「くっころ」はエルフのお肉で造ったコロッケです

トファナ水

「くっころ」はエルフのお肉で造ったコロッケです

 「くっころ」とは、最近になって店頭に並ぶ様になったエルフ肉コロッケの通称である。エルフの女性兵は捕獲されると「くっ、殺せ!」と言う事からこの名がついたという。

 捕まった後で「殺せ」と言う位なら、かつての我が国の悪名高き軍規で定められていた様に、虜囚の辱めを受ける前に自決すればいいと思う。だが、エルフの倫理観ではそれが許されないのだそうだ。

 「くっころ」の代表的なチェーン店を経営するのは、やはり異世界から来た、オークという種族だ。猪の様な顔つきだが、その外見に似合わず当初から友好的で、地球人類と相互に人権の承認をした最初の知的存在である。

 オークとエルフは不倶戴天の敵だそうで、エルフと地球の交流が不調に終わり、ついには戦争に至ったのも、オークと地球の友好関係が一因である。

 ちなみに地球ではエルフに人権が存在しない。つまり〝動物〟という位置づけだ。

 十年程前、異世界との接合通路が淡路島に突如開き、現地に生息する様々な知的種族との間で接触がもたれる事になった。

 異世界なる未知の領域との接続自体も前代未聞だったのだが、特に問題となったのは、ホモ・サピエンス以外の知的存在に対する法的な扱いについてである。

 当然に世界中で議論になったが、現実問題として人間と同等の知性を有する相手を〝動物〟扱いする訳にも行かず、個々の種族が属する現地国家との交渉によって、相互に人権を持つ種族を認証する事で落ち着いた。

 多くの種族が地球人類との共生を望んだが、残念ながら幾つかの種族は、地球人類を対等の存在として認めようとしなかったので、法的には〝人間〟として認められないまま現在に至っている。

 その殆どは、トロルやゴブリンの様な、粗暴で未開生活を送り、知的能力も最高でIQ80に満たない種族であった。

 だが中には、高度な文明を持ちながら自種族優越を唱え、他種族を良くて蛮族、悪ければ害獣程度の存在と見なす種族もいた。その代表格がエルフである。

 エルフの属する帝政国家の他種族に対する態度はナチス・ドイツの民族浄化をも想起させる物で、多くの地球人の眉をひそめさせていた。

 そして彼等の国境周辺で地理調査にあたっていた国連の調査員を拉致、さらに解放の交渉に赴いた特使共々に処刑して〝消毒〟と喧伝するに至り、国連は全会一致で武力制裁を決議した。

 報復だけでなく、彼等に圧迫される地球に友好的な種族の保護を大義名分とし、多国籍軍による異世界出兵が始まったのである。

 接合通路を有する日本は当然にその後方基地となり、また自衛隊も多数、多国籍軍に加わる事と成った。

 当然、日本国内には積極参加に反対する意見も少なからずあったのだが、殺害された特使が日本人であった事、そしてエルフによる他種族の虐殺や奴隷化という現実がそれを押し切ったのだ。

 エルフは法的には人権がない為「これは戦争ではなく害獣駆除だ」という強弁がまかり通り、マスコミはそれを煽り立て、ネット世論は〝最終的解決〟を声高に叫んだ。

 友好的な種族達は揃って、涙ながらにエルフからの迫害の経験を地球側に訴える。

 そんな状況では、武力制裁の反対派の声は小さく萎んでしまう。

 だが〝エルフ殲滅は動物愛護の観点から慎重であるべき〟との苦し紛れの主張が意外にも世論の幾分かを動かした。5%程度の数字ではあったが確かに効果があった詭弁に、反対派はすがる事となる。

 〝エルフも動物です。絶滅させてはいけません〟という、エルフの人権を否定しているとも受け取れるスローガンは、皮肉にも反戦論者によって広められたのだ。

 戦況はおおむね地球側の優位に展開したが、地の利、そして地球側が保有しない〝魔法〟を持つエルフ側の抵抗も激しかった。

 そんな中、オークから「エルフは食材としてとても旨い」という話が地球側に伝わってきた。狩猟民族として牧畜の習慣を持たなかったオークにとって、エルフは貴重な蛋白源だったのである。

 地球側の当初の反応はといえば当然ながら、人権がないとはいえども知的種族を食用とする事に眉をひそめる人達が大半だった。

 だが、怖々ながらも試食した者からその旨さが伝わると、食肉加工されたエルフ兵の死骸がいわゆる「ジビエ」扱いで徐々に市場に出回り始めた。食べた人達は皆その美味を褒め称え、エルフ肉は大人気となる。

 「エルフは人権のない〝動物〟である」という公式見解を定着させる為、各国政府も又、エルフ肉の普及を後押しした。

 地球でエルフ肉の人気が出始めた事に目をつけたオーク達は、その調理法を熟知している強みを活かし、地球でエルフ料理による商売が出来ないかと模索し始めた。その内でもっとも成功しているのが、エルフ肉を具材としたコロッケ「くっころ」である。

 手軽な価格で供される「くっころ」はたちまち地球人の味覚を虜にし、それを提供するオークもまた、地球人の良き友として認識されるに至った。

 開戦から三年が経過した現在、エルフの支配領域は開戦前の三割にまで押し込められている。魔法への対処法を学び、さらには自軍に於いても積極活用するに至った地球人に、エルフ側は追い詰められていた。

 疲弊したエルフ側からは和平を模索する動きもあるが、地球側はそれを全く相手にしていない。一方で、積極的な攻勢も手控えている。

 エルフは今や、地球人になくてはならない〝食糧資源〟とみなされていた。〝乱獲〟を避け末永く活用すべきとの論調が、地球側のおおむねの民意である。


「オークのおじちゃん、〝くっころ〟一つ頂戴!」

「はいよ! 今日は特売日だから一つの値段で二つだよ」

「わあい、ありがとう!」


 硬貨を握りしめた子供が街で〝くっころ〟を買い求める姿は、きっと絶える事が無いだろう。

 〝安くて美味しい〟。これに勝る物はないのだから。

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