エアターンバックの空

 厚い雲の上に、何機もの機体が大きく、ゆっくりと、旋回する。遠くに見える白い機体は茜色を含んで淡く色付いていて。太陽が沈もうとするその雲の海は、青色から茜色のグラデーションを美しく魅せている。

 それはまるで、アニメーション映画の世界のようで、淡い茜色の世界に私は息を呑んだ。

 天高い位置には、寄り添うように明星と三日月が輝いていたその景色を、アイツに話して、見せてやりたいと、そう思った。


「ねーねー啓次、私今何処にいると思う?」

着陸後すぐに電話を掛けた相手は同居人かつ最近籍を入れた――つまり夫となった新聞記者で、彼は「知るかよ。今お前の店で呑んでんだけど」なんて気の抜けた声で話すのだ。

「15時の便で成田を出て今成田に着いたトコ」

語尾にハートマークでも付きそうな声色でそう告げれば「あぁ、千歳ダメだったんか」とつまらなさそうに返される。

「除雪待ちで旋回してたんだけどねーやっぱ無理だってさ」

 元々昼過ぎには帰れる便だったのに結局夜に私は成田に居るってどういう事なのかねぇ、と重ねて告げれば「雪はしゃーない」と北国の理不尽な荒天に慣れきった道産子はそう返す。

「んな事ァ分かってんのよ。ってか、その話がしたくて電話した訳じゃ無くてね。啓次は私が帰る日程をそもそも知らなかったんだし」

 そう言ってやれば「んじゃぁ、なしたよ」と本題を促す。

「待機で旋回してた時見えた景色がすごく綺麗だったの。厚い雲海の上でさ、太陽が雲海に沈んでいって夕暮れのグラデーションが他にも旋回してる飛行機の機体を照らして淡い茜色に染め上げててさ、啓次とよく見たじゃん、飛べる豚の映画。あれのワンシーンみたいで……啓次にも見せたかったなぁ」

 一息にそこまで告げれば「どうせ写真撮ってるんだろ」と呆れた声が帰ってくる。

「そういうのじゃないんだよ。いや、帰ったら見せるけどさ。私の、今の気持ちを、この衝動を、衝撃を、啓次に伝えたかったんだって」

 気持ちは色褪せるものだから。と言えば、啓次は声を漏らすように静かに笑う。電話口であいつがどんな顔をしているのか、私には手に取るようにわかる。それだけ、長く付き合ってきたのだから。

「で、振替ですぐ帰ってくんのか?」

「早くて明後日かな」

 今後の予定を伝えれば、短く了承が伝えられる。「早く帰って来いよな。そろそろお前の飯が恋しい」と重ねて。

「店来てるんでしょ。レシピは同じでしょ」

 私がオーナーをし市内で数店舗展開している店のメニューは全て私がレシピを作り、どの店でも同じ料理を出している。つまり、私が作る料理と同じものがそこにはある筈で。

「分かってねぇな、お前が作ったモンをお前と食べたいつってんだよ」

 そう言い「気をつけて帰って来いよな」ともごもごと言ったかと思えば受話器から聞こえてくるツー、ツー、という電子音。自分で言って恥ずかしくなる位なら言わなきゃ良いのに。なんて心の中でだけ呟いて、私は今夜の宿を見繕う為にこの飛行場にアクセスしやすい宿泊場所を検討する。早く帰りたいな、なんて思いながら。



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終わらない夜と恵まれた朝 狭山ハル @sayamaHAL

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