かっぱおやじ

鋼野タケシ

かっぱおやじ

 かっぱおやじは休憩時間、いつもカッパ巻きを食べている。

「頭頂部がハゲているから、やっぱりキュウリが好きなんだろう」と、ぼくは影でかっぱおやじをバカにしていた。

 もちろん、かっぱおやじというアダ名もぼくがつけた。

 春休みも終わりに近づき、工場でのアルバイトも今日が最後。

 ぼくは勇気を出して、かっぱおやじに尋ねてみた。

「どうして毎日、かっぱ巻きなんですか?」

 やっぱりカッパだからですか? と、言いかけてグッとこらえた。

「そうだなぁ。ずいぶん昔の話だけどよ。おれの家は貧乏な母子家庭でな……」

 かっぱおやじは、遠い目をして語った。

「生まれてこの方、寿司なんて食ったこともなかった。小学生の時、クラスの連中にバカにされてよ、おふくろにねだったんだ。おれも寿司が食いたいって。で、言った通り家は貧乏で、当時は回る寿司屋なんてのもなかったんだ。無理なものは無理なんだよ。おれは家の事情も理解できねぇガキだったから、おふくろにずいぶんヒデェことを言ったよ。金持ちの家に生まれたかったとかさ。でな……次の給料日、おふくろが寿司屋に連れてってくれたんだ。今月はお給料が良かったとか言ってな。でも、おふくろも寿司屋なんて行ったこともねぇクセに見栄を張るから……一カンで何千円とかするんだぜ? 貧乏人がちょっと奮発したくらいで食えるものなんかねぇんだ。おふくろ、真っ青な顔して、タマゴだけ頼んだよ。寿司屋の大将に申し訳なさそうな顔してよ。おれも、そん時気付いたんだ。ああ、金がねぇもんはしょうがねえってな。だから、おれぁ腹が減ってねぇフリしてよ、かっぱ巻きだけ頼んだ。一皿だけな」

 故郷の母の顔が浮かんで、不思議と涙が出て来る。

 自分の振る舞いが恥ずかしい。ぼくはなんて浅はかなんだ。これはきっと、バカにしていい話じゃない。

 黙って話を聞くぼくに、かっぱおやじは笑って言った。

「そしたら美味ぇのなんのって、それからキュウリのとりこだよ!」

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かっぱおやじ 鋼野タケシ @haganenotakeshi

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