ちゃんが私のうなじに噛みつけば……

 シャキン!

 ゆにばぁさりぃマスクの口元、シャッターが閉じた。と同時に背中に背負ったボンベから酸素が送り込まれ始める。

 潜水レディの体勢が整いましたよ、簡易的な。水なんてどこにもありませんけど?

 これからこの校長室へ大量の水が雪崩れ込んでくるんですか?

 不利な戦局を一気に引っくり返すほどの?

 いやいや無理です。膝まで貯まる前にボンベの酸素が切れます。魔宮の伝説並みでもない限り。

「桜里子」

「はい?」

「水なんかなくとも人は溺れるものよ」

 水がなくても?

「いくわよ!」

 意味不明の禅問答を呟き、悠弐子さんは再び見得を切る。

「少子化克服エンジェル ゆにばさぁりぃ――――――――オンスティージ!」

 カッ!

 眩い後光が私たちを照らし、光の中へ埋没する。それほどに強烈なプロ用ステージライト。

 そして噴射される大量の白煙!

 ちょっと待って下さい?

 私たち自称正義の戦士ですよね?

 なんで過剰な舞台演出にまみれてるんですか?

 横暴なる悪漢を打ちのめす武器じゃなくて、これ舞台演出ですよね?

 俺の歌を聴け方式で戦闘を止めさせる算段ですか?

 朝焼けの彼方へ私を遮るものは何もないんですか?

 てかこの煙! 煙多すぎませんか? もはや視界は数メートルもありません!

 舞台演出として失敗ですよこんなのは!

 多すぎますって煙! 多けりゃいいってもんじゃないです!

 ゆ、悠弐子さん? どこにいるんですか悠弐子さん?

 私を置いてかないで下さい!

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少子化克服エンジェル ゆにばぁさりぃ 妹小路ヘルヴェティカ @Helvetica_Ikj

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