寿司は銀座の名店で

真野絡繰

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「はいよっ、お待たせっ!」


 美しい白木のカウンターに整列した、木目も鮮やかな寿司下駄。その上に、十貫ずつの芸術品――いや、宝石がそろった。


 一点の隙もなく磨き上げられた店内。老齢の職人が威厳を見せ、さすがに老舗しにせの風格をかもし出している。


「さあ、みんな! 召し上がれ!」


 須藤すどう静香しずかはやっていた。たぎってもいた。


 都会で生まれ育った静香が、離島の小学校教師になって半年。東京への修学旅行で、全校わずか十人の児童を寿司屋に連れてきたところである。それも本物中の本物、フランスのガイドブックで三ツ星を打たれた銀座の名店だ。


「先生。本当に食べていいの?」

 六年生の炭谷すみたに史郎しろうが聞いた。


「こんな高級なお店で?」

 同じく六年生の李田詩織すももだしおりが続く。


「うん、先生がおごっちゃう!」

 宝くじで四億円を当てた静香にとって、この程度の出費など痛くも痒くもない。田舎の子どもたちに貴重な経験をさせてやりたいという思いのほうが強かった。


「僕は食べるよ!」

「私も!」

「おなかすいた!」

「いただきます!」


 杉山すぎやま心輔しんすけ末松秀太すえまつしゅうた助川すけがわ慎太郎しんたろう菅井翔也すがいしょうや鈴江栞子すずえしおりこ村主潮音すぐりしおね砂走すばしりしのぶ、隅倉すみくら志乃しの。男女五人ずつの小学生が、高いスツールに脚をぶらぶらさせながら宝石にかぶりつく。


 神々しいほどに輝くイクラ、黄金色こがねいろまぶしいウニ、のアナゴ、今にも飛びはねそうなプリプリの甘エビ、楚々そそとした銀色をまとったコハダ、そして江戸前の代表・黒光りするけマグロ……。


 ――と。


「先生……これ、変だよ」


 炭谷史郎の言葉を皮切りに、全員が食べる手を止めた。そこからは「おいしくない!」の大合唱が銀座の名店に鳴り響く。


「身にがない」

「旨味が抜けちゃってるねぇ」

「小手先の味つけだよ」

「昆布の扱いも雑!」


 トドメを刺したのは、一年生の隅倉志乃だ。


「おさかなが泣いてる。かわいそう」


 北海道の離島に住み、漁師の父をもつ子どもたち――。


 さすがの銀座の名店も、その肥えた舌には敵わないのだった。

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寿司は銀座の名店で 真野絡繰 @Mano_Karakuri

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