私寿司

天蛍のえる

第1話 私寿司


ふと気づくと私は寿司になっていた。


安い早いが売りの回転寿司屋に、上司と同僚の三人でやって来た私は寿司では無かった筈である。しかし今、席に座っているのは上司、同僚、寿司の三人であった。


変わってしまっていたのは私だけでは無かった。トロトロと流れるレーンの上に乗っているのは寿司では無く、私であった。

レーンの上を流れる無数の私は、あるものはカレイなポーズを決め、あるものはブリっ子めいた格好をし、あるものはサバサバとした表情をしていた。


『元となったネタと何か関係があるのかも知れない』などととりとめもない考えが浮かぶ中、ふと一人の私と視線がぶつかった。イカがわしい私の瞳に映るのは真っ白なネタを被ったシャリであった。


「そうか、私はイカだったのか」


思わず声に出してしまったが同僚も上司もこちらには見向きもせず目当ての皿に手を伸ばしていた。皿の上の私は身じろぎ一つせず箸に摘ままれ、醤油を浴び、口の中に消えていった。私は食い物にされていた、いや私は寿司なので当然食べ物に違いないのだが、妙な気分であった。


レーンの上を次々と私が流れていく、そのうちの何人かは上司に、同僚に、あるいは他のお客さんに摘ままれて、食べられていった。それぞれがそれぞれに都合の良い私を食べていった。


レーンの上に最後まで残った私が居た。誰も手を付けず、流され続けていた私が居た。


気付けば上司も同僚も他の誰もが居なくなり、寿司と私だけが残っていた。


長時間レーンの上で流された私の体は年老いた老人の様であった。意を決して箸を持ち醤油を浴びせて口へと運ぶ。寿司の口がどこになるかなんて考えは、カケラも思い浮かばなかった。

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私寿司 天蛍のえる @tenkei

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