ディスライクスシディスコ

鱗青

ディスライクスシディスコ

 私は寿司が嫌いだ。

 ザラメ色に磨かれたカウンターに置かれる熱々のおしぼり。愛想の良い大将。カウンターで交わされる小粋な会話。はじめは居心地悪く、慣れてくると逆に外に出たくなくなるぬるま湯のように快適だ。

 板に墨書された多岐に渡るネタ。どれから手をつけていいのか迷うではないか。しかも魚も甲殻類もどれもこれも新鮮で甘く、貝類は海の底で磨かれたようにほろ苦く、それぞれの素材を丹念に繊細に仕上げてくる下拵えはさりげなく隙がない。黄金さながらの玉子なぞ、これが本当にEggなのかと我が舌を疑う始末。

 私がカリフォルニア巻を注文すると邪道だなどという輩もいる。余計なお世話だ。

 大将までも私の味方をして「通ぶらなくていいんでさぁ、気取らねえのが江戸っ子の粋ってもんよ」などと笑いかけてくれる。なんなのだこの愛想の良さは。

 そもそも食べ物なぞシチュエーションにこだわらないのなら、美味ければ何でもいいではないか。大体、寿司は江戸時代のファストフードが発祥だぞ。なんで店内で食す必要がある。スーパーで買うように、持ち帰れば十分ではないか。

 人生に一度で十分だ。こんな激烈な経験は。早く立ち去るに限る。他の友人にも私は声を大にして言おう。

 私は息を吸い込む。そして吐く。さっと暖簾をくぐる私に大将の胴間声が響く。

「えぃらっしゃい!おっ、金髪のお兄ちゃん、今月五度目のお越しでやすね!」

 いつもの大将の笑顔と、その向こうでおしぼりを用意しているおかみさんに私もつい微笑みかけてしまう。

 早速手渡されるおしぼりを顔に当てる。店の外で逡巡している間に冷えた体にぬくもりが染みるようだ。__あたたかい。

 外国人の私でさえ、まったくどうにも心を掴んで離さない__どうにも嫌いだ。この、寿司というやつは。

 そして私は席に着く。

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