第296話 シロウの目的

 都市間輸送車両に並走するように走るキャンピングカーの中で、シロウがアキラの装備のケースの解錠作業を始める。

「先に言っておくけど、すぐには開かない。中身は最前線向けの装備だからな。そういう危険物の収納ケースにはしっかりロックが掛かってる」

 アキラがうなずく。1秒でも早くハルカを追ってほしいシロウが、えて時間を掛けてケースを開けるとは思っていない。

 シロウがケースに片手を置く。

「何もしてないように見えるかもしれないが、ちゃんとやってる。変に勘繰ってごちゃごちゃ言うのもやめてくれ」

 アキラはまたうなずいた。

 そのまま沈黙が流れる。シロウはケースに片手を乗せたまま、じっとケースを見ている。傍目はためにはそれだけしかしていないように見えるが、1秒でも早くケースを開けようとしていることは、その表情からも明らかだった。

「……今の内に軽く説明しておく。今から話すことは全部俺の推察だ。合ってる保証は無い。でも俺なりに調査した結果から推察したことだ。多分合ってる。……それでだ。彼女の名前はハルカだ。レベッカってのはただの偽名だろう。まあ、ハルカってのも偽名かもしれないけどさ。俺の目的は、ハルカの救出だ」

 シロウはそこで一度説明を止めた。アキラが続きを待っていると、シロウが難しい表情を浮かべる。

「……アキラ。説明はこれじゃ駄目か?」

 アキラは少し顔を険しくした。

「いや、それだけじゃ全然分からねえよ。レベッカ……、いやハルカか。ハルカを助けるって、向こうはそんな感じじゃなかったぞ? シロウはハルカに蹴飛ばされてなかったか?」

 シロウが顔を険しくする。

「ハルカが何であんな真似まねをしたのかは、俺にも正確には分からない。俺のことを信じられなかったかもしれない。俺は本気でハルカを助けるつもりだし、相手が五大企業でも交渉の余地はあると思ってる。それが駄目でもハルカを連れて逃げ回るぐらいは出来る。でも信じてもらえなかったんだろう」

「それじゃあ俺がアトラスに戻ったところでどうするんだよ。力尽くでさらってこいとでも言う気か?」

「いや、アキラの情報端末で俺が話してハルカを説得する。そのためにアキラにはハルカの近くに行ってほしいんだ」

「ああ、そういうことか」

「説明はこれで良いよな?」

 アキラは少し考えてから首を横に振った。

「いや、流石さすがにもうちょっと説明してくれ。そもそもハルカを助けるってどういうことなんだ? 五大企業を相手に逃げ回るって、彼女はどういう立場のやつなんだ。シロウはハルカをどういう状況から助けようとしてるんだ?」

「……真面目に言う。知らない方が良いと思うぞ? 知ったら、知らなかったとは言えなくなる」

「聞き返すけどさ、それ、俺は何も知らなかった、が通用する話なのか?」

「知っててやりました、よりはな。少なくとも俺にだまされたことには出来なくなる。そりゃアキラを雇ってる時点で巻き込んでるさ。でも何も知らなければ、アキラには全部坂下重工の工作員の仕業っていう逃げ道があるんだ。これ以上聞くと、その逃げ道が無くなるぞ? 良いのか?」

 そう言われるとアキラにも迷いが生まれる。だがすぐに結論を出した。真面目に答える。

「良いから聞かせろ」

 何も聞かずに、何も知らされずに、覚えた疑問から目をらしながら戦えるほど、シロウに借りは作っていない。それだけの借りがあるのはアルファだけだ。その判断で、アキラは聞くと決めた。

 それでシロウも観念する。

「……分かった。ただし二つ約束しろ。これから聞くことを月定つきさだに報告しないこと。そして、これから何を聞いても、俺に協力することだ」

月定つきさだには報告しない。そっちは約束する。でも協力の方は約束できない。何をやらせる気なのかは知らないけど、それが何であれ手伝えるのは義理と義務の分だけだ。約束したんだから死んでこいと言われても困るからな」

 シロウが悩む。これを話した後でもアキラは自分に協力してくれるのか。シロウは確証を持てなかった。

 その上でこうも考える。話さなければ協力は得られない。話しても、アキラならば、最悪でも、協力を得られないだけで済むだろう。恐らくだが、知った後で保身のために敵に回ることは、多分ない。

 アキラとは別に長い付き合いではないが、それでも短い付き合いの中で、シロウはアキラのことをそう捉えていた。それで決断する。

「分かった。それで良い。アキラ。聞いて後悔しても知らないからな。念は押しとくぞ」

 シロウの気迫に相当なことを話すのだろうと思い、アキラも思わず身構えてうなずいた。そしてシロウが核心を話し始める。

「恐らくハルカは再構築リビルド技研の人間だ。被験者か研究者かは分からなかったけど、多分被験者側だろう」

 シロウがハルカと初めて会ったのは旧領域内の仮想空間だった。坂下重工の施設の中で旧領域接続者としての技術を磨く厳しい訓練を繰り返す日々を過ごしていた頃に、偶然つないだ仮想空間の中にハルカはいた。

 初めの内は身元を隠して名前すら教えずに交流していた。お互いに怪しいことこの上ない状態での交流だったが、施設以外の者との会話は、厳しい訓練に辟易へきえきしていたシロウにとって非常に楽しい時間だった。

 ハルカは常識に疎いところがあったが、厳重な警備が敷かれている隔離された施設の中で育ったシロウにも、その頃には東部の常識に疎いところがあった。お互いに旧領域接続者だ。相手も同じ境遇なのだろうと思い、深く気にすることは無かった。忙しい日々の中、時間を作って仮想空間で会い、旧領域接続者としての技術を自慢したり、教え合ったり、褒め合ったりして交流を深めていく。

 仲を深めれば相手のことを知りたくなる。しかし自分から身元を明かせる立場でもない。そこでシロウ達は旧領域接続者の技術でお互いに相手のことを調べ合うことにした。それは相手の正体が分かった上でも付き合いを続けたいと思うかどうかという意味も含まれていた。

 ハルカのことを知りたいという気持ちは、シロウのやる気を大きく刺激した。日々の訓練にも身が入り、坂下重工の役員達にも驚かれるほどの卓越した技術を身に付けていく。坂下重工から特別扱いを受けるほどに。

 それでも先に身元が割れたのはシロウの方だった。

「……お互いに調べ合うことを提案したのはハルカだった。今思えば、自分の身元は絶対に分からないって思ってたんだろうな。実際にそれぐらい大変だったよ。俺がハルカの情報をつかめたのは、ほとんど運だ。……ハルカがいた仮想空間の接続元は、再構築リビルド技研の施設だった。多分どこかの遺跡、当時の施設を改装したものだろうな」

 シロウが大きく息を吐く。

「俺はハルカの居場所を、俺と同じような、五大企業のどこかの施設だと思ってたんだ。まさか再構築リビルド技研の施設だったとは思わなかった。正直驚いたよ。すぐにその情報の痕跡は坂下から消した。バレたらハルカの命は無いからな」

 そしてアキラに真面目な顔を向けた。

「俺がアキラにやらせたかったことは、再構築リビルド技研の施設に一緒に忍び込んでハルカを連れ出すことだ。電子戦は得意だが、それだけじゃ絶対に無理だからな。そこの警備と戦える人間が必要だった。そのためにコロンもめた。それだけの実力と信用を兼ね備えたハンターをオーラムで雇うのは無理だと思ったからな」

 シロウが小さくめ息を吐く。

「まあそのコロンは……、ハーマーズをために使って無くなっちまったけどな。それで急遽きゅうきょオーラムでも雇えそうな者を探したら、アキラがいたって訳だ」

 一通り話し終えたシロウが、どこまでも真剣にアキラに告げる。

「俺の事情は話した。ここまで聞いたんだ。やってもらうぞ」

「ん? ああ」

 だがアキラの反応は、シロウの話に納得しながらも、どこか軽いものだった。その所為せいでシロウが逆に慌て出す。

「……ちょっと待て!? 今の話を聞いてその反応か!? 俺の話、ちゃんと聞いてたよな!?」

 そのシロウの気迫の籠もった慌て振りに、アキラも少したじろいだ。

「だ、大丈夫だ。聞いてた。要は友達がヤバい施設に捕まってるから助けに行くってことだろう?」

「そうだけど、そうだけどさ、その反応か!? どういう度胸をしてんだよ……。そりゃリオンズテイル社を平気で敵に回す訳だな……」

 シロウはあきれたように大きくめ息を吐いた。それで落ち着きも取り戻したところで、一つ目のケースが開いた。中身は強化服だった。それを見るアキラに、シロウが真面目に告げる。

「一つ開けたぞ。アキラ。悪いが全部開けるまで待つのは勘弁してくれ。アトラスに離されるとハルカの所に行けなくなる。頼む」

 そう言ってシロウはアキラに頭を下げた。アキラが軽く笑って答える。

「分かった。戻ってくるまでに他のも開けておいてくれよ?」

「ああ。分かってる。アキラ。ありがとう。頼んだぞ」

 シロウはしっかりと礼を言った。ハルカに拒絶されたことで一度は慌てふためき平静を欠いたシロウだったが、もう大丈夫だった。


 アトラスはその巨大さの所為せいで急加速は出来ないが、それでも最高速はアキラの車より格段に早い。アトラスと並走していたアキラの車は、車内でシロウと話している間に徐々に遅れていき、既にアトラスの最後尾付近の位置にいた。

 アキラがキャンピングカーの屋根から跳躍してアトラスの外壁に着地する。そして外壁を垂直に歩いて屋根に向かう。

『アルファ。確かに急いでたけどさ、あの強化服だけでも着ておかなくて良かったのか?』

 ようやく手に入れた最前線向けの装備の一つを、アキラはまだ使っていなかった。

『良いのよ。急いで着たところで、私があの強化服を掌握する時間は無いからね。それに彼女との話し合いが目的なら、過剰な装備は彼女を警戒させるだけよ』

『そうか。それもそうだな』

 アトラスの屋上に上がったアキラが、周囲を見渡して車両の入口を探す。しかしそれらしいものは見当たらない。

『シロウ。車内のハルカを探すのは良いんだけど、入口が見当たらない。どこかにないか?』

『ちょっと待ってろ。あの外壁のやつは……、駄目だ。制御パターンが変更されてる。別の入口は……』

『駄目って、あれを開けたのはシロウなんだろ?』

『その辺はいろいろあるんだよ。急いでるんだから説明はしないぞ』

『あ、そういえばシロウもハルカも旧領域接続者なんだから、念話で話したり出来ないのか?』

『出来ない。その辺もいろいろあるんだ。出来るならやってる』

『わ、分かったって』

『……300メートル先にハッチがある。まずはそこに行ってくれ。そこも駄目なら別の場所を探す』

『了解だ』

 アキラが指示通りに屋上を進む。そしてこれ以上シロウを苛立いらだたせないように、素朴な疑問を投げる先をアルファに変えた。

『アルファ。どうやってハルカを探せば良いと思う?』

『探さなくても、彼女がアキラを見付ければ、彼女の方から来ると思うわ。追い出したはずの危険人物が戻ってきた訳だからね』

『追い出した? どういう意味だ? 俺はハルカに車外に追い出されたのか?』

『ええ。恐らくあの外壁の扉も、外部の者でも開きやすいように、彼女が手を加えていたはずよ』

『何でそんなことを……』

『キューブを奪うのを、アキラに邪魔されたら困るからよ』

 アキラが驚く。

『ちょっと待て。あいつ、キューブの襲撃犯だったのか?』

『ええ。恐らくね。それもただの一員ではなくてリーダー格のはずよ』

『……何でそれをもっと早く言わなかったんだ?』

『それを教えたらアキラの態度に出るからよ。アキラに知らない振りは出来ないでしょう? 襲撃犯だと気付かれたら、彼女はアトラス側の演技をやめたかもしれなかったわ。彼女と不要に敵対しないためにも、あの時は言えなかったのよ。彼女は敵ではないのだから、無意味に戦う必要は無いわ』

 アキラはその説明に一応納得しながらも、少し難しい顔をする。

『いや、でも、襲撃犯なんだよな?』

『そうよ。でも敵ではないわ。アキラはここに荷物を取りに来ただけ。キューブ襲撃犯の討伐依頼は受けていない。だから態々わざわざ敵対する理由は無いわ。確かに向こうの多脚機に襲われたけれど、あそこでアキラだけ襲われないのは不自然でしょう? 途中からは彼女も一緒に戦っていたのだし、アキラを実力者だと認めて、早く用事を済ませてもらって穏便に出ていってもらおうとしたのだから、それぐらいは我慢しなさい』

『……。そうだな』

 アキラは微妙に釈然としないものを覚えながらも、今はシロウに雇われている立場でもあり、そこは割り切ることにした。


 動き出した都市間輸送車両の車内で、ゼロス達は前線を下げながら熾烈しれつな戦闘を繰り広げていた。前線に立つゼロスが声を荒らげて指示を出す。

「深追いするな! 退却を優先! A7貨物室まで下がるぞ!」

 敵は武装した少女達だ。退却前にゼロスが倒した少女達と酷似しており、装備も強さも、緑色の血を流すところも同じだ。ゼロスの時は逃げながら戦っていたが、今は積極的にゼロス達に襲い掛かっている。その少女達の表情は平静そのもので、仲間が倒されようと、吹き飛ばされようと、粉微塵みじんになって飛び散ろうとも、欠片かけらも変化しない。

 そのある意味で気味の悪い表情のまま戦う少女達の顔は全員同じだった。そして、ハルカにとても良く似ていた。

 通路が少女達から放たれたレーザーで埋め尽くされる。それをゼロス達は区画の制圧時に設置した簡易防壁で防いで下がる。更にすきがあればゼロスが仲間達の支援を受けながら突撃し、複数の少女達を一瞬で撃破する。

 それでもゼロス達は劣勢を強いられている。倒しても倒しても、少女達はまるで無限に湧き出てくるかのように、その数を一向に減らさないのだ。

 近くの少女達を倒し終えたところで、ゼロスが厳しい顔を仲間に向ける。

「状況は?」

「重傷者3。死者0。A7貨物室への退路は確保した。重傷者は優先して下げてる」

 その報告を聞いてゼロスは表情を和らげた。

「よーし。このまま下がるぞ。今は残弾なんか気にせずに撃ちまくれ。A7貨物室に戻るまでは、必ず通路にいろ。ヤバそうだからって、そこらの部屋に立て籠もろうなんてさせるなよ。そこは徹底させろ」

「ああ。こいつら一体どこから現れたのかと思えば、確認済みの部屋からも出て来たからな。一体どうやって……」

 そう言って不思議がる男に続いて、別の男が頭を抱えたような険しい顔で言う。

「隠れてたんだろう」

「いや、だから制圧時に確認はしたんだよ」

「確認したのは、誰もいないかどうかだけだろ? 俺、見たんだよ。ロッカーがこいつらになったのを。ロッカーの中から出てきたんじゃない。ロッカーが、中身ごと、こいつらになったんだよ」

 怪奇現象に近いことを言い出した仲間に、男が思わず怪訝けげんな顔を浮かべる。

「お前、何言って……」

 だがゼロスは納得した。

「そういうことか。こいつら車両の設備に擬態してたのか」

「……冗談だろ?」

「だと良いんだがな。行くぞ」

 ゼロスが仲間達と一緒に後退していく。少女達は一向に減る気配が無い。次々に撃たれ、斬られ、床に広がる緑色の血の池に沈んでいくが、新手がそれらを乗り越えて襲い掛かってくる。

 その攻防の中、ゼロスは少女達のから繰りに何となく気付き始めていた。

(まさか……、そういうことなのか?)

 ゼロスが部隊に前線を下げるように指示したのは、車両内の隠し通路の存在を疑ったからだった。

 突如出現した大型モンスターに襲われた時、ゼロスはまずは退路を確保している仲間の安否を心配した。その仲間達を突破して襲ってきたと考えたからだ。

 だが仲間達は無事だった。そうするとモンスターはゼロスと仲間達によって塞がれている通路の中に、急に現れたことになる。ゼロスはその辻褄つじつまを合わせるために、そこに自分達が知らない隠し通路があったと仮定した。

 車内にそのような隠し通路があるのであれば、制圧済みの区画であっても安全は保証できない。隠し通路を通ってきた敵に奇襲を受ける恐れがある。そこで隠し通路がある前提で制圧作業をり直そうと、部隊を一度A7貨物室まで戻すことにした。

 しかし敵が車両の設備に擬態できる存在であれば、車内に隠し通路が無かったとしても、普通の考えでは有り得ない場所から敵を襲うことが可能だ。そしてゼロスはそのような真似まねが出来る存在を人間とは思わない。人型の生物系モンスターだと考える。

 そこから考えを発展させる。今戦っている相手は少女を模した生物系モンスターであり、しかも体内に強力な回復薬を大量に保持している。少女達を倒し続けても湧き出るように新たに出現するのは、生物系モンスターの驚異的な生命力と強力な回復薬の相乗効果で、殺したはずの個体が再生し続けているから。

 更にこうも考える。自分達が車両に入った時、先行部隊と襲撃犯達の死体が車内に転がっていなかったのは、その生物系モンスターに全て食われたからではないか。全ては仮定に過ぎないが、ゼロスには自身の推察が正しいように思えていた。

(通路をよく見れば、俺達が倒した多脚機の残骸も消えてる。あの多脚機の武装はレーザー砲だった。そして今戦ってる連中の武装もレーザー砲だ。偶然か? それとも多脚機の残骸を食って再生したのか? もし後者だとしたら、こいつらの正体は恐らく人型の合食再構築類。しかも食って増えるタイプ。道理で殺しまくっても減らねえ訳だ。仲間の死体を食って増えてやがるな?)

 その手のモンスターの殺し方はゼロスも知っている。再生と増殖に必要なエネルギーが枯渇するまで徹底的に破壊するのだ。

「……全部隊に通達! 敵を過剰に攻撃しろ! 緑の血は恐らく強力な回復薬だ! 木っ端微塵みじんにしないと元通りに治るぐらいに考えろ!」

 ゼロスの指示を受けて部隊が攻撃を激化させる。相手の殺害ではなく原形の消失を目的とするような苛烈な攻撃を受けて、少女達の攻勢が緩んでいく。

 ゼロス達はその内にA7貨物室への退却を急いだ。


 少女型の生物兵器の群れを指揮していたハルカが、ゼロス達の動きを見て顔を険しくする。

「対応が早い……。そんなすぐに対応できるものなの? ……まあクガマヤマ都市で似たようなことをしたのだし、その所為せいかもしれないわね」

 ハルカは気を切り替えて指揮を続けようとした。だがそこで今度は顔をしかめる。

「……用事は済んだはずでしょ? 何で戻ってきてるのよ」

 ハルカの拡張視界には、都市間輸送車両の屋根を歩くアキラの姿が映っていた。


 入口を探して都市間輸送車両の屋根を進んでいたアキラが足を止める。屋根の少し先の部分が左右に開き始めていた。

『シロウ。あそこか?』

『いや、違う。あれを開けたのは俺じゃない』

 そしてそこからハルカが飛び出てくる。車両の屋根に着地したハルカは、アキラと対峙たいじするように向き合った。そのハルカの顔に、車内でアキラに向けていた笑顔は無い。

「何しに来たの? もうここに用は無いでしょう?」

「俺はそうなんだけど、シロウが話があるんだってさ」

 アキラの情報端末からシロウの声が響く。

「ハルカ! 話を聞いてくれ! どうして俺と一緒に来られないんだ? 逃げた後のことなら大丈夫だ。坂下重工にも見付からない隠れ家は用意してあるし、ハルカが再構築リビルド技研の人間でも統企連に引き渡さないように交渉も出来る。だから……」

 ハルカはそのシロウの必死な呼び掛けを無視した。代わりに表情を悲痛に染めて、アキラをにらむ。

「……帰って。アキラと敵対する気は無いけれど、私達の邪魔をするのなら別よ」

「俺もそっちと敵対する気は無いけど、話ぐらい出来ないか?」

「出来ないわ。帰って。私もシロウの友達を傷付けたくないの。でも、何を言っても駄目なら、力尽くになるわ」

 ハルカの雰囲気が臨戦に近付いていく。もう弱い演技をする必要は無い。

「言っておくわ。私、強いのよ?」

 その言葉自体はただの脅しだ。しかし相手がアキラだと分かった上で、その力尽くが可能である根拠に満ちていた。

「……シロウ。どうする? 帰るか? 戦うか? 戦うなら、ハルカの無事は保証しないからな」

 場合によってはハルカを殺す。そう言われたシロウが思わず声を荒らげる。

「アキラ! お前何言って……」

「シロウ。俺はキューブの襲撃犯を相手に、相手の命を気遣って戦えるほど強くないんだよ。努力はするが、保証は出来ない。幾らシロウに雇われてるからって、そこまでする義理も義務も無い。どうする?」

 そう言われるとシロウも言い返せなかった。そこでハルカが口を挟む。

「それなら帰ってよ。シロウに幾らで雇われたのか知らないけど、金なら返せば良いじゃない。絶対割に合ってないわよ?」

「そうもいかないんだ。仕事は仕事だ。金を返せば済むって話じゃない。まあそれが通って金の分の義務は消えたとしても、シロウにいろいろ助けてもらった借りまでは消えない。その義理の分はシロウに付き合うつもりだ」

 統企連の支配下では金が全て。そう聞かされていたハルカは意外そうな顔を浮かべた。

「義理堅いのね……」

「それなりにな。シロウ。それで、どうするんだ? 言っておくけど、そっちと距離が離れすぎても俺は帰るからな。俺の装備はそっちにあるんだ」

 都市間輸送車両とアキラの車では速度に差がありすぎる。既に大分離されていた。シロウはアキラに戻れとも戦えとも言えずにいる。

 その状況を変えたのはハルカだった。

「シロウ。聞こえてるわね?」

「あ、ああ」

「一つだけ教えてあげる。シロウは私があそこから抜け出したと思ってるけど、それは勘違いよ。私はあそこから抜け出せてなんていないの」

「……どういう意味だ?」

「そこまでは言えない。でも、それを知らないシロウに私を助けるなんて無理よ。だから、もう、帰って」

 ハルカが本当にうれしそうに、そして本当に悲しそうに、アキラの情報端末越しのシロウに向けて微笑ほほえむ。

「シロウは私のためにここまでしてくれた。本当にうれしかった。それで十分よ。お願い。帰って」

 どこか重苦しい沈黙を開けてから、シロウが言う。

「…………、アキラ。戻ってくれ」

「……、分かった」

 アキラはそのまま屋根の端まで行く。そして何となく振り返ってハルカを見た。ハルカは打ちのめされているかのように立っていた。

 アキラは小さくめ息を吐いて、車両から飛び降りた。

 その後、ハルカも車内に戻っていく。その場に残った感情を、加速する都市間輸送車両により生まれる風が吹き飛ばした。


 地上に降りたアキラはその場でシロウを待っていた。離れていく都市間輸送車両が遠景の先に消えた頃、ようやくシロウがやってくる。キャンピングカーに乗り込んだアキラがシロウの様子を見ると、アキラの予想に反してシロウは意気をみなぎらせていた。

「アキラ。装備のケースは全部開けておいたぞ」

「あ、ああ。助かった。それで、これからどうするんだ?」

「予定通りハルカを助けに行く。目的地は再構築リビルド技研の施設だ。気合いを入れろよ。行くぞ」

 シロウの遠隔操縦でキャンピングカーが勢い良く走り出す。

「……なあシロウ。ハルカは、それは無理だ、みたいなことを言ってなかったか?」

「言ってない。ハルカが言ったのは、ハルカはまだ再構築リビルド技研の施設にとらわれていることと、その意味を俺が理解していないってことだ。アキラはどういう意味だと思う?」

「うーん。義体を施設から遠隔操作で動かしてるとかかな?」

「いや、あれは遠隔操作じゃない。あれはハルカ本人で、間違い無くあの場にいた。俺には分かる。重要人物の現在位置の偽装なんてよくあることだからな。俺は細工するがわでも見破るがわでも腕を振るってきた。だから分かる。あれは間違い無くハルカ本人だ」

「じゃあどういうことなんだよ」

「……それは俺にも分からない。でも、何らかの理由で今も施設にとらわれてるなら助けに行くだけだ。それに施設に行けば、その理由も分かるかもしれない。行く価値はある」

「何か随分行き当たりばったりだな」

 そう言われたシロウが意味有り気に笑う。

「お前ほどじゃねえよ」

「そうだな」

 そう言い返されるとアキラも笑うしかなかった。

「それで、その再構築リビルド技研の施設まで行くのにどれぐらい掛かるんだ?」

「ここからだと5時間ぐらいだ」

『アルファ。その時間で新しい装備の掌握は間に合うか?』

『大丈夫よ』

「そうか。再構築リビルド技研の施設って何かすごそうだけど、こっちにも最前線向けのすごい装備があるんだし、何とかなるだろう」

「その辺は本当に期待してる。隠し施設だから周囲にあからさまな警備は敷けないとはいっても、最低でも坂下の施設並みの厳重さだろうからな」

「隠し施設か」

「ああ、見付けるのに苦労したよ。ヴィオラから手に入れたデータを基にして探したんだけど、自前の機材しか使えなかったから、本当に大変だった」

 シロウですら見付けるのに苦労するほどに秘匿された再構築リビルド技研の施設を目指して、アキラ達を乗せたキャンピングカーは荒野を走り続けた。


 シェリルは突如現れた来客に戦々恐々としていた。

「あ、あの、ヴィオラに用があるとのことでしたが、ヴィ、ヴィオラが、何か……?」

「いえ、ヴィオラさんの取引相手と取引内容について幾つか伺いたいことがありまして、少々御協力頂ければと」

 来客はマルオだった。クガマヤマ都市の重役であるイナベから、相手は統企連所属の人物であり、絶対に非礼を働くなと念押しされたこともあって、シェリルは死ぬ気で応対していた。

「それで、ヴィオラさんは?」

「い、今連れてきております。も、もう少々お待ちください」

 アキラの後ろ盾もあってクガマヤマ都市でさえ容易に手を出せない存在となったシェリル達だったが、それでも統企連にとっては吹けば飛ぶ存在でしかない。シェリルの緊張は限界に達しようとしていた。

 そこにヴィオラがシェリルの部下達に連れられてやってくる。マルオの向かいに座らされたヴィオラは、出来る限りいつも通りに微笑ほほえんだ。

「私に聞きたいことがあるらしいけど、何かしら?」

「君がミハゾノ街遺跡でゴロウと名乗った者とした取引について詳しく聞きたい。こちらの調べでは、君は彼に何らかのデータを提供したはずだ。何かな?」

「その情報を買いたいってこと? それなら……」

 いつも通りの自分を保つために、ヴィオラはいつも通りの交渉を始めようとした。しかしそれをマルオに止められる。

「謝礼は渡す。でもその交渉は後にしよう。今は私の話が先だ。話を勿体もったい振る君にではなく、君の脳に直接聞くという手もあるのだが、それは手間が掛かる。その手間が掛からないように、素直に話してくれると、とても助かる。どうかな?」

 笑顔で非常に物騒なことを平然と話すマルオにまれたヴィオラは、そのまま洗いざらい口を割った。

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