第7話 恐るべき魔導師の底力

 少女にとっては一難去ってまた一難といったところだろう。

 店主より遥かに悪人面の男に絡まれ、もう一度泣き出しそうだ。


 魔導師。

 他にも様々や言い方があるが、早い話、魔法を使える者だ。

 魔法は限られた人間にしか使う事が出来ず、持って生まれた才能で優劣全てが決まる。


 血統、境遇も関係せず、魔法を使える者は生まれながらにして使役できるとされている。

 数千人に一人の割合で使えるとも言われている。


 そんな希少価値のある人間を逃す訳には行かない。


「立ち話も何だ。あっちに馬車が停めておるから、そこで話そう」


「ええっ、ちょっとまっ......」


 少女の軽い体がウェンに引っ張られて引き摺るように進む。


「お、リリアノ。行くぞ、新しい仲間の紹介だ」


 律儀に指示された場所で待っていたリリアノも巻き込み、来た道を戻って行く。


 戸惑うリリアノと少女。

 ウェンはお構い無しと歩を進めて行った。


----


「よし。その辺座っててくれ」


 二人を馬車に乗せる。

 恐怖心で一杯の少女に水を一杯、注いで渡す。


「えーっと、お前名前は?」


「......アリア」


 アリアは目を合わせずに答えた。


「さっき仲間がどうとか言ってたけど、私にだって目的があるの」


「へぇ」


「......すっごい興味無さそうだね」


 精巧に作られた人形のような瞳でウェンを睨むと、さっきまでの態度は何処へやら、貰った一気に水を飲み干す。


「私は魔導院に向かってるの、ここはちょっと寄っただけで、いつかは一流の魔導師になる為に......」


「へーへー。魔道院ってのが何かは知らんが、旅は至極順調なようで?」


 痛い所を付かれた、と顔が強ばった。


「俺達は運び屋。今はマルクスに向かっているんだが、魔導院とやらがそっちの方向なら、乗せてってやってもいい」


「ホント!?」


 すっかり明るくなったアリアは目を輝かせて拳を握り締めた。

 ウェンがリリアノに地図を取るように頼むと、彼女は荷物の中からそれを取り出し、渡した。


「何処だ? 聞いた事無い場所だが」


「うーん、私も詳しくは知らないんだけど......この辺かな?」


 詳しく知らないと口走った辺りで耳を疑ったが、アリアの指した地図上を見て次は目を疑った。


 指したのは、王国の遥か向こうの向こう。

 大陸を飛び出て海の上。


「......お前馬鹿だろ」


「ええっ!?」


「ここ徒歩で行くつもりだったのか? こっち側がどれだけ荒れてるのか知ってるのか?」


「う......確かにちょっと無計画過ぎたかなーとは思ってたけど」


「まぁいいさ、お前の事はな。とにかく方向は一緒だと分かったならそれでいい」


 腹を膨らますことは出来なかったが、その代わりに素晴らしい『道具』を手に入れた。

 ウェンは思わぬアドバンテージに幸先の良さを感じてもう一度笑った。


 場合によっては途中でリリースすればいい。

 これだけ使い勝手の良い道具も他に無いだろう。


「旅はある程度の計画を持って行うもんだ。ここから先、更に行った場所にもう少し大きな街がある。今日はそこで宿を取ろうと思ってる」


「ふんふん。でもちょっと早くない? もう少し行けるんじゃ......」


「月明かりが出るならまだしも、保証がない。真っ暗闇の中馬で進むなんて危険な真似はするべきじゃない」


 夜は魔物も活発だ、と付け足し、アリアの苦虫を噛み潰した様な表情を見た。


 ようやく理解したようで、アリアは地図と睨めっこしながら言う。


「これが旅......なんか本格的......」


「......で、感傷に浸ってるとこ悪いが、お前の持ち物を確認したい。少しの間とはいえ一緒にいる以上、協力は絶対だ」


「え? 無いよ?」


「あ? ふざけた事言ってると全裸にして調べるぞ」


 アリアの即答ぶりに、眉間に皺を寄せてイラつきを露わにする。


「あるのはこの身一つ! ......は言い過ぎたけど、この本位かな」


 帽子の奥底から表紙が傷んだ古本を取り出す。

 表紙に辛うじて見えるのはウェンが見た事も無い文字。

 したり顔のアリアと本を交互に見て、溜め息を一つ。


「こんな汚ねぇ本売れもしないだろ。金はどうした? 魔法使えんなら大道芸でもすりゃ簡単に......」


「だ、か、ら! それをしようとしての、さっきの騒動だってば!」


 アリアの怒鳴りに信じられないと言った表情の二人。

 口を開けて呆れているのはウェン。感心の表情混じりのリリアノ。


 日銭稼ぎの大道芸に失敗した末の騒動。

 目の前に居る少女はやはり、ちょっとばかし『足りない』ようだ。


「......間違えたか」


 道を、判断を、人選を、色々な意味にも取れる言葉をぽろりと零す。


 案外、魔導師と言うのは大した人間でないのかも知れない。

 そう思わせるには、十分な判断材料だった。


 リリアノに読めない古本を勧めるアリアを放置し、荷にあった保存食の干し肉を一口腹に収め、馬の元へ向かう。


 この行動が吉と出るか、凶と出るか、今はまだ予測出来ない。

 ウェンは旅の幸先を真に願った。

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運び屋とエルフ、残酷な世界での奮闘記 ユウミ @Dai-Fuku

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