ジョゼの店 第九章 幻想の館 <後編>


「俺の才能……か……」

「左様。この屋敷は常人には見つけ出すことは出来ますまい」


「それは可笑しな話だ。俺は何十年もここに住んでいる。あんたが作ったフォートレストは隅々まで知っているんだ。何故、今になって」

「それは、この屋敷の発動条件が揃ったということ。そう。揃ってしまったのだ」



 ヨーゼフの笑顔が崩れ、エダのよく知っている渋い顔になった。


「ロッソか……」

 エダの表情も同調するが如く濁った。


「そうだ。奴の保有する特別な精霊に反応するように、この屋敷は作られた」


 ヨゼーフの話では、この屋敷はエダにしか見つけられないほど、複雑な魔法が掛かっている。それは来るべき時にエダが選択を誤らないよう。彼の役目を伝える為に。


 アリステラという魔女がジョゼの母親であることは知っていた。直接そう言われたわけではないが、ヨーゼフと幼いジョゼの会話から察する。


 きっと彼女がロッソを退けたのだと。エダは想像していた。

 母親がいないジョゼに、64種の血筋が混ざる自分が傍にいることこそが何かの役に立つのだろうと……そう思っていた。




「エダ・マサトシ。旅は好きか?」

 柔らかな表情で尋ねるヨーゼフ。


「嫌いじゃねぇ」

「結構。いや……それは君の本能なのだろう」


「何が言いてぇんだ」

「この世界はアリステラによって守られている。ロッソが再び現れても問題はありますまい。それにジョゼも成長している」


 にこやかに話すヨーゼフはどこか寂しそうであった。


「あぁ。ジョゼもロッソの噂を耳にしても動じなかったぜ。策はあるって言ってやがった」


「エダ・マサトシ。君の才能は君の思うままに……存分に発揮してくれたまえ」




 自分の才能……。

 魔法は使えなかった。

 精霊の声は聞こえなかった。

 64種の血が流れているのに……。




「過去。未来。それらとは別の世界。君が望むのであればだが、この屋敷を使えば自由に行き来することが出来る」


「……俺にそんなことが出来るのか?」

「無論だ」



 その言葉を聞くとエダは敷居を跨いだ。


 その瞬間、屋敷は消えた。


 音もなく。

 この世界から消えた。



 エダ・マサトシは消える。

 彼の使う手品のように、フォートレストから姿を消したのだ。







 静寂が街を支配した。


 街頭に群がる虫。夜空に瞬く星がフォートレストを優しく照らす。






 どこからもともなく、水の精霊が言った。


「ヨーゼフ。相変わらずね。無茶ばっかり」






 ――ジョゼの店 第九章 幻想の館 完

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フォートレスト ゆうけん @yuuken

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