マ シャット 卅と一夜の短篇 第10回

白川津 中々

第1話

 坂口はエイを愛していた。

 事の馴れ初めは昨年の夏。海水浴に来ていた坂口は沖まで無許可で進出し背徳的な波乗りに興じていたのだが、その時に不思議な漂流物を見つけた。太陽に照らされた表情はヌルヌルと輝いており。時々ピクリと動くのである。


 坂口はなんとなしにその漂流物の場所まで泳いで行った。するとその漂流物は生物であることが分かった。エイであった。

 大きさは肩幅の三倍ほど。全長は頭から爪先までをゆうに越える。そして、腹からは血が流れていた。どこかで引っ掛けたのだろう。エイは苦しそうに身を震わせている。坂口は、そんなエイを放っておけなかった。


 エイを背負い岸まで来た坂口は、すぐに治療道具を用意してエイに処置を施した。怪我自体は軽症だったのでエイはすぐに元気になり海を泳ぎ廻り沖へと戻って行ったのであった。


 翌日。再び坂口が沖へ行くと、昨日助けたエイが現れ坂口にまとわりついた。そうしてそれ以来、一人と一匹は毎日のように逢引きを重ね、肌を重ねるようになっていったのである。


 しかし別れは訪れる。季節は変わり、暑さは消えて、秋の風が吹く頃合い。凍える冬までの準備期間がやってきたのだ。海のシーズンは終わりを告げる。坂口とエイは涙ながらに抱き合いながら、しばしの別れを惜しんだ。互いに唇を交わし、永遠の愛を誓いながら。


 そして今。新たなる夏。坂口は再び海にやってきた。バイアグラを適量以上に飲み込んで準備は万端。早速沖まで泳ぎエイを待ったが、彼女はやってこなかった。


 朝から暮れまで坂口は待った。波に漂い愛を歌った。月が浮かび、雲が流れ、宇宙の側面が空を覆う。

 そして新たなる朝日が上ったその時。坂口の近くで影が舞った。


「machatte!(子猫ちゃん!)」



 坂口はエイをそう呼んでいた。

 しかし今日は様子がおかしい。いつもであれば坂口が呼んだ瞬間にエイは坂口のところまでやってくるのだが、まるで近付いてくる気配がない。遠くの方で、坂口にまるで興味がなさそうに泳いでいる。よく見ると、エイの傍にもう一匹。別のエイが泳いでいる。それはまさに恋人ならぬ恋魚同士といった風で、まさに幸福の絶頂といった感じであった。破れ鍋に綴じ蓋。やはり同種族同士、納まるところに納まったといったいうわけであった。


 坂口は泣いた。エイの艶めかしい身体を女々しく眺め、泣きながら母なる海に射精した。バイアグラによって異常に膨張した陰茎から信じられない量の精子が流れ出した。

 するとどこからか魚たちが坂口の下半身に集まり、口をぱくつかせ精子を呑み込んでいった。

 坂口は、涙を水面に落としながら「ありがとう」と呟いた。

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