Beat It!! - 6

 展望台の突端に立って彼女は、

「これがあなたの護った街よ、桜里子」

「守って萩月天」

 とかカスタードクリーム饅頭をパクつきながら仰るわけですこの美少女ども。いい気なもんだ。

「……守ってません」

 未だに騒ぎの余韻が残ってるじゃないですか。ダウンタウンのサブカル地区で。

「かの仁徳天皇は難波高津宮から民草の竈を案じ、市井の平安を願った……」

 いや、そんなありがたい聖王の故事を持ち出されても。

 取り敢えず建物へ延焼するような大事にはならず、パーリーピーポーさんの自己顕示アイテムが何個が犠牲になっただけで済んだっぽいですが。

 てか済んでなかったらヤバいです、私たち高校入学早々お尋ね者ですよ。街中に賞金首のポスターを張り出されてます。デッドオアアライブ的な。

「大丈夫」

 源子さんは胸を張る。

「だってあたしたち――――女子高生だもん」

 間違ってます。極東の島国に生まれ精々十数年。たまたま女子だったからって何が許されるのか?

「謝れば大抵のことは許される」

 でも…………どうして?

『 それは違います 』って返せないのは何故?

 正しい気がしちゃうんです。現実離れした美形の紡ぐ言葉は感覚を捻じ曲げる。

 私、産まれて初めて実感させられました。美の魔力というものを。

 人は本能で認知する。『 真理には美が宿る 』と。

 ところが、逆もまた真なりではないんです。そんなの嘘っぱちですから。冷静に考えれば分かる。嘘や邪にも美が宿る可能性は否定できない。

 だけど美には――真贋を越えていく魔力がある。

 嘘を嘘と知りながら嘘に身を任せる――甘美な罠。

 私は兎。罠を疑いながらも餌の誘惑に負けてしまう間抜けな兎です。

「ほい」

 コケティッシュに笑う悠弐子さんが小さな容器を差し出して、

(これでも飲んでクールダウンしなさいってことですか?)

 アルミの蓋を剥がしてゴクリ……

(あ、甘い)

 ほのかな甘さが、こんがらがりまくった心を優しく解きほぐしてくれる。

 甘味は女の子精神安定剤。

「ふー」

 二、三回呷れば飲み干せてしまう量でも、今の私にはエリクサーに等しい。

「うーん……」

 強張っていた身体を思い切り伸ばせば、眼下に広がる夜景が心を慰めてくれる。

 狭くなっていた視野を広げ、心身ともにリラックスモード。

「ぷひぃぃぃぃ……」

 攘夷派の刺客から遁走を果たした桂小五郎の気分ですよ、まったく。

 山越えアドベンチャーレースに挑まされるのかと思ったら、峠のタイムアタックで死にかけ、果ては炎上するライブハウスから逃走劇。夜のチキチキ駅前通り横断大会とか二度と御免ですよ!

 どこで間違えたの? こんな危なっかしい人生選択した覚えないんですけど?

「綺麗……」

 杜都市は山脈から張り出した台地と河岸段丘のお陰で夜景スポットに事欠かない。

 緊急車両のランプからは目を背け、とっぷりと夜の帳が下りてしまった街を眺めます。

 まるで無造作に散りばめられた宝石箱みたい。ネオンの狭間を縫うように、ブレーキランプの彗星が流れゆく小宇宙。

 素敵な彼氏と寄り添いながら眺めたら、きっと満たされた気分になれますよね。

 「寒くない?」とかギュッと肩を抱かれながら。なんて素敵にラブロマンティーク……

「む?」

 …………抱かれてますね?

 周囲の気配を伺ってみれば、抱かれている女の子が。

(これは!?)

 ラブコメの波動より、もっと生々しいバイブス!

 闇に紛れて気がつきませんでしたけど、いますいます一杯います。

 彼氏with彼女。男の子とペアリングされた女の子がワンサカワンサ、ワンサカワンサ!

(もしやここは……そういう場所?)

 不健全な乳繰り合いを是とする桃色特例区ですか?

 夜景を肴に愛というか肉欲を貪り合う恋愛ハッテンスポットですか?

(うっわー、うっわー、うっわぁぁぁぁぁ!)

 薄暗がりでカモフラージュされてますけど、怪しい空気はムンムン伝わってきます!

 押し殺した吐息と抑えきれない鼻息。掠れ合う衣服のコソコソ。

 淫靡な!

「おそるべし、夜景の見える丘公園……」

 夜景、それはどんな女の子もオープンハートさせてしまう、ロマンティックのキラーコンテンツ。

 その魔力たるや!

「電気じゃん」

 ブーッ!!!!

 飲みかけの炭酸飲料を吹き出しちゃいました! 思わず!

「発電所のコイルが生み出した電気をピッカピカ光らせてるだけの絵面ぞな」

「そんな身も蓋もない言い方……」

 折角のムードが台無しですよ悠弐子さーん! B子ちゃーん!

 ただでさえよく通る声なのに、そんな遠慮も何もあったもんじゃない音量で!

 ほぉら見て下さい、暗がりのありとあらゆる方向から恨みがましい目を向けられて……

 向けられて…………

「……ん?」

 な、なんだこの雰囲気……

 空気も読まずに放言をぶっ放す系女子に対する批難詰問の視線…………だけじゃない?

「あれ?」

 二系統の異なる視線が対になってこちらへ向けられている。

 一つは間違いなくネガティヴな感情の篭った冷たい視線。邪魔すんなブッ殺すぞ的な目。

 他方は温度が反転してませんか?

 誰ぞ彼、と目を凝らす好意の波長…………闇という名の御簾を取り払えと言わんばかりの。

(……夜這いの目?)

 闇の魔力は想像力を倍加さす、女の子の味方です。平安の昔から男子の判断力を狂わす恋の上げ底シチュエーションです。闇は凡人と美女を均してくれる。

 なーのーにー!

 なにこの圧倒的美少女感は?

 街灯からブラックアウトした箇所でさえ『 美少女に違いない 』と確信を抱かす『フォルム』。美少女造形の黄金比率が破綻の可能性を足蹴にする。苦心惨憺、凝らしたメイクを鼻で嘲笑う、影絵のシェイプ。

 煤けた顔を洗っただけのすっぴんスマイルなのに、彼女と彼女は目を奪う。

 彩波悠弐子とバースデイ・ブラックチャイルドは、夜も奪う。

(――――美少女誘蛾灯!)

 男の子たち、腕に抱いた彼女そっちのけでこっち凝視してますよ?

 これあれです、オリエンテーションの時と同じ現象です!

 望都子モコちゃんというできたてホヤホヤの彼女が傍にいながら、かぐや姫に心を奪われてしまった彼氏と。

(どどどどどどどどうしましょう?)

 ビートイットした方がいいのでは? 女性陣の心に蟠る導火線が尽きないうちに……

(新たなるriotの気配がプンプンします!)

 膝を震わせながら一触即発の気配に慄いてると……

「ほぇ?」

 急に肩を捕まれ、力任せに引き寄せられちゃいました!

「へ?」

 目の前に火照るデコルテ。華奢で形のいい鎖骨が頬に当たって。

(え? え? え?)

 なななんだこの感触?

(私……抱かれてる? 抱きしめられてる?)

 ハグというよりは愛撫に近い、愛玩の抱き方?

「ひっ!」

 戸惑うばかりの私を更に動揺させる、追撃の感触!

 デコに感じる柔らかさは皮膚の中でも最高に柔らかい、粘膜の弾性。

 おーっ…………

 声にならない溜息の連鎖。

 沈黙の掟が罷り通る夜景公園で、最大限の「歓声」が漣のように伝わった。

 そして衆目の主、ミスナイトバタフライが私の頭を撫で回せば、

「……!」「……!」「……!」「……!」「……!」「……!」「……!」「……!」「……!」

 男の子も女の子も目を逸らす。不躾な凝視は御法度と、心理的ブレーキが働いて。

 あ?

 なんだつまりその…………お邪魔して申し訳ございませんって意味?

 昨夜はお楽しみでしたね的な察し?

 ……誰が? 誰と誰?

 もしかして悠弐子さんと私?

「ひ!」

 がじ。

 無骨なハウジングが邪魔する首元を避けて、耳を噛んでくる牝ライオン。

 痛気持ちいいくらいのヤワヤワさ加減で。抱かれて動けない私の耳を!

「騒ぐな無粋」

 でも、でもでもでもでもでもでもでも! そんなこと言ってもB子ちゃん!

 こんなの誤解されちゃいます! 誤解されちゃう!


 知らない天井…………じゃない。

 箱。

 魍魎の匣へ押し込められた少女の気分で目が覚めた。

 いや待て? どうして私は魍魎の匣だと思う?

 気配がするから? 自由意志を奪われて雁字搦めに絡め取られた気配?

(はっ!)

 覚醒に伴って戻る感覚――これが匣の正体。

 両側から私の身体に巻きつき絡まる、都合八本の脚と腕が。

 首を振って左右確認すれば、流麗な黒髪とクリンクリンの金髪……

「ううん……」

 ウイドーメーカー号の荷室に車中泊したんでした私たち。備えつけのPCや冷蔵庫の谷間で。まだま

だ肌寒い春の夜、お互いの温もりを感じながら眠りに落ちたんでした。

 何故かあのあと、急に睡魔に襲われて……寝床を探す暇も惜しんで横になってしまました。

 いやま仕方ないですけど。あんなことやこんなことで気が張ってたんだと思います。溜まった疲れがドッと出ちゃったんです多分。

「魍魎の匣じゃなくて、絡新婦の理ですね……」

 蜘蛛のごとく絡みついた手足を解きながら、改めて雑魚寝ぶりを眺めてみれば……

 カーテンの隙間から漏れてくる朝日、舞い踊る塵を天使と見紛う。

 無防備な寝顔は限りなく無垢で神々しくもあり。

 まさかこんな子が、客席へ紅蓮の炎をお見舞いするような子には思えません。

 あれは夢だったんじゃないでしょうか?

 狭苦しい車中泊が見せた、ありえない現実の悪夢。

(だったら、どんなに幸せか)

 実際は本当にリアルな出来事です。

 その証拠に……この首筋の痕。

「がう」

 突き立てられています…………また牙が。背中から牙が。甘噛みの牙が、カプリと。

 二度、三度と噛み噛みされれば、漂ってくる彼女の匂いと、垂れてくる金髪。

 こんなワイルドな挨拶はされたことないです。産まれてから一度も。


 公園の水道で洗顔&歯磨き。

 昨夜の大立ち回りで失った女子力を取り戻さねば。急ぎ取り急ぎ。

 いや……これは女子力というよりサバイバルステータスのような気も……

「うーん!」

 腰に手を当てながら悠弐子さんの乳酸菌飲料をグイッと呷れば、

「浄化ぁぁ!」

 みるみるうちにSAN値が正常へと復帰していきます。

 欲望渦巻く性のカーニバルナイトが催された公園も、嘘のように健全極まる空間へ変貌を遂げ……ラジオ体操のお爺ちゃんお婆ちゃん、犬と散歩する子供にジョガースタイルの市民ランナー……

 健康、超健康。

 汗の性質が違いますね、全然。

 ドロッとした体液 vs 溌剌とした代謝の汗……違う。本当に違う。

「気持ちいい……」

 いくらウイドーメイカー号が大きな車でも、キャンピングカー並の快適さなんて望めません。荷台に三人雑魚寝では肩も懲ります。

「う~ん……」

 思い切り伸びをして身体を解せば、まだ目覚めきってない街が眼下に広がる。

「ぷはぁー」

 慌ただしい一日だったな……昨日は。これまで生きてきた十五年間の中でも最高級に過酷な。

 あれほど身の危険を感じたり、自分の意志とは無関係に連れ回されたりする日はなかった。めくるめくほどにエキセントリックな日でしたよ。

「でも! あとは帰るだけですし」

 過酷な山中行軍を切り抜けた屈強な男子をゴールでピックアップして……帰る?

(待って待って?)

 帰るのはいいけど……帰ったら私、どうなる?


『霞城中央高校 贅理部始動! 少子化解消活動を始めまぁす!』

『県犬養橘三千代!』

『ニンカツ! ニンカツ! ニンカツ! ニンカツ!』


 てなことにならない?

 別に了承した覚えもないのに、頭数に入ってたりしない?

 美少女の気の赴くまま流されるままで成り行き任せの激流に翻弄されちゃわない?

 てかヤバいですよ、もし来た道をそのまま戻るのなら!

 あったじゃないですか! 少子化解消活動にもってこいのスポットが!

 十二月二十四日ですら満室にならなそうな、選り取りみどりの性の隔離地帯が!

 何世代同居の農家だって、何の気兼ねもなく子作りに励める御休憩処が!

 いやいやいや、まさかまさかまさか!

 そんなはずはないですよね? いくらなんでも?

 うむ…………

 うむ……………………

 うむ……………………………………………………………………………………


「 や り か ね な い ! 」

 部長さん、彩波悠弐子さんはヤルと決めたらヤル人です。

 でなかったらこんなクレイジーな入部テストを催したりしない!

 いきなりの初ライブにド素人を出演させたりしない!

 気に食わない観客へ火を吹いたりしない!

「――逃げねば!」

 飛んでる途中で爆散するのが分かりきってる飛行機に乗る人がいますか?

 燃料に引火する仕掛けのロケットに! カチカチ山の泥船に!

 いませんよ、そんな自殺志願者はいませんよ! 狸だって逃げ出しますよ!

「……こうなれば!」

 享楽淫靡のウェルカムパーティに巻き込まれるくらいなら――――最終手段!

 源子さんかB子ちゃん、どちらかの制服を奪おう!

 それ着て逃げるの!

 逃亡に際して最も問題になるのは、この痴女スーツですからね!

 こんな姿で真っ昼間の街中を彷徨いてたら、正気を疑われますよ!

 それはそれでバッドエンドまっしぐらですから。警察のご厄介になるにしても、身嗜みだけは整えないといけない。

 人は、見た目が九割です!

 仮に往来で不意のトラブル、警官を仲裁に呼んだ時を想像してみて下さい。

 自分がスーツで相手がスウェットならば、彼は如何なる心証を抱いてどちら側の話をちゃんと聞いてくれるのか? どちら側へ加担してくれるのか?

 ドレスコードとは現代呪術の一種です!

 先入観で痛い子危ない子問題ある子扱いされちゃったら、その後ずっと不利益を被り続けますよ。あらぬ誤解を解くのにどんだけの労力を強いられるのか分かったもんじゃありません!

(よし!)

 決意と共に黒塗りのワンボックスへ戻る。

(流されちゃダメよ、桜里子!)

 押しの強い部長さんや、人の話を全く聞かない金髪の子に流されないで。

 とにかく制服を奪っちゃえば勝ち! 霞城中央のセーラー服!

 イヤよダメよこんなところじゃって言われても、脱がしちゃいます! 場合によっては!

 ムンズ!

 決意の拳でウイドーメーカー号のリアゲートに手を掛けようとしたら…………

 バカァァッ!

「ひっ!」

 内からロックが解放され、勝手に跳ね上がるゲート!

 まるで逃亡者の目論見を嘲笑うかのようなタイミングで!

(バレた!?!?)

 まさか思考を読まれて先に手を打たれた?

 小賢しい小童に逃亡など許さない、と仕置の焼き印を押されてしまうの? 決して外せぬ鉄球の足枷を嵌められちゃうの?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る