ジョゼの店 第九章 幻想の館 <中編>
あまりにも懐かしい。
二十年以上の月日を経ての再会であった。
エダはフォートレストで生まれたが、両親の顔は知らなかった。
物心が付く頃には、売春宿の小間使いをしていた。それが一番古い記憶だ。恐らく、産みの母は宿で働いていた女の誰かだろうと思っていた。
幼少ながら、自分が人間と何か他の種族との混血である可能性に薄々気付く。
自分は一体、何者なのか。その不安からなのか、心からの笑顔を他人に見せる事はなかった。
同年代よりも大きな身体。そのくせ器用な指使い。知恵がよく働き、頭の回転も速かった。なのでカードなどの賭博に非常に重宝した。生計の半分以上はこれで稼いでいたと言っても過言ではない。
そんなエダ・マサトシに目を付けたのはヨーゼフであった。
世界中で繰り広げられていた争いが、突然終わった年。
『凪の訪れ』と世間では言われてる。
それはエダが10才になった年。
幼いジョゼを連れていたヨーゼフと出会った年。
そして、そこにはアリステラの姿はなかった。
走馬灯のようにエダの脳内からは昔の記憶が吐き出されている。温かな懐かしさがエダを襲う。この摩訶不思議な現象を前に、何故か危険な匂いはしなかった。
屋敷の玄関から、10才のエダが記憶しているより若いヨーゼフが手招きをしている。
もし、これがロッソの罠だとしたら……。
冷静に一瞬そんなことを考えるが、この独特な雰囲気に一蹴されるエダ。
足が自然と玄関へ向う。
手が届く距離まで近付くと、若きヨーゼフが口を開いた。
「初めまして……では、ないのだろう。エダ・マサトシ」
エダの知っている晩年のヨーゼフとは違い、優しい笑顔だった。
「実を言うと私はまだ君に出会っていないのだ。しかし、君にとっては久しいこととなるに相違ない。なぜならば、この屋敷は時空を越える為に作られたからだ」
この独特の話し方はヨーゼフに違いない。そう確信する。
「時空を越えるか……なるほどな。繋がってきやがった」
低い声で応えるエダ。
エダの記憶回路が一瞬にして繋がり始めた。
初めてヨーゼフに掛けられた言葉。最後の別れの言葉の意味。
ジョゼの全面的な補助が自分の役目だと思っていた。
『時空を越える』
10才の幼き命にたしかに言った。
その昔、ヨーゼフと目と目がしっかりと合い、視線がぶつかった時。
『君には時空を越える才能がある。それはとても稀な力だ』
その言動にエダはこう答えた記憶がある。
「あんた、何者なんだ。それがどうした」
ふてぶてしく答える10才の少年にヨーゼフは満面の笑みで返す。
「非常によろしい。肝が座っている」
「俺の質問に答えろよ」
「失礼。私はヨーゼフ・クレイトン・フランクリン。君に会うのはこれで二度目になる」
「何を言ってやがるんだ。俺はあんたになんか会った事はないぜ。薬でもキメてんじゃねーのか」
10才のエダにはヨーゼフが怪しく映った。
二人が初めて出会ったのは、フォートレストの商業地区でも如何わしい店が立ち並ぶ地区であった。狭い路地ではエダと同じように、旅人や行商人を相手に客引きする少年がいたり、着飾った娘もちらほら見える。
少年エダは変な奴と目が合ってしまったと思った。正直言えば、この男は狂っていない。
モジャモジャな癖っ毛はちゃんと整えてあるし、黒に統一された服装は清潔感があった。
ふと、ヨーゼフの後方に積まれた木箱によじ登り、店の中を覗く小さな子供が見えた。
その子供は少しの間そうしていたが、やがてヨーゼフの前に駆け寄り彼を見上げてこうのたまった。
「ヨーゼフ、女性とはあのような声を出すものなのか。まるで獣のようだな」
「ジョゼ、そのような事は思っても言うものではないよ。それに男だとて同じようなものだ」
動じる事もなく優しく諭すヨーゼフ。
エダはジョゼと呼ばれる子供を観察した。
黒髪から伸びる銀メッシュ。ヨーゼフと同じような黒一色の服装に子供用のロングコートを纏っていた。表情からは無邪気な感じは多少するものの、黒い瞳は年齢に見合わず知的で落ち着いている。10才のエダから見ても子供。5才ぐらいだろうか。幼い外見からは想像も出来ない話し方だ。
「ん? その少年がヨーゼフの探していた人物か?」
ジョゼがエダを見上げた。
全身を舐めるように眺めるとこう言った。
「間違いなく混血だ。だが、ワンエイスどころではないな。見る限りだと16の種族は混ざり合っている」
「私の杖では64種の反応がある」
ジョゼの言葉に続いて、長いコートから拳ほどの水晶が備えられた杖を取り出し、ヨーゼフが見解を述べた。
水晶の中には色とりどりの魔術文字が泳いでいる。発光するものもあれば、点滅を繰り返したり、ゆっくりと色合いを変える文字が、水晶の中で不規則に美しく踊っていた。
「あんたは魔道士なのか。俺が何者なのか……わかるのか?」
「わからん」
ヨゼーフの即答に唖然とするエダ。数秒すると口角が上がってくる。エダにとって本当に久し振りに顔が緩んだ。
「おもしれぇ。ヨーゼフとか言ったな。用件は何だ?」
「私の元で働かないか? 衣食住すべてを用意しよう」
そう。これがヨーゼフとの出会いだった。
ヨーゼフにとっては、今、この成長したエダ・マサトシとの出会いが初めての顔合わせだ。
「俺に会うのはこれで二度目になるってのは、そういうことだったのか」
見た事もない屋敷。その玄関で久し振りに会うエダ。
初めて会うヨーゼフ。
「私は君にそんなことを言うのか」
「あぁ、薬でもキメてると思ったぜ」
「それは失礼。さておき、この屋敷を見つけることが出来たのは君の才能によるものだ」
――続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます