What's the Sealing that a High-school girl wants? - 3

 コーホーコーホー……

 てか、どういう絵面ですかコレ?

 コーホーコーホー……フシュフシュ……コーホー……

 痴女スーツにフルフェイスのメットを被った女子高生が三人。

 コーホーコーホーいいながら、ピンポン球ほどのカサカサした物体を握り潰す会。

 グシャッ。ペシャッ。シャラシャラシャラ……

 女の子の握力にすら耐えられない【そいつ】は、一撃で粉々になっていく。

 グシャッ。ペシャッ。シャラシャラシャラ……

 なんかもう、やってるうちに心がなくなるというか、無我の境地に達するというか。

 グシャッ。ペシャッ。シャラシャラシャラ……

「あの……せめてメットは脱ぎません?」

 息苦しいったらありゃしない。わざわざレギュレーター経由で酸素を供給しなくとも、ヘルメットを脱げば普通に呼吸できるじゃないですか?

「ダメよ! 桜里子!」

「それを脱ぐなんてとんでもない!」

 うなじ側のシャッターボタンを押そうとした指を、左右から押し留められる。

「脱いだらヤバいわよ?」

「デロデロデロデロデェーデンだぞ?」

「そんなにヤバいんですか?」

「ヤバい」

「超ヤバ」

 ピ。

「……警察ですか? 秘密裏にヤバい粉を精製してる女子高生が……」

 ピ。

「桜里子……ダメそういうオイタは。迷惑でしょお巡りさん」

「イタ電イクナイ」

 目にも留まらぬ反応速度で私の携帯を奪い取り、通報を遮る容疑者AとB。

「じゃ、いいんですか? 迂闊な呼吸も憚られる白い粉は?」

「落ち着きなさい桜里子。あなた疲れてるのよモルダー」

「お前ここ初めてか? 力抜けよ」

 ガチムチ兄貴並みの包容力で誤魔化そうとしてもダメですよ?

「ダメなものはダメですから!」

 法に触れるものなら山田、容赦しません! 犯罪に加担させられるなんて真っ平御免です!

「ばか桜里子」

 コツン。優しくメットとメットをごっつんこ。

「粉の元はコレ」

「これって……」

 ドギツい柑橘系色の……キノコ?

 男の子たちが山を駆けずり回って集めた希少なキノコじゃないですか?

「乾燥させると色も抜けちゃう」

「え?」

 その箱って冷蔵庫じゃなかったんですか? ずっと荷室に鎮座していた白い立方体は?

「この乾燥機でビフォーアンドアフター」

 元は金柑と見紛わんばかりの傘がすっかり萎んでしまい、色も抜けちゃってます。石膏のレプリカみたいな色ですよ?

「じゃ?」

 私たちが作っているのは、キノコ粉?

「それのどこが危ないんですか?」

「え、ええとホラ…………粉塵爆発とかあるじゃない?」

「中二病患者が大好きな…………ぼかーんってね、ぼかーんって……」

 顔を背けましたね? 嘘を言っていますね? 何か私に隠しごとしてますね?

 ヘルメットのバイザー越しでも伝わってきますよ、誤魔化そうとしてるの!

 霞一中 恋愛ラボで培った人間観察眼を舐めないで下さい!

「悠弐子さん! B子ちゃん!」

「桜里子!」

 カツーン!

 今度は少しだけ仰け反る勢いで、ヘルメットアタック。

「昔ね、とあるレコード会社の社長が言ってたわ」

 そしてそのまま――私の首を抱いて囁く。

「あたしはスタジオレコーディングが楽しくて仕方がない」

「え?」

「世界の片隅でコッソリ核兵器を作ってるみたいな、この感じが堪らないの! って」

「悠弐子さん……」

「野心よ桜里子。少女よ大志を抱け」

「世の中をアッと言わせることが出来るのは、野心を抱いた少女だけなんだから」

 バイザー越しの満面の笑み。

 この子とならば何でも出来る。恐れも躊躇も知らない、この子となら。

 そんな馬鹿なこと誰もやらないよって鼻で笑われそうなことだって、アクロバティックな手際で華麗にやってのけちゃいそうな期待感。

 幻想に拐かされてる。私の頭を司る理性ちゃんが警告しても、意識の多数決マジョリティは流されてしまうの。類まれなる美の引力が、判断力を捻じ曲げる。サイコロジカル空間歪曲。

 私は迂闊になる。

 美少女の口車へ何の気なしにライドオン。明日なき暴走ブロロロロー。

 あるかもしれない絶対ないとは言い切れない微粒子レベルで存在する可能性へ賭けてみたくなる。

 そんな人です、彩波悠弐子という子は。

 彼女の胸に抱きかかえられたら、誰だって勘違いしちゃいます。

 耳朶に触れる距離で囁かれたら、信じちゃいます。

 彼女はローレライ――真実の語り部を装った、正常化バイアスの権化です!

「見てなさい某国結社【アヌスミラビリス】、正義の力を見せつけてやる!」

「やる!」

 もしもその妄想癖なかりせば。陰謀論のドレスで着飾ってなければ。

 向こうから幸せの青い鳥が突っ込んできます、それもヒッチコックの勢いで。エマニエルチェアに踏ん反り返ってるだけでフラワーアレンジメントが据え付けられます。ちょっとした公園の遊具みたいな大きさの花が貴女だけを引き立てる大道具として。

「少子化克服エンジェル!」

 なのに貴女は、敢然と背を向けて。

「We are!」

 違う。この子は、かぐや姫じゃない。

 殿方の御機嫌取りを甘んじて受け入れる、深窓の姫じゃない。むしろチャラい貴族など、待ちガイルからのサマーソルト迎撃しちゃう子です。誇大妄想という必殺技で返り討ちです。

「ほぉーら桜里子も!」

 やっぱやるんですか? 勘定に入ってるんですか? 不釣り合いにも程がある山田ですが?

「少子化克服エンジェル!」

「We are!」

「「ゆにばぁさりぃ!」」

 ビシッ!

 キマってる。いい歳した女子高生的には、とても人様にはお見せできない戦隊ごっこなのに……この人は本物の正義の使者じゃないのか? って一瞬迷っちゃう。脳内の正誤判定回路がフリーズするんですよ、あまりにキマり具合に。

「いい……いいわいいわいいわいいわいいわいいわいいわいいわ!」

「うぉぉぉぉぉぉぉ!」

 感極まってB子ちゃん雄叫ぶ。

「これまでなぁぁーんか足りなかった、最後のワンピース!」

「ラストワン賞!」

「それがあなたよ――――――――山田桜里子!」

「は、はぁ……」

 とても、とてもそんな御大層なピースだとは思えませんが、マイセルフ。

 光り輝く姫と姫の間で劣等感というブラックホールに押し潰される。計り知れない質量が光をも取り込んで観測もできなくなる。

 消えるんですよ、二人の光が眩しすぎて私は消える。観測者の視界から消えてしまう。いわば擬似透明人間。消えますよー 消えますよぉー。

「天下に覇を唱えるスーパーユニット爆誕よ!」

「我ら、生まれた時は違えども!」

「少子化克服エンジェル!」

「We are!」

「「ゆにばぁさりぃ!」」

「キマったぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ぶしゃぁぁぁぁぁぁ!

 ものすごい煙、まるでエンジンブローしたハチロクみたいな煙を吐いてますウイドーメーカー号。

 これはもう嫌がらせや悪戯では済まない量だと思うんですが……悠弐子さんとB子ちゃんの歓喜に応えた汽笛というか祝砲というかそういう表現なんでしょう、たぶん……

 よかった通行量の少ない山道でよかった……街中じゃタダでは済みませんよ、今度はカーチェイスで追われちゃいますよ……マッドマックスか西部警察かぐらいの勢いで。

「帆を上げて! 勇者の凱旋よ!」

 ぶわさ!

 B子ちゃんが振っていた旗、学校の裏山で入部試験の開始を告げた旗です。動的喚起こそ象徴の存在意義である、を体現する華麗な旗! 最もシンプルな配色で計り知れない放散をデザインする。

 もしかしたら今こそ最も相応しいシチュエーションなのかもしれない、この旗に。

 滾る血潮!

 伸るか反るかの大博打へ漕ぎ出す私たちの!

 その流れが激しければ激しいほど、渦中で翻弄される者には俯瞰の把握などできはしない。ただただ狂騒に溺れぬよう、必死に藻掻くしかない。

 「そんな中でも彼だけは知っていた」なんて嘘。アンフェアな後出しジャンケン発言だと確信を持って言える。何が正しくて何が間違いか、そんなものは当事者には分からない。

 分かっているとしたら、本物の未来人か預言者だけ。つまりは絵空事。フィクションの中の話。

 私は私のやれることだけやろう。

 高邁な理想や使命感よりインスピレーション、乙女の勘だけが頼りです。

「いざ行かん! 決戦の地へ!」

 ウイドーメーカー号の屋根へ掲げた旗に武者震いが沸き立つ。

 再び、野を越え山を越え。

 これから何が起きてしまうの? 学園で何が起こってるの?

 分かりません! 何を信じたらいいのか分かりません!

 でも、こうなったら行くしかありませんよ!

 出たとこ勝負も女子高生の心意気です!

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