What's the Sealing that a High-school girl wants? - 2
「見て、桜里子」
すいません。
根本的な逸脱をしていたのは私でした。
美少女の色香に惑わされて本末転倒していたのは私でした。
悠弐子さんの目は既に私を離れて――それも女子高生の体を狙うハイエナの目ではなく、もっとこう理性の好奇心と火遊びの冒険心を混ぜ合わせたような、別の意味で危うい光を放ってて。
(……!)
少なくとも即物的な性の官能を貪ってやる、ってな目じゃないですよ。
「感じない?」
感じるとは、何のことを言っているんでしょうか?
悠弐子さんの視線は壁。B子ちゃんが座ってた場所とは逆側の。荷室の壁にハングマウントされた液晶パネル群です。
中央に鎮座する一際大きなパネルには、見覚えのある景色が映し出されていました。入学したての
(この映像から何を感じ取れと?)
嵐の気配など私には……
入学式やオリエンテーションと同じような光景ですよ?
ピカピカ出来たての講堂に生徒たちが集っているだけの、ありふれた光景。
むしろ、仕掛けられているカメラの多さに驚きます。
天井から、オペラ劇場の貴賓席ポジションから、最後方の二階席から。幾つもの画角で映し出される映像は全部監視カメラのものですよね?
これは誰でもネット配信時代の自己防衛策でしょうか? 二十一世紀型の無責任システム?
「むむ……」
中でもこの画角、まさに演壇を正面に捉える画には驚かされます。
霞城中央の講堂は一般イベントへの貸出も視野に設計されてるので、一丁前に小さなPAブースも設けられてまして。そっからの映像ですね。
ズームすれば演者さんの表情までクッキリ。ネット越しとは思えない臨場感です……何十キロも離れてるのに特等席気分。
天井からの画角では、席の埋まり具合がよく分かる。
「ざっと見て六分の一くらい……てことは女子の大半が参加しているんですかね?」
ドキッ! 女だらけの秘密集会☆男の子は覗いちゃダメ…………小学校高学年じゃあるまいし?
「…………極めて不健全ね」
「え?」
「今――学園に男の子は一人もいない」
真剣な顔で悠弐子さんは断言する。
「多様性に劣る環境は環境変化に脆弱だわ。一つの病原因子が全体を壊滅に追い込む」
それはつまり屋上生徒会という害毒によって一瞬で毒素が広がる、と?
「そこまで危惧することですか……………………っ!!!!」
突然鳴り響く、ライブハウスも真っ青の大音響! イコライザが振り切れんばかりの!
だけどさすがです新築ホール。質の劣るスピーカーなら音割れで聴けたもんじゃない音量も、難なく鳴らしていく。コンポーザーが意図した通りの迫力を全てのオーディエンスへ。
響くパイプオルガンの荘厳なシンフォニー、暴風の勢いで非日常性を糊塗するグランディオーソ・シンフォニカ。重層な音の重なりに横っ面を引っ叩かれる。
「始まるよ桜里子!」
「えっ?」
「――――地獄の門が開く!」
聴衆全員が呆然と音の波に翻弄される中、
『屋上生徒会、推参!』
舞台と正対する扉に浮かんだシルエットはダスティンホフマンじゃなかった。
もっと華奢で小柄な…………男子?
客席に居並んだセーラー服とは明らかに違う、独特の美意識でカスタマイズされた学ラン集団。斯くもゴージャスな重奏を露払いに花道へと躍り出る。
先んずるは眼光鋭い眼鏡男子、威風堂々と肩を怒らせ、首魁の威厳を見せつけながら。
続く男の子たちは手に手に旗を掲げ、シンボルを誇示しています。
旗とは意思表明。紀元前の昔から現代のコンビニまで、意思の表明に最も簡便な道具ですよ。
彼(彼女)が訴えるのは正当性、我々こそ生徒の指導者であるという認知行動です。
行進する者、数にして野球チームを組めるほどでしょうか?
大した人数ではないけれど、女子の腕力ではよろけてしまいそうな大旗は、相当な威圧感ですよ。
やはりあの子たちは男の子なんですか?
背格好は女子と見紛わんばかりの華奢な子たちでも、大旗を掲げて堂々行進。あれは男子の筋肉量を証明する=つまり男子化した女子なんですか、悠弐子さんが指摘する通り?
でもデコラティヴな特注の学ランを着ていては、体つきから性別を判定するの困難です。
かといって顔立ちは中性的で、みんなボーイッシュの範囲内です。
そういうもんなんですか、脅威の雌雄同体人間とやら?
分かりません。常識の範疇で生きる私には全然分かりません。
体育祭の応援団で男装する女子と何処が違うのか、私には全く見分けがつかないです。
『――――生徒諸君!』
示威行進を終えると屋上生徒会、
『哀れなる子羊の諸君!』
頭目らしい眼鏡男子(元女子)が演壇で声を張り上げた。
『我々は大いに共感する! 虐げられた君たちに!』
陶酔の震えを訴えながら、学ランの鳥居ミサがマイクへ叫ぶ。
そうです、男装してますが……見たことありますよこの子。新歓オリエンテーションへ乱入して大炎上した子です。可愛いのに神経質そうな眼鏡の上から目線ちゃん。女子力さえ備わってれば、好感度も爆上げ間違いなしの文学少女フェティッシュ。勿体ない実に勿体ない、残念眼鏡。あの時は確かに霞城中央のセーラー服を着ていたのに……
『そうだ、君たちは理不尽な貧乏籤を充てがわれている! 望まぬ運命を押しつけられている! 輝かしいキャリアを為すチャンスを奪われ、お仕着せの価値観を強いられる!』
彼女(彼?)新歓オリエンテーションより更にイキイキとした表情で訴える。爛々と輝く目で客席の女子たちへ主張する。
『それは何故だ? 誰のせいだ?』
『男だ!』
間髪を入れずに重ねられる合いの手は、学ランの男子(元女子?)たち。
『君ら女子は高校に上がるとメッキリ成績が落ちる傾向にある。それは一体何故だ?』
でき得る限り低い声で首領を囃し立てる。
『希望を失ってるから! 頭が良くても何も得しない、と悟るから! どんなに成績が良くても愛されなければ無意味で、結婚を前提としない人生は失敗、という都合のいい観念の奴隷だからだ!』
上から目線のアジテーションと、
『それは誰だ? 誰の都合だ?』
『男だ!』
端的で明け透けなレスポンスの応酬。
『男とは!』
『男とは!』
時代錯誤のバンカラ軍団の威圧感、大したもんです。
新歓オリエンテーションよりも圧倒的な押し出し感で、主張を押しつけられる。
『存在自体が邪である!』
格段に力強く見えます。舞台装置や照明、小道具、そして衣装。全てがアグレッシヴでマッシヴ。
【暴威で貴様らを支配する】と言わんばかりの自己演出です。
女子力の世界とは隔絶した、異性のある一面だけを肥大化させたデーモンストレーション。
『身勝手で享楽的で、欲望を留める術を知らない! ――劣等種である!』
ヒステリックであっても理性の枠内に留まっていたのに、オリエンテーションでは。
だけど今の彼女は逸脱を躊躇わない。極論と感情論と差別感情を開けっぴろげにした物言い。
『己を律することもできぬ劣った生き物である!』
それは彼女に内在する黒い澱。
『穢らわしく薄汚いもの!』
『生物学的に欠陥品である!』
『fuckin' phallocentrism! fuckin' phallocentrism! fuckin' phallocentrism!』
エフワードの禁忌すらお構いなしで言いたい放題です。
『君たちは! 邪悪なる支配を脱し、自立した女性にならねばならないのだ!』
(なんなんですか、このサバトは?)
もし私がこの講堂に座っていたとしたら、「聞くに堪えない」と席を立ったでしょう。
あの時の男子みたいにヤジで不満を返さずとも、黙って席を。
(そういえば!)
ほぼ全校女子生徒が参加しているはずなのに、戸惑いの囁きすら聴こえてはこない。
こんなにもイカれたコスプレ演説会なのに。
「桜里子こっち」
悠弐子さんが指したパネルには舞台側から客席を映す映像。
「……え?」
そのアングルも私は、二度体験している。
だけどそのどちらとも違う。
入学式で並んでた、溌剌とした前途洋々でもなければ、
新歓オリエンテーションの退屈な消沈、あるいは全校規模の学級崩壊の体でもない。
「なんですかこれ?」
頬は紅潮して目は虚ろ、屋上生徒会のヒステリック偏向演説に辟易している……というよりは、何か別の不快感に身悶えしているような……
「新築の気密性を利用してるのよ」
「え?」
「ワザと空調を切って、気がつかない程度に酸素を足りなくさせてるの」
「な、何のためにそんなことを?」
それだけじゃない。ブゥゥゥゥーン……と鳴り響いてくる重低音。刻まれる一定のリズム。規則的な振幅へ不規則な揺らぎを重ねた怪しげ
照明は黄昏の色、夕焼けのフィナーレよりも来るべき闇を感じさせる昏さ。
蒸れる人いきれは換気されることもなく滞留を続け、不快指数を上げていく。まさに新築の気密性が仇となり。極上の座り心地だった真新しい椅子も、イヤなベタつきが肌を蝕んでいく。
今、この講堂に心安らげる要素は一つもない。
ひたすら心と体の不安定だけが右肩上がり、来いよ来いよとバッドコンディションを手招きする。
「……なんなんですかコレ?」
カメラ越しでも漂ってくる不快感。心の奥底に隠してあるコールタール色の淀み、それを無理矢理かき混ぜるような耐え難い疼き。トラウマのかさぶたを触れ触れと嗾ける、エデンの毒蛇。
「下拵えよ」
「え?」
「固化した心を無理矢理ほぐして、不安の海へ漂流させる」
「何のためにそんなこと………‥ひゃぁ!」
フィギュアペアの女性の方か、あるいはお代官様に剥かれる女中さんか、ぐらいの勢いでクルクル駒回転させられた上、
「気を確かに持って」
私は彼女の腕の中。
ちょうどウイドーメーカー号へ初めて乗った時。不意の峠アタックに翻弄され、至ってしまった二人羽織状態。あれと同じ体勢じゃないですか?
「来るわよ」
来る?
「来るって何が…………ひぃぃぃっ!」
説明されなくとも分かりました!
「牙を剥いてくる!」
さぁ来るぞ来るぞ来るぞ、からの爆発的煽り!
アリーナ中のオーディエンスがええじゃないかええじゃないかと踊り狂うドロップのタイミング!
――――あの感情爆発です!
DJのタイミングに合わせてパーティーモンスターたちが吼えるビッグバン!
『【立ち上がれ同志たち!】』
演壇の眼鏡ちゃんは一気呵成の勢いで煽りまくる!
『【祓え! 祓え! 穢れを祓え!】』
舞台演出技巧の末に生まれた悪趣味なサバト、その不快がベースラインとするなら、
『【我ら! 求め! 訴えたり! エロ忌む! エロ忌む めっさ忌む!】』
この変調は――稲妻のギターソロ!
気を抜くと胃の内容物を洗い浚い吐き切ってしまいそうな、急性の!
『【求めるぞ!】【求めるぞ!】【求めるぞ!】【求めるぞ!】【求めるぞ!】【求めるぞ!】』
「なに…………これ????」
強烈な目眩で足元も覚束なくなり、悠弐子さんの腕へ必死で縋りつく!
「ここよ」
立つことも儘ならない私に彼女は【 原因 】を指す。
演台背後のスクリーンへフラッシュで投影される【何か】。
散漫な注意では見逃してしまうほどの明滅で、現れては消えていく文字の列。
【男子、感じ悪いよね】【保育園落ちた、男死ね】【男を除ければ地上の楽園への道が現れる】
いくつかのパターンが繰り返し、どれもこれも偏った思想が込められたピース。
「プロパガンダの根本原則『結論を絞り、簡単な言葉で、執拗に繰り返す』……」
【男子、感じ悪いよね】【保育園落ちた、男死ね】【男を除ければ地上の楽園への道が現れる】
目を背けたくとも背けられない、背ける暇を与えず視覚から刺さってく、言葉の棘。
「処理流暢性の認知的メカニズムの、教科書通り……」
【男子、感じ悪いよね】【保育園落ちた、男死ね】【男を除ければ地上の楽園への道が現れる】
知らず知らずのうち意識へ埋め込められる、思想宣伝の橋頭堡。
(これは!)
まさに精神攻撃! 弱い心では抗えぬ、強引に突き刺さってくる悪意のガングニール。
抗おうにも意識は遠のき、
哀れなる哉山田桜里子、最低最悪の睡眠学習に蹂躙され…………………………………………
「がじ」
かけた所を急停止!
痛みという刺激が意識ちゃんのお尻を引っ叩き、なんとか正位置へと復帰!
「がじがじ」
そんなに噛んだらまた跡がついちゃいますB子ちゃん……
卒倒寸前だった私を寸前でキャッチ、既にお目々グルグル状態だった私の首元を噛んで心神喪失を防いでくれました。
気がつけば荷室のモニタは全て停止され、砂嵐の飾りパネルと成り果ててる。
おそらく手動で強制停止したんですね、荷室の回線を全て。
それが可能だったのは、生中継サバトの怪電波に冒されていない人がいたから。つまりカーテン越しにB子ちゃんが待機してくれていたお陰です。
まさか、これを見越してB子ちゃんは荷室の外へ退出してたんですか?
「現代の安楽椅子探偵は健全でないと務まらないわ…………」
ミスバイタリティ、悠弐子さんですら青い顔。へたり込んで私の脚に縋りついてます。
「病人や老人なら危ないところぞな」
「……ですね」
鋼の意思を持つ悠弐子さんでも、この有り様ですし。嫌な汗を浮かべながら重い息を吐いてます。
(恐るべし怪電波攻撃!)
てことは当然、
「講堂の子たちは????」
私たちみたいな強制切断策なんて採りようがないです!
講堂は屋上生徒会から完全に牛耳られ、空調も音響も照明も、彼(彼女)らの意図するがままの極悪環境が構築されていたじゃないですか! そこへこんな強烈な洗脳電波を浴びせられたら!
『男はー!』
『敵だー!』
我も我も内府様にお味方仕る、まるで小山評定でも見ているかのようです。講堂の各所から屋上生徒会に対する賛意が沸き起こる。
『諸君! 我々の力で理想郷を打ち立てよう!』
『Show your Girl's Power! 今こそ皆の女子力で!』
『Girl's Power! Girl's Power! Girl's Power! Girl's Power! Girl's Power!』
比較的染まりやすい子から順々に、伝染していく狂躁の熱は……やがて講堂を全体満たし、共感の歓喜が思考を停止させていく性倫理の
「なーにがGirl's Powerぞ」
「そんな品のない言葉で女子力を貶めないで欲しいわね」
「女子力とはThe Right Stuff of Femininityぞな。誤訳も甚だしい」
とか悠長なツッコミで井戸端会議してる場合じゃないですよ悠弐子さん、B子ちゃん!
「見て桜里子、これは女じゃない」
「えっ?」
やっぱり怪奇雌雄同体人間なんですか?
「こいつらは女子のナリをした男ぞな!」
「へ?」
「過度の好戦性という、男の悪い部分を増幅した女! 頭の中は男のデッドコピーよ」
「余計質が悪いぞな!」
「こいつらが日本を侵略したら、脳に装置を埋め込んで性欲のオンオフを女が握る社会になる」
「いわば現代のロボトミー信奉者ぞ! これが奴らの本性ぞな!」
「――その発言には権力志向が潜んでいる!」
「すぐ警察へ連絡しましょう!」
「桜里子」
私の手首を握り、悠弐子さん、
「動くと思う?」
「…………」
「仮に、ありのまま馬鹿正直に話したとして、信じてくれると思う?」
……思えません。
もし私が一一○番のオペレーターなら、ガキンチョの悪戯電話だと決めつけてしまうでしょう。
「でも!」
このままじゃ手遅れになります! 霞城中央が危険思想者の巣になってしまいます!
これは本物の洗脳ですよ!
一旦塗り潰された心を元に戻すのに、どれだけの手間と時間が必要か!
そんなくだらないことのために立ち止まり続ける高校生活とか、目も当てられません!
もはや恋愛理想郷でも何でもない! 精神的な牢獄です!
「させないよ」
「させんぞな」
「ですよね!」
「だからこそよ桜里子」
「へ?」
がぽ。
人から眼鏡を掛けさせてもらうのは甚だこそばゆい体験でしたが……人からフルフェイスを被せてもらうという経験をしたことがある人は何割ぐらいいるでしょう?
「これが! ――ゆにばぁさりぃマスク!」
無骨な赤黒のヘルメット、キノコチェックの時に見たアレです。
でも少し違う。あの時はフルフェイスでしたが、今回のは口元が開放されてます。
「シャットオォーン!」
ガジ。
B子ちゃんが私のうなじ付近を噛み噛みしてくれば、
カシャリ!
頬の両側からシャッターパーツが飛び出して、口元を覆っちゃいましたよ?
「い、息苦しい……」
「つまり『気密性が高い』ということよ」
自慢気に悠弐子さん、ご教示下さります。
下さるのは結構ですが……それってヘンじゃないですか?
頭部を保護できる強度があれば、むしろ通気性いい方が快適なのでは?
人相を隠してくれるのはありがたいですが。
今着ている衣装、下半身は結構隠れている割に、胸元のライン強調は隠せてませんから。アタッチメントパーツが役不足ならば顔を隠した方が手っ取り早い。
体はみんな知っているヒロインでも、どこの誰かは悟られません。被り物をしてしまえば。
「シャットオン中はボンベからの酸素供給で気密活動が可能になるわ」
え?
てことは水に潜る? 贅理部ってダイビング部だったんですか? やっぱり?
「潜らないわよ?」
「ダイビングには不向きだぞ。ボンベ容量的に」
確かに。うま~く衣装に隠された背中のボンベは、カセットコンロより小さい。スキューバの丸太サイズに比べたら本当に緊急用っぽい。
「じゃあ何のため?」
「だから気密性を得るためでしょ」
「――びっくりするほど高気密!」
「気密性????」
何のために?
女子高生が求める気密性って何ですか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます