Beat It!! - 7

「傾聴!」

 違ってた。

 暴虐のカリスマJKは荷台で仁王立ちしてた。仕置の鞭など手にすることなく。

「学園が危ない!」

 誰が割り込む隙もない無謬性ワールドを背にして、彼女は断じる。伝達手段というよりも不特定多数へ向け放たれるメッセージ爆弾クラスター。ステージしかり、里山しかり、新歓の演台しかり。ナチュラルボーンアジテーターが言葉のファンネル解き放つ。

 聴衆なんて山田しか、私とラジオ体操の爺ちゃん婆ちゃんしかいないのに。

「ねらわれた学園!」

 熱烈弁士の背後には金髪将軍。ヒップホッパー風の珍妙なハンドサインを掲げながら。

「学園……?」

 それはつまり霞城中央高校に異変が訪れたってことですか?

 ズビシ!

 少女よ大志を抱け! とでも言わんばかりに悠弐子さん、昨日私たちが越えてきた脊梁山脈の向こうを指しながらwith金色夜叉。

 間違ってます、そのポーズは違いますよB子ちゃん。

 ――それはそれとして。

「何か良くないことが起こったんですか?」

 どんな非常事態に見舞われたっていうんですか?

 テロリストが学生を人質にして立て籠もったとか?

 火事か地震か水害か、なんらかの天変地異に?

 あるいは他校の番長が乗り込んできて学園の支配を宣言したとか?

 いやいや、昭和の校内暴力華やかなりし頃じゃあるまいし。

 でなかったら未知のウイルス蔓延? 人の中枢神経を乗っ取る遊星からの物体X?

「山田桜里子!」

「はい?」

「あんたラノベの読みすぎよ」

「アニメ観すぎぞな」

 失敬な! 妄想と現実の区別がつかない人みたいに言わないで下さい!

 これでも山田、常識を弁えた現実的女子高生としては人並み以上と自負しています。

 少なくともその点に関しては二人より上ですよ! 二人に勝てる数少ない優位点じゃないですか!

 まだ互いの為人を深く理解してなくとも、直感で分かります。そこだけは!

「これを見なさい、桜里子!」

 タブレットに映る動画、見覚えのある光景ですね?

「……霞城中央の校内ですか?」

「学校側が設置したカメラをハックしたぞな」

 とか、こともなげにラプンツェル嬢は仰っていますけど……それって犯罪っぽくないですか?

「これ見て何かオカシイとは思わない?」

「ん~…………」

 ……どっかおかしいですかね?

「んん~………………………………?」

 特に何の変哲もない学園風景に見えますが?

「いやオカシイでしょ?」

「どう考えても」

「どの辺がですか?」

「まずなんで、あたしたちこんなとこにいるのよ?」

 そりゃあなたです、悠弐子さんが無理矢理連れてきたんじゃないですか?

「桜里子」

「はい」

「あたしたちは女子高生」

「女子高生の本分といえば?」

 女子高生の本分ですか?

 女子高生が取り組むべきファーストプライオリティ……

「運命の彼を探し当てること?」

 あ?

 ガッカリされてる。肺の底に溜まった黒い檻を、エクトプラズムで吐き出されてる。

 世間様に顔向け出来ない粗相をやらかしてしまった娘の母親みたいな情けない顔。

 そんな悲嘆に暮れてても美しいんですけどね、このお二人は。

「山田桜里子!」

「は、はい!」

「あんたも贅理部の一員でしょ!」

「苟も!」

「だったらそんな下卑た思想にカブれてちゃダメでしょ!」

「てめぇの馬鹿さ加減にはな、父ちゃん情けなくて涙が出てくらぁー!」

 …………????

 何を責められて……何を責められているんですか? 私?

「贅理部の一員たればこそ、何なんでしょう?」

 全っ然文脈が読めないんですが?

「女子高生の本分つったら勉強でしょうが!」

 あ? あー…………そういうこと?

 いやまぁ確かにそれはそうですけど……女子高生に限らず学生全般に於いて。

「学校側が授業を執り行うなら、生徒は万難を排して応じねばならない!」

「――ならない!」

 立派です。全校生徒の範となる物言いですよ。とてもライブハウスで観客に向かって火を吹くような人の言葉とは思えません。

「だったら帰りましょ、帰って授業に参加しましょ…………あ?」

 二人揃ってスマホのカレンダーアプリを私の眼前へと。

 日付フォントは薄いグレー。赤字の日曜の隣の。ウイークデーじゃありませんよって。

 そうだ。今日は土曜じゃないですか。決戦は金曜日! と意気込んで臨んだのは昨日の話。

(……ん? ん? ……………………んん?)

「おかしいじゃないですか!」

「おっそ」

「気づくのおっそ」

 そ、そんな蔑んだ目を! 馬鹿を見る目は止めて下さい!

 だって仕方ないじゃないですか!

 あんな滅茶苦茶な出来事が一気に降りかかってきちゃったら、曜日感覚なんて吹っ飛びますよ常人の感性ならば! 常識的に考えて!

「これリアルタイムですよね? どうして生徒が登校しているんですか? 部活動?」

 仮入部期間なのに、責任者も曖昧なまま休日活動とかマズくないですか?

「間隙を突いて来たわね…………【奴ら】」

「今を好機と嵩にかかってきたぞな」

 話が全く見えないんですけど……何をそんなに危機感タップリなんですか?

 二人は眉を顰め、難しい顔で映像を睨んでます。

 出会ったばかりですけど、こんなに真剣な顔は初めて見ました……

 新歓オリエンテーションよりも、裏山の入部試験の時よりも、ライブハウスのステージよりも、

 ここまでマジな悠弐子さんとB子ちゃんは初めてです。

 おちゃらけ成分を完全に捨て去れば、彼女と彼女の美しさは空恐ろしいほど。迂闊に触れば斬れちゃいそうな鋭利ナイフエッジを感じる……

「何が脅威なんですか?」

 おそるおそる悠弐子さんへ切り出してみた。

 確かに土曜の風景じゃありません。

 平常の登校日ではないにせよ、その点を除けば普段通りの学園風景にしか見えませんよ?

 セーラー服の女子と学ランの男子が仲睦まじく…………普通です。何一つおかしなことなど……

「おかしいっしょ、どう考えても!」

「悠弐子さん……」

 遂に境界症例の向こう側へ行ってしまわれたんですね……脳の成長点が事切れ、美を司る身体形成だけに注ぎ込まれちゃっているんですね?

「んなことあるかい」

 ぱこん。

 愛用のヘッドホン二号で叩かれちゃいました。

「こっち」

 B子ちゃんに顎を掴まれ、荷室の壁掛けモニタへ向き直れば、

「あ」

 そこには地図。ほぼ県単位の広域地図にポツンポツンと幾つものポインタが明示されて。

 初めてウイドーメーカー号へ乗り込んだばかりの時に見た画面です。携帯のGPSを基にした【入部試験】山越えレース状況の俯瞰図。都合三桁のナンバリングが割り振られた。

(そうでした!)

 我校の彼氏候補生……もとい、男子生徒は山の中です!

 ほぼ全員参加に近い同級生男子が未だ、山脈の道なき道で悪戦苦闘しているはずです!

 てかあの里山の光景スタート地点を思い出して、桜里子!

 学ラン男子なんて一人も存在しませんでしたよ? だって霞城中央の男子制服はブレザーです!

 バカバカ山田のバカ!

 思慮不足も女子の愛嬌、恋愛イベントを誘引する強力な呼び水……にしたって程があります!

 こんな単純なことにすら気がつかなかったなんて!

 でも! てことはてことは! てことはてことはてことは!

「異常です!」

「異常よ」

「異常ぞな」

 納得。おのおのが痴女スーツで腕組みしながらウンウン。充実のとき

「でもどうして、こんなことに?」

 ありえ得ない状況ですよ常識的に考えれば!

「男子の補欠合格者でも追加したんですか? 学園側が」

「近い」

「近い?」

「桜里子にしてはイイ線行ってる」

 いやいや、それにしたってそんなの現実的じゃありませんよ、悠弐子さん!

 だってもう新学期始まってるんですよ、それぞれが納得してたり納得してなかったりしても、進路は確定したものとして新生活が始まっているのに!

「こいつらは正規の試験を通った正真正銘の霞城中央の生徒ぞな」

「…………意味が分かりません」

 さも当然のように悠弐子さんとB子ちゃんは語るのに、私一人蚊帳の外。

「生まれたのよ」

 何を訊けばいいのかすら分からず地蔵化してしまった私に、悠弐子さんは耳を疑う答えを。

「生まれた????」

 男子が産まれたんですか? 竹から男子が産まれて、人智を超えたスピードで高校生まで成長しちゃったんですか? 一日で?

 それこそかぐや姫じゃないですか! おとぎ話の世界ですよ!

 現実に起こりうる現象なんかじゃありませんよ! 常識的に考えて!

「――起こるのよ」

「えっ?」

 そんなバカな! あり得ませんそんなの!

「性偏差が危険水域に達すると……秘匿されたDNAのスイッチがイネーブルとなる!」

「は?」

「自然界に於いて何らかの原因で片方の性が死滅した場合――一部個体の性転換が用意される!」

「セクシャルトランスレート! リローデッド!」

「へ?」

 ちょちょちょっと待って下さい! なに言ってんだこの美少女ども?

「これを読めば桜里子にも理解できるわ!」

 悠弐子さんが差し出してきた一般向け科学専門誌…………じゃないですね?

 装丁の雰囲気は似通ってます、壮大な宇宙絶景が印象的な。本屋で同じ棚に陳列されてたのなら、かなりの確率で迷います、一瞬ですが。

 だってその雑誌は超有名なタイトルです。東スポやゲンダイと並び称される、情報に信憑性がないことを承知しながら楽しむエンターテイメント。オカルトの代名詞として燦然と輝く雑誌!

 学習研究を旨とする名前の出版社が発行してるのに、どこにアカデミズムを見い出せばいいのか悩まされる本。特にネット普及以前ならば、全ての子供が洗礼を受けたと言っても過言ではない、大人への通過儀礼ですよ?

 つまり!

 まともに真に受ける人などいないファンタジー情報誌を!

「今月の特集! 【ボクは女性だった! 脅威の雌雄同体人間が存在した!】」

「まさか読んでないの桜里子?」

 ――いた!

「遅れてるぅ~」

 真に受けてる人が! 二人も!

「帰り着くまで熟読しときなさい」

 熟読……ポテイトを頬張りながらケラケラ流し読みする本じゃないんですか? これって?

 精査に値する内容だとは、とてもとても……

「ん? ……帰る?」

 オカルト誌の紙面から顔を上げると……悠弐子さんとB子ちゃん、物流関係者みたいな手際でウイドーメイカー号へ荷物を積み込んでる。完全に帰り支度モードじゃないですか!

「ちょちょちょっと待って下さい! 本当に帰るつもりですか?」

 帰って何するつもりですか?

 世にも奇妙な珍現象を観察して愛読誌へ寄稿でもするつもりなんですか?

「…………」

 ところが二人、「なに言ってんだコイツ」の貌を返してくれやがり。

「桜里子……」

 そ、そんな目で見られる筋合いはありませんよ!

 正論を言っているのは私です!

 適当な根拠で杜撰な進路変更とか納得できませんよ、常識的に考えて!

「目を……」

 覚まして下さい! ……って言いかけたのに、機先を制された。

「山田桜里子!」

「え?」

「あんた聞いたことあるの? 男が生まれたって話」

 あるわけがないじゃないですか、そんな与太話オブ与太話みたいな事件は。

「――そういうことよ」

 どういうことですかね?

「じゃあ桜里子、イネーブルの意味は?」

 勿論知ってますよ。伊達に霞城中央の受験を通ってませんよ、私だって。

 enableとはen+able、可能性を付与するっていう単語……

「あ……」

 可能性を……付与する……

「つまり主体的に引き金を引いた【誰か】が存在しないと、弾は放たれないと?」

「ザッツライ。桜里子賢い子やればできる子」

 つまり悠弐子さんが言いたいのは、

「DNAに隠された性偏差矯正スイッチ、それは勝手に【入った】のではなくて誰か――それを【入れた】者がいるってことですか?」

 脅威の雌雄同体人間は【誰か】が恣意的に促した災厄だと?

「その通りよ桜里子!」

「雌雄同体人間の覚醒!」

「それは!」

「日本の少子化を企てる輩が仕組んだ国力減退策よ!」

 事前に打ち合わせたタイミングでも、そこまで上手くシンクロできないでしょ? ってくらいピタリとハマった掛け合いで言い放つ、悠弐子さんとB子ちゃん。

 軽く頬を赤らめ、やりきったオーラをまといながら。

「――ハァ?」

 しかしながら!

 開いた口が塞がりません。

 だってそんなのいませんよ。

 少子化は日本に限らず世界中の先進国で起こっている事象じゃないですか!

 そして少子化の原因を説明できるシンプルな理論も今のところ存在しません。色々な理由が複合的に影響しあって生じている問題ですよ?

「なら誰なんですか、そのボタンプッシャーさんは?」

 卓袱台を引っくり返したい欲求を必死に抑えながら尋ねてみれば、

 ズビシッッッ!

 ――重要参考図書第二弾!  …………とでも言わんばかりに懐から取り出す悠弐子さん。

 すっかり色も褪せてしまってる、相当古いカストリ雑誌ですね?

 どっから探してきたんですか、こんなもん? その道のマニアなら垂涎の代物じゃないですか?

 退色具合と紙質、記されている写植の具合からして、確実に昭和以前の本ですね。現在のオカルト誌よりも更に信憑性に欠ける情報がテンコ盛りの「逸品」。未熟な科学と魑魅魍魎の世界が混在してた時代のロゼッタストーンですよ。情報確度的には、ほぼイミテーションとしても。

「ここよ!」

 付箋されていたページを見開いて、悠弐子さんは提示する。

「亡国結社? ……【アヌスミラビリス】?」

 挿絵には妖しげな三角覆面の男たちが。不気味な髑髏杖と生贄を掲げた、いかにもな「秘密結社」の最大公約数的なイラストですね? ある意味、パブリックイメージの限界とでも言えそうな。所詮こんなもんです人の想像力なんて、という敗北感の漂う絵に見えなくもない。

 なのに絵師の技量が高いので何とも言えない味が醸されてる。こんなもん存在するわけない、と頭で分かってても、恐怖の深淵へ訴えかけてくる迫力がある。日本土着の【怖れ】を煽ってくるドメスティックな刺激性溢れるアートワークです。

(ほぉ……)

 この時代の挿絵にしか出せない独特のイラストレーションですよね。絵師さんのバックボーンが為せる業でしょうか?

「亡国結社【アヌスミラビリス】の陰謀は昭和四十年代には予言されてたの!」

 ところが彼女ら、古書の芸術性に唸る私をスルーして、

「そして栄光の昭和元禄が終焉を迎える頃……」

「バブルに浮かれる日本社会の裏側で計画は実行に移された!」

 美少女どもは熱弁を振るうのです。一点の曇もない目で。怖いくらい澄んだ瞳で。

「……計画?」

「日本を暗黒の底なし沼へ引きずり込む!」

「その名もロマンティック・ラブ・イデオロギー計画!」

 ああ、キマってる。「この後、すぐ!」のアイキャッチにそのまま使えそうなほどキマってます。キマりすぎて逆に胡散臭いくらいキマってます、悠弐子さんとB子ちゃん。

 でも!

「何よ桜里子その目は?」

 さーすーがーにソレはどうかと思いますよ悠弐子さん……

 信じる人いるんですか? 世紀末オカルト全盛期の子供だって首を傾げますよ?

 どう考えても、眉唾っぽいです!

「山田桜里子」

「はい?」

「――いつかのメリークリスマス」

「色褪せた何時かの」

 天にまします我らが神よ。

 悠弐子さんが目を瞑り天を仰げば……無骨なワンボックスカーが天主堂へと変貌する。

 まるで彼女は聖少女。迷える子羊を導く、浄化の使徒に見えちゃいます。

「無邪気な子供が親にプレゼントをねだる」

「そんな微笑ましい日だったね」

 即興劇のはずなのに立て板に水のリアクション。何者ですかあなたB子ちゃん?

 目を離すとすぐに喧嘩を始める間柄のくせに、こういう時だけは完全連携。リハーサル済の台本を穿ってしまいたくなるほど息の合った二人。打てば響くベストパートナー。

 もーほんと、仲がいいのか悪いのか……

「それが! いつの間にか!」

「――にか!」

「男女が性なる夜を過ごさなきゃいけない日になったのよ?」

「セックスと嘘とクリスマスケーキ!」

 悠弐子さんとB子ちゃんが斬りつけた噴水は、クリスマスというよりは披露宴のケーキカット。初めての共同作業で撫で斬りですか?

「あるいはバレンタインデー!」

「プラナリアの如く増殖してホワイトデーなるものが生まれたぁ~じゃあ~ないの! ないの!」

「おかしいと思わない?」

「思わないか女の子!」

 公園の遊具でパフォーミングアクトしながら二人は訴える。グローブ・ジャングルやブランコを、保護者の皆様が激怒しそう使い方をしながらスペシャルアジテーション。

「つまりは! 邪悪な作為で汚染されたの、日本社会が!」

 何故に私はこんな傍迷惑に巻き込まれねばならないのか?

 冷静に考えて、付き合わなきゃいけない謂れなど何もありません。

 私たち会ったばかりの同級生、まだ友達ですらないんですから。

 部活にだってバンドにだって「入る」なんて一度も言ってませんからね。

「……!!」

 なのに目を逸らせない。彼女と彼女に目を奪われて離れない。

「過度に恋愛を崇め高尚化、凡人には手の届かないものへと祀り上げた!」

「ゼクシィだの、謎の指輪月給nヶ月システムだの、そんなものは悪意の文化汚染よ!」

 いよいよ勢いを増す朝日に照らされた彼女、おかしい。

 だって普通、強烈な光に背後から照らされたら輪郭がボヤけてしまいます。

 ほつれた髪が光を拡散させ、朧気にする。どんなに丁寧に梳いたところで人の髪が完全にまとまることなどない。

 ――はずなのに!

 彼女の髪は一糸も乱れず垂れている。遊具の天辺で仁王立ちする悠弐子さん、一本一本末端まで行き届いた生命力の輝き――ビビッドブラックオペレーション。

「愛とは、そんなにも均質化された概念ではなかったはずぞな!」

「愛さえあれば何でもOK! 恋愛にこそ史上の価値があるという歪な刷り込み……」

「それ! それこそが!」

「「アヌスミラビリスの仕業なのよ!」」

 ライブハウスで感じた違和感は、その正体はコレです。暗がりに浮かぶ彼女が人非ざる氷柱花マーベリックフローズンと感じられたのは。

「そいつらのせいで、日本は少子化という病に臥せることになったの!」

「打倒アヌスミラビリス!」

「日本を取り戻す!」

「亡国結社【アヌスミラビリス】…………絶対に許さない!」

 ズビシ!

 呼吸を止めて一秒貴女真剣な瞳をしたので、そこから何も訊けなくなるの煽動ファシネーション。

 陶酔の美が認識を捻じ曲げ、陰謀の夢想を顕現さす。

 美と真実の境界が、消失する。彼女の声が容姿が私をカオスへと引き摺り込む。

(ダメ!)

 このままじゃいいなりプリンセス、美の奴隷です!

 ――戻せ意識! 明快な穴を探して、美の論理誘導を断ち切るの!

「もしもよしんば! それが悪の秘密結社の仕業だとしてもですね悠弐子さん!」

「そもさん?」

「せっぱ?」

 中途半端な返しじゃ飲まれちゃいます! 強固なストリームを覆すには明快な反論力が必要です!

「そもさん?」

「せっぱ?」

 彼女たちの強引エスコートを振りほどく、クリティカルな論旨!

「えーとえと……えとえとえとえと……あぁそうですコレ!」

 私が自ら視認できた唯一の痕跡。吉原炎上からの逃避行中に目撃したアレです!

 変装用として手渡されたサングラス、悠弐子さんが『ゆにばぁさりぃアイ』と呼ぶ意味不明のオーパーツには悪の影が映っていた。

「これ使えば【 悪 】を判別できますよね!」

 街頭ビジョンの地上波サイマルニュースには不気味な骸骨が映っていた。

 あれは怪人だ、悪の怪人です。根拠はないけど、私の中の本能が告げている。あんな不気味クリーチャーが「正しい」わけがない。邪悪の塊と呼ぶに相応しい禍々しさを全身で表していますよ。

 誰が見たって邪悪です!

「いざ!」

 安っぽいセルフレームのサングラスを掛けて監視カメラ映像をチェックしてみれば、

(普通です!)

 掛けても外しても何ら変わらない女子高生と学ラン男子。骸骨など一人も見えません!

「馬鹿……桜里子は馬鹿」

「残念少女人形ぞな」

「【奴ら】が簡単に尻尾を出すわけないでしょ?」

 あーいえばこーいうの理論武装、このくらいでないと務まらないの? 本物の陰謀論者は?

「こいつ。桜里子見覚えない?」

 悠弐子さんは監視カメラに映る学ランの【彼】、女の子みたいな背の高さの男子を指差した。

「……んん?」

 そういえば誰かに似てるかも? ……誰でしょう?

 ごく最近認知したような気がするけど、山田は新入生。覚えるべき顔が多すぎて……誰が誰やら。

「桜里子これこれ」

 B子ちゃん、両手の人差し指を左右こめかみの辺りで天へ突き立てる。

 鬼? のメタファー?

「…………あぁ!」

 似てます似てます、新歓オリエンテーションで暫定生徒会と学校側へ喧嘩腰で食って掛かってった憤怒の子に! チョー上から目線の激おこぷんぷん丸ちゃん! ヒステリック眼鏡の子!

「あの子が男性化させられたんですか?」

「一年五組 出席番号二十九番 鳥居ミサ、新歓オリエンテーション直後に反旗を翻し、屋上を不法占拠して第二生徒会の看板を掲げた反体制分子よ」

「通称――――屋上生徒会!」

「お、屋上生徒会!」

「尖兵よ、亡国結社【アヌスミラビリス】の意を受けた実行部隊」

「……同じ日本人なのに……」

 『ゆにばぁさりぃアイ』でも骸骨として認識しない以上、普通の人ですよね?

「組織弱体化の最も効率的な方法の一つ、古今東西極めてポピュラーな」

「分断工作ぞな」

 監視カメラ映像に唇を噛む悠弐子さんとB子ちゃん。滲む朱は本気の印。

「待って下さい悠弐子さん!」

 仮に日本が狙われてるとしましょう! ソースが信用ならないものだとしても、まずそこだけは認めるものとして! 【アヌスミラビリス】なる秘密結社が私たちの学園を狙ってたとしてもですね! 屋上生徒会なる組織が悪の手先だったとしても!

 そこで!

 私たちが為すべきは一一○番じゃ?

 今日も昨日も明後日も、日本の治安を守ってくれるのは警察と自衛隊です。頼りがいのある守護者が存在するのに普通の女子高生の出る幕なんてどこにもありませんよ?

「ところがぎっちょん!」

「ある! 幕はある!」

「アリー・アル・サーシェス! アルシンド・サルトーリ!」

「トモダチナラアタリマエ!」

「な、何故!?」

 そんなに自信満々に断言できるんですか?

「何故ならば――あたしたちこそ!」

「少子化克服エンジェル!」

「「We're ――ゆにばぁさりぃ!」」

 朝の静寂を切り裂く少女のユニゾン。人も疎らな公園でポーズ決めるブラック&ゴールドの自称ガールズソルジャー。

 それはマニアなら「早朝撮影お疲れ様です」と遠巻きに見学し始めるくらいの見事さで。なにせ凡百の若手女優など公開処刑してしまえる美少女がポーズ採ってるんです。

「……………………特撮研究部だったんですか?」

 贅理部って。

 普通の女子校生が【せんたい】やってみた?

「違ぁーう!」

「我々は!」

「日本衰退の元凶たる少子化に挑む、正義の私的制裁機関よ!」

 この人たちですね? お母さん?

 あなたが真顔で「関わってはいけない」と諭してくれた人種は。新入学の浮かれ気分で騙されてはいけない人達って。健常者が近づいたら確実に精神を蝕まれるタイプの人たちだ、って生存本能がジリジリジリジリ非常ベル鳴らしまくっています!

「ご! ごめんなさぁぁぁーい!」

 逃げるしかない!

 たとえ無一文でも、今すぐ逃げ帰らないと大変なことになっちゃう!

「待ちなさい! バイオニックサリィ!」

「その格好で人前に出る気?」

 はっ! そうだった!

 人気の少ない早朝公園だから許される格好です、これは!

 こんな全裸よりも恥ずかしいパイスー姿で街中を歩くとか、一種の変態行為です!

 「私は変態です」とプラカード下げながら市中引き回しされてるのと一緒です!

 いまどきの動画アップロード、ゴディバ婦人の数十倍数百倍では効かないピーピングトムの好奇に晒されて社会的に抹殺されちゃいます!

「これ」

「ん? 欲しい~?」

 これみよがしにアタッチメント式のトップスとボトムスを掲げる美少女二人。

 欲しいに決まってるじゃないですか!

 少なくとも裸同然レベルで体のラインが出まくるボディスーツよりは百倍マシです!


「はっ!」

 これは……シャイガールの大切な部分を隠してくれるだけのパーツかと思いきや。

 まずパニエを着け、その上から……ジオング風の甲冑ドレスとでも言えば? RPGの女騎士が纏ってそうな下半身装備です。ステージ衣装よりも更に大仰なドレスアップが為されてますよ?

 まぁ私は隠せれば隠せるほどありがたいんで、願ったり叶ったりですが。

「…………」

 で、改めて三人の格好を眺めてみれば、

(なんですこの統一感……)

 各人各様のモチーフカラーを主張しながらも統率の取れたデザイン。これはどう見てもユニットじゃないですか。徒党を組んでいる集団だと一目で分かる、視認性が抜群の。

 でも何のユニット?

 少なくともバンドじゃないですよね?

 楽器を弾くより先に見得を切る人たちがバンドマンとは思えない。

(……てことは?)

 やっぱり彼女たちの説明通り、正義の私的制裁機関なんですか?

 SEX PISTOLSとかSEX MACHINEGUNSとか名乗りそうな?

 どうみても隠密行動にはそぐわない衣装からすれば、さもありなんですけど。

「今から一緒に」

「これから一緒に」

「殴りに行こうか」「殴りに行くぞな」

「……は?」

 誰をですか?

 ニコニコ笑顔で肩を叩かれちゃいましたけど……

(まさかあの……)

 人の姿とは隔絶した、あの気持ち悪い骸骨を殴りに行くんですか? 私たちが? 私も????

 にぱー。

 満面の笑みで「ソウダヨ」と肯定してくる美少女AとB。

 あの『ゆにばぁさりぃグラス』に映った骸骨アナウンサーを?

「無理無理! 無理です! 山田は普通の女子高生ですから!」

 そういうのは素質のある子をスカウトして下さい!

 柔道やレスリングのメダリストとか! 目からビーム出しちゃいそうな女性を!

「大丈夫! 未経験者でもスタッフが懇切丁寧に指導致します!」

「アットホームで和気藹々、笑顔の絶えない職場です!」

(ブラーック!)

 間違いなく仮面ライダーBLACK企業です! そのキャッチコピー!

 そんな精神こころも身体も破壊されかねない組織に関わるくらいなら私は悪でもいいです! 怪人組織フロシャイムでお世話になります!

「いいの桜里子?」

「本当にそれでいいの?」

「え?」

「悪の組織と関わったら最後!」

「人智を超える能力の代償として昆虫や深海魚みたいなのと悪魔合成されちゃうのよ!」

「貴様がテラフォーマーになるんダヨ!」

「テラテラ脂ぎった皮膚にブンブン不快なブラックウイングが!」

「い、いやあああああああああああ!」

「その点、正義なら!」

 ビシィィィッ!

 些かコスプレ的ではあるものの……人の尊厳だけはキッチリと担保されている。

「…………こっちでいいです」

「同意頂きました!」

「少子化克服エンジェル ゆにばぁさりぃ! ここに爆誕!!!!」

 長閑な高台の公園で見得を切る美少女二人+凡人女子高生。

 見ようによっては百万都市 杜都市民へお披露目してる構図、に採れなくも……………………

 いや無理が! 大いに無理があります!


「さ! 一目散にホイサッサ!」

「スタコラサッサ、ぉぅぃぇー!」

「少子化克服エンジェルの本懐を遂げるわよ!」

「やるならやらねば!」

 大いに士気を高めた二人、勇躍ウイドーメーカー号へと飛び乗る。

「ちょちょ! ちょっと待って下さい!」

「ん?」

「本気で帰る気ですか?」

「学園の危機よ! 一刻も早く帰らないと!」

「セレクションはどうするんですか?」

 中止するにしても参加者に伝えなきゃ……男子は未だ山を右往左往してるんですよ?

 それスッポカシて帰るとか……

「さすがに無責任すぎま……」

 と入部試験を放り出す気マンマンの自称正義の戦士へ諌言奉ろうとしたのに、

 ぴるるるるるるる!

 素っ気ないデフォルトの呼び出し音。あぁ、私の携帯ですね?

「望都子ちゃん?」

 取り敢えず出てみましょうか。

『桜里子!』

 耳を劈く彼女の叫びがビリビリ鼓膜に伝わって。

『助けて桜里子大変よ!』

 誰が聞いても分かる慌てぶりで、望都子ちゃんは緊急事態を訴えてきた。

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