彼女と食べた最後のお寿司
クオンタム
1095日前、僕は夏が大嫌いになった。
外で蝉が鳴いている。
げんなりする程の暑さ。長かった夏休みは残り15日ほど。
僕はこの時期が大嫌いだ。
暑さのせいじゃない。多くの場合、この時期は彼女に無理難題を押し付けられるからだ。
ドタドタと足音がして――ほら来た。勢いよく部屋の扉が開く。
「お寿司食べに行こ!
「……あのさ」
絶句してしまった。
ノックもせずに飛び込んできて、この姉は突然何を言い出すのだろう。
「回る方?」
「回らない方だよ?」
「割り勘?」
「智くんの奢りだってば。今日が何の日か忘れた?」
「痛い痛い!」
ヘッドロックからなんとか脱出する。
わかった、わかったよ! 本当にこの人はもう。
「智くん、中間テストで1位取ったじゃない。そのお祝いだよ」
「え、知ってたんだ」
「もちろん。お姉様は何でも知ってるの!」
特に報告はしていなかったから驚いた。
今回だけではない。姉さんはいつの間にか僕の秘密を握ってるから、少し困る。
「あのさ。姉さんもいい加減」
弟離れした方がいい――そう言おうとしたものの、
残りの言葉は喉につかえて出てこなかった。
だって、姉さんがあまりに悲しそうな顔をするんだもの。
反則だ。言える訳ないじゃないか。
「……行こっか」
「うん!」
ぱあっと笑顔になる。
はあ。姉さんが弟離れできない最大の理由は、僕自身なのかもしれないな。
外に出ると蝉の声はいっそう強まり、汗がどっと吹き出てきた。
姉はというと、汗一つかかず平然としている。
「いいなー。私、もう汗かけないもん。生者の特権だよね」
「大した特権じゃないよ」
――お盆。
死者があの世からこの世に帰ってくるという、一年に一度の僅かな期間。
魂が完全に消滅して生まれ変わるのに、長いと数年以上かかるらしい。
来年は姉に会えないかもしれない。
一秒後に振り向いたら姉が居ないかもしれない。
突然死んで、突然帰ってきて。
この人は僕をどれだけ泣かせれば気が済むんだろう。
僕は、姉が帰ってくるこの時期が大嫌いだ。
彼女と食べた最後のお寿司 クオンタム @Quantum44
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