第四章 女子高生が求める気密性って何ですか? - What's the Sealing that a High-school girl wants?

「いったいどうしたんですか、望都子ちゃん?」

『捕まったの! ジュンジ捕まっちゃった!』

 はて?

 いかなる咎で?

 ……姦淫罪ですか? 彼女がいるのに他の女に目移りした罪? それは第一級恋愛罪ですね。恋愛ラボで習得した折檻テクを総動員して罪を知らしめてやらねばなりません。

「屋上ね?」

 スピーカーモードのボタンを押して語りかける悠弐子さん。

『そうなの! 屋上生徒会あいつらに連れてかれた!』

「え? 本当なんですか?」

 たかが生徒会に生徒を拘束する権利なんて……それこそ漫画やラノベでしか……

「それ本当に屋上生徒会さんたちの仕業なんですか?」

 確かに新歓オリエンテーションでは大炎上しちゃってましたが……それだけで【悪】と決めつけるのも性急すぎる気もするんですが?

 ぴぽっ。

 B子ちゃんが監視カメラ映像をスイッチングすると、

「屋上ですね?」

 新歓オリエンテーションが催された日、職員室の窓から見えたのと同じアングルです。

 教室棟屋上を本校舎から眺める画角、あの日、名も知らぬ女生徒数人が気勢を上げていた場所。

 リアルタイム映像では生徒の姿はありませんが、確かに活動の形跡は残っていますね?

 簡素なバリケードと壁に貼られたポスターと散らけたフライヤー……

「B子画像解析」

「んー……」

 ぴぽぴぽぴぽぴぽ。

 限界まで拡大した静止画をトリミング、プラグインのスクリプトを走らせれば、


 『皆の力で平和な学園生活を実現しよう!』

 『解散総選挙の即時実施を!』

 『生徒会長を勝手に決められた。学校死ね!』

 『これが民主主義よ!』

 『民主主義ってコレよ!』


 不鮮明な画像からOCR的に文字が浮かび上がってくる。

「んん~?」

 一部に不穏当な表現が含まれますが、そこまで反社会的な組織でもなくなくないですか?

 意思表示方法に多少の問題があっても、要求に関してはマズマズ妥当では?

「これでも?」

 コンクリに散乱しているフライヤーをB子ちゃんが解析すれば、


『特別ガイダンスのお知らせ』


「特別ガイダンス…………?」

 そんなの入学資料にありましたか? 私は記憶にないんですけど……


『本日の授業ガイダンスに重大な不備が発覚しましたので、明日土曜を特別登校日とします』

『急遽の決定となりましたので、生徒の皆さんはできるだけ他の同級生にも知らせてあげて下さい』

『なお、後日、振替の休日を予定しています』


「『明日』ってことは昨日の放課後配ったんですか? 女子たちの帰り際に?」

 そんな突然の変更、信じますか?

「信憑性の基はコレよ」

 レイアウトもへったくれもない簡素なワープロ文書に、権威を付与する魔法のマーク。

 それは朱で押された【霞城中央】のスクエア印。

「学校公認なんですか?」

「……なワケないっしょ?」

「公文書偽造」

「えーっ!」

 それ犯罪じゃないですか! 紛うことなきお縄案件ですよ! 悪戯にしても度が過ぎています!

「てことは……」

 屋上生徒会は善意の救済者などではなく……

「弱者をダシにして自らの政治的野心成就を目論む――――悪者よ!」

「絶対悪ぞな!」

『そうよ桜里子!』

 スマホ越しに望都子モコちゃんが叫ぶ。

『あいつらなんかおかしい!』

 電話越しに親友が、私たちの知らない時間を説明してくれた。

『ジュンジが連れてかれたのだって、変!』

「変?」

『最初から身柄拘束ありきで、弁解の余地すら与えずに連れてかれたんだから!』

 切迫した口調で彼女モコちゃんは訴える。

『いつの間にか教室棟のトイレが全部女子用にされていて……知らずに入ったジュンジが、問答無用で

連れていかれたかれたの! 赤の腕章した子たちに!』

「痴漢冤罪……現代の日本で最も理不尽な身柄拘束が蔓延る、一種の越法論理ね……」

「身勝手な差別案件の濫用ぞな」

「悪辣なり屋上生徒会!」

 悠弐子さんとB子ちゃん、美しい眉を歪ませ苦虫を噛み潰す。

『ねぇ、あたしどうしたらいいのかな桜里子? 先生方は誰もいないし! なんなのこれ????』

「どうすればいいって言われても……」

 学校のトラブルならそれこそ先生方の出番です。なのに頼れない。そんな場合は……

 えーとえーとえーとえーとえーと…………

 えーとえーとえと……

 えーと……

 分かりません!

 山田桜里子の桜色の脳細胞ではナイスなソリューションが浮かんできません!

 自助努力するにしたって、生徒代表たる生徒会執行部は未だ山の中。

 誰かしら音頭を取る人がいなければ、組織的勢力への対処は甚だ困難です!

『キャーッ!』

 突然耳元で響くエマージェンシー!

「えっ?」

 ブツッ!

 突然の悲鳴と共に訪れた途絶。

「望都子ちゃん!? どうかしたんですか、望都子ちゃん? 望都子ちゃん!」

 再び通話を試みても案の定、つながりません!

望都子モコちゃん………」

 これは異常事態です。

 どう考えても退っ引きならないエマージェンシーです。

 どどどどどうしたらいいんですか? こういう時、私は何をすれば?

 休日とはいえ先生方は誰も見当たらず、何が起こっているか分からないんじゃ警察にも頼めない。

 私は? 私は何をしたら? 何をするのが最善なの? 何をするべき?

「……え?」

 慌てふためく私を温もりが包む。

 私と変わらない背格好の子に、雛を抱える親鳥の包容力で抱きしめられる。

(あたたかい……)

 心の温度を上げるのは体温じゃないんだ……

 抱きしめられてみて初めて分かる、背中を触られるとドキドキする。

 心の底から貴女が欲しいと、掻き毟られる痛さと気持ちよさ。それを受け止めるのが背中です。

 あるはずのない翼をもぎ取らんばかり弄られれば、乙女回路ロジックが動き出す。この身を捧げても応えたい強い気持ちが生まれていく。

 これ、これがハグの魔力なんですね……

「大丈夫よ」

 コツン。

 おでこの薄い皮膚と皮膚がぶつかり合うと――想いの粒子が量子テレポーテーションする。

 私たちは通じ合える。ステラ《星間粒子》の魔法が私たちを一つにする。

 論理演算を超えた思いのエンタングル。

 'Cause you are the piece of me.

「桜里子」

 匂いづけみたいに頷けば、心の種火は炊き上がる。

 私たちは一蓮托生。一緒に恐れを撥ね退けてくんだ。

 いずれ太陽に翼を焼かれるとしても、互いの片翼で宇宙そらを目指すんだ。

「はっ!」

 ……とか。とかとか。抱擁の熱さに溺れかけていたら、

 視線が!

 決して機嫌のよろしくない目が。仔殺しを狙う獅子の目が私と悠弐子さんを射抜いてくる。

「…………………………………………」

 そ、そんなにお気に召しませんでした? 何か気に触りました?

 もしかして私たちが仲良くしてるのが気に入らないんですか?

 友人以上の距離感で触れ合っているのが不快なんですか?

「…………」

 いや?

 もしかして?

 大切な人を誰かに奪われたくない、焦燥? 私の好きな人を盗らないで、という独占欲?

「…………」

 え?

 まさかそんな?

 B子ちゃんの想い人って悠弐子さん…………なワケがない。

 隙あらば闇討ちしてリーダーの座を奪おうとしてますからねB子ちゃんは。路上で武器を掲げ合った時の本気っぷりときたら、本当に目の前が真っ暗になりましたから。

 ないない。あれはないですありえない。

(ん~?)

 じゃあ誰ですか?

「桜里子、桜里子」

 なんですか悠弐子さん?

「なんか難しい顔してるけど、悩む問題なら消去法に限るよ。それが一番手っ取り早い」

 答え一発カシオミニ。

(消去法…………悠弐子さんじゃないとしたら……………………私!?!?)

 いやそんなまさか! 私のどこにあんな金髪美少女に好かれる要素が存在すると?

 ありませんよそんなもん!

 こちらから盲目的な愛を焦がれこそすれ、この私が愛されるなど、笑止千万!

「…………」

 でも見てる。じっと凝視している。ものすごい眼力のジト目で見られてる!

 抱き合う私と悠弐子さんを憎悪の目で。ラブロマンティックの敗残兵が、一握りの勝者へと向ける目です。ダメ元で霞城中央を受けたのに、当然のように散って行った糸満ちゃん倉井ちゃん羽田ちゃんから向けられた目です合格発表の時。満たされない側が優越者へ向けるソレですよ!

「…………」

 シャーッ!

「……!」

 もう我慢ならん!

 とばかりに拳を震わせて、B子ちゃんは怖い顔で出てってしまいました……

 この狭い荷室で大乱闘スマッシュシスターズにならなかったのは助かりましたが……

(もしかして私、この部活に無用な諍いを持ち込んでしまった……?)

 私のために争わないで? もうこれ以上?

「覚悟はいい?」

「は?」

 私の耳元で悠弐子さんが囁く。

 覚悟って何の覚悟ですか?

 これが男の子と女の子のシチュエーションなら言葉はなくとも分かります。

 『 君を抱いていいの? 』『 好きになってもいいの? 』

 少しくらい嫌がったって最後まで行くぞ、という意思表明の……

 嫌よ嫌よも好きのうちなどまどろっこしい、奪いたいならさっさと奪ってよ的な……すれ違っているようですれ違ってない――――矛盾という名の相思相愛。その前奏曲プレリュードです! 幕は上げられちゃいます! 魔改造を施された大型ワンボックスという仮初めの閉鎖空間で!

 もはや、もはや私にできるのは、彼の愛撫に吐息を漏らすことだけ……

「嵐が……来る!」

 嵐?

 嵐って何の?

 まさか、吹いてはいけない愛の嵐じゃないですよね?

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