08

 ファフニールは疲れた顔をして目を伏せた。ガーネットは、冷めたお茶を一口すすると、一息ついて湯飲みをテーブルに戻す。

 しばらくの沈黙が、リビングの空気を重くした。

 それに耐え切れず、先に沈黙を破ったのはガーネットだった。


「なるほどねぇ。ドラグーンとドラグナー、その二人の子供がこの子かい。どうりで魔法のセンスがあるわけだね」

「ドラグナーはドラゴンの魔力を自身の魔力に転化させることが出来る、という伝えを昔聞いたことがある。ただの伝説だと思ってたが……」

「それでレティは気絶してるのか」

「ああ、恐らくな。……しかし、不思議な子だな。みな俺を恐れてあまり近付かないのに、この嬢ちゃんは恐れるどころか、友好的に接してくれた。俺もこの子だけは喰う気になれなかったよ。それどころか……」


 ファフニールはくすりと笑うと話を続けた。


「俺がこんなこと言うのもなんだけどな、嬢ちゃんと一緒にいると安らぎを覚えるんだ。心が開放されていくみたいだったよ。きっとそれは二人の……両親の血の影響なんだろうな」

「ふん、なんだかやけに喋るじゃないか。そんなにお喋りだったのかい?」

「竜だってたまには喋りたいもんだ」


 男は湯飲みを持つと、茶を一気に飲み干す。ガーネットにお代わりを請うと、「自分で入れろ」とあしらわれた。ファフニールは急須を持って湯飲みに茶を注ぐと、老婆を見て問いかける。


「それよりガーネット、お前はいつまでその姿でいるんだ?」

「……あんたがやったんだろ!」


 もの凄い剣幕で怒鳴られるも、彼はその事実をしばらく思い出せないでいた。


「そうだったか? ……ああ、そう言われてみればそうか。もとの姿に、戻りたくないか?」

「ふん。何を今更。それに、魔力を失った今のお前に呪いを解けるわけがないだろうが」

「なに言ってんだ。呪いは魔力となんら関係ないんだぞ。言わば一種の技みたいなもんだ」

「そうなのか?」

「どうす――」

「――戻る。……っていうか戻せ、殺されたくなかったらな」


 ガーネットはファフニールが言葉を発するよりも先に、自分の願望を口にした。その表情は頼む、というよりむしろ凄んで威嚇しているようだ。


「脅しかよ」


 男は慌てて立ち上がると、老婆の側へと近寄っていく。そしてガーネットをその場で立たせると、ファフニールは人差し指を伸ばして彼女の額へとつける。目を閉じてなにやら呟くと、ガーネットの周囲に異変が起きた。

 黒い煙のようなものが一瞬で彼女を包み込み、それは卵のような形を形成していく。しばらくすると煙状だったものは固体となり、それに網目状の亀裂がほとばしる。卵は上の方から音をたてて割れ、黒い殻がフローリングに飛び散った。床に散らばった破片はもとの煙に戻ると、そのまま音もなく消えていく。


 割れた卵の中から現れたのは、先ほどまでの醜悪な老婆ではなく、若くて美しい女性だった。

 均整のとれたプロポーション。切れ長で意思の強そうなその瞳は鮮やかなグリーン。肩にかかる赤に近いストロベリーブロンドの髪は、軽くウェーブがかっている。

 真紅のドレスを思わせるローブには大きくスリットが入っており、そこから覗く白い肌は艶やかでなまめかしい。

 このなんとも妖しげな魅力を振りまく美女こそが、本来のガーネットの姿である。

 今までは“黒竜の呪い”を受けて醜い老婆の姿にされていたが、ようやくもとの姿に戻ることが出来た。黒竜を封印した時に呪いを受けた為、この姿になるのは実に約6年振りである。

 ちなみに他の三人の魔女は呪いを受けておらず、老婆にされたのはガーネットただ一人だけだった。

 紅蓮の魔女は高圧的な視線をファフニールに向けると、ふん、と鼻を鳴らして椅子に座り足を組む。


「ようやく戻れた……まったく」


 こめかみを押さえ俯くガーネットを、嬉しそうに男は見つめている。


「ふむ、やっぱりこっちの方がいいな」

「……お前のせいで……お前のせいで……」


 この六年間、色々と苦労をしたのだろう。ガーネットは拳を固く握り締め、その身体は怒りのあまりわななく。何かを閃いたように立ち上がると、一瞬にして《メルト・フレア》の小火球を右手に出現させた。

 詠唱なしで使ってしまった辺り、火事場の馬鹿力的なものが働いたのだろう。一五センチ程の火球はまるで小型の太陽のように光を発し、表面はマグマのように対流してプロミネンスを巻き上げては渦巻いている。メルト・フレアは使用するMP量により火球の大きさを増大させ、その分詠唱も長くなっていく魔法だ。ガーネットのMPを使い切って作り出した《メルト・フレア》の威力は計り知れない。


「そもそも、何であたしだけなんだい!」

「お、おい。落ち着け……」


 怒気、いや、明らかに殺意を含んだ瞳で男を見据えると、ガーネットはじりじりとにじり寄る。玄関の方へゆっくりと後ずさり、その距離を離そうとするファフニール。


「いや、話せば分かる……はず」

「三回くらい死んでみるか? ええ!?」


 とうとう玄関のドアまで追い詰められたファフニールは、レティの方を見て助けを求めた。しかし少女は寝言を言うだけで起きる気配はない。一触即発の空気の中、空気を読めない何者かによってそのドアはいきなり開け放たれた。


「うぉ!?」


 ドアにへばり付いていた男は、そのまま外へと後転していく。それを開けた人物が、何事もなかったかのように紙袋を持って家の中へと入ってきた。


「いや~疲れましたよガーネット……って、なんてもの出してるんですか!」


 ガーネットの形相と手の平の火球に驚いたその人物は、紙袋を投げ出して床に伏せる。宙を舞いリビングに散乱する食料たち。バゲットは回転しながら彼女の頭に直撃する。その衝撃で我に返った魔女は、今しがた帰ってきたばかりの人物へと視線を向けて声をかけた。


「なんだジャックかい。随分と遅かったじゃないか」


 今思えば、部屋の様子が以前と違い、サイドボードにあったはずのかぼちゃの頭がなくなっているのに気付く。彼女が見つめる視線の先には、そのかぼちゃ頭が床に伏せていた。

 黒い紳士風のスーツを着て赤のマントを羽織り、赤の手袋とオレンジ色の変わった形をしたブーツを履いている。

 レティがファフニールのもとに通っている間に、どうやらジャック・オー・ランタンは復活したようだ。

 正気を取り戻したガーネットを床から見上げ、ジャックはゆっくりと立ち上がると服に付着した埃を払った。こうして立ち上がってみると、頭が大きいだけで身長はそれほど高くないことが分かる。いわばずんぐりとした体型だ。


「いや、街で子供達が遊んで欲しいというもので、つい遊んでいたらこんな時間に」

「まったく、相変わらずだねえ」

「それにしても、その姿を拝見するのは久しぶりですね。もう呪いは解けたんですか?」

「え? あ、ああ……まあ、な」

「おや? あそこにいるのはレティですね」


 ジャックはソファの上にレティを見つけると、嬉しそうに駆け寄っていく。すやすやと眠るレティを覗き込むと、かぼちゃは数回頷いて少女の頭を撫でた。

 魔女はそんなジャックを見ながら、まずいと言った表情で一人何かを考え込んでいる。


「おいお前、俺のことはシカトかよ」


 いつの間に家の中へと戻ってきたのか、かぼちゃの背後を盗ったファフニールは、その肩を叩いて自分の方を向かせる。見慣れない顔の人物が、自分を上から覗き込んでいる。ジャックは目の前の男を不信に思い、戸惑いの表情を浮かべながらガーネットに視線を送った。


「え? あの、ガーネット、こちらの方はどなたですか?」

「失礼な奴だな。俺はファフニ――」

「ハッ! ちょいとお待ち――」


 彼女があることを危惧し、ファフニールが名乗るのを制止しようとしたものの、既に言葉は発せられ、時すでに遅し。ジャックはわななき、その体は一瞬にして閃光に包まれる。


「ファフニール、伏せな!!」

「えっ?」


 ガーネットの言葉に男が振り向いた直後、かぼちゃは爆音と共に木っ端微塵に弾けとんだ。その爆風により、人間となったファフニールは軽く吹き飛ばされ、ガーネットにぶつかって倒れる。リビングの床には、爆発で砕けたジャックの頭の欠片がいくつも音をたてて落ちた。


「いって~。何なんだよあのかぼちゃは。いきなり爆発しちまったぞ」

「ジャックはあんたの名前を聞くと、自爆しちまうんだよ」

「なんでだよっ!? ……まったく、失礼な奴だなー」

「あんたが言うな! って、いつまで人の上に乗っかってんだい、この変態!」


 吹き飛ばされ倒れこんだ先がガーネットだった為、ファフニールは彼女に覆いかぶさる形となっていた。一言謝罪の言葉をかけると、男は頭を押さえて立ち上がる。ガーネットは着衣の乱れを整えて、そそくさとファフニールから離れると、髪を指で巻いてクルクルといじり出す。

 変わり果てたかぼちゃの残骸を目にした魔女は、大きくため息をついた。


「あ~あ、こりゃレティが悲しむわ」

「嬢ちゃんが? なんでだ」

「ジャックは、レティの唯一の友達なんだよ」

「そう、なのか……それはすまなかった」


 反省した様子で辺りを見るファフニール。『かぼちゃ頭、自爆して死亡』という三面記事にも載らなそうな惨劇の現場がリビングに広がっていた。

 そのリビングには微かにかぼちゃの芳香が漂う。その匂いを嗅ぎ付けたのか、レティは目を覚まし起き上がると、まだ半開きの目で辺りを見渡す。


「ようやく起きたかい、寝ぼすけ」


 少女は聞いた事のない声の発せられた方へ、目を擦りながら顔を向ける。するとそこには見たこともない綺麗な女性が立っていた。不思議そうにその女性を見つめると、レティはその人に声をかける。


「お姉ちゃんだぁれ? ……あれ、ババはどこなの?」

「なに言ってんだい、あたしがガーネットだよ」


 混乱する少女にガーネットは近付き、そしてソファに腰掛ける。もう一度目の前の女性を凝視すると、レティは首を傾げた。


「ババなの?」

「ババじゃないよ!」

「ババじゃないの?」

「いや、ババだけど……ん~、ほら見ろ! あんたのせいでややこしい事になってるじゃないのさ!」


 女性が声を荒げて見た方向を、少女はつられて一緒に見る。するとそこには、またしても見たことのない黒衣の青年が立っていた。しかしレティはその青年の瞳を見た瞬間にあることに気付いた。ドラゴンの瞳をしている。それは見慣れた形、そして色をしていたのだ。


「ファフニー、ル?」

「おい、なんであたしは分かんないんだ」

「ああ、そうだぞ嬢ちゃん。おかげで外に出ることが出来た、ありがとうな」


 口を尖らせて拗ねるガーネットを余所に、二人は互いに見つめ合う。レティは毛布をどかしソファから下りると、青年へと駈け寄り抱きついた。初めて作った自分のオリジナル魔法が成功したこと、そして何より、ファフニールに大空を見せてあげられたことが嬉しかった。

 男はそんなレティの頭を優しく撫でる。まるで労るように、愛でるように。母親とそっくりな美しいブロンドの髪は、触れるたびさらさらと揺れる。すると少ししてファフニールから離れると、少女はうな垂れる女性へと視線を移した。


「ねえファフニール、あの人誰なの?」

「さっき言ってただろ? あれはガーネットだ」

「ババなの?」

「ああ。あれが本当の姿だ」

「どうちてババになってたの?」

「それは……まあ、俺の呪いで……」


 ガーネットはソファから立ち上がり、二人のもとへ歩いていくと男を指差して言った。


「こいつのせいでね、あんな醜い婆さんにされてたんだよ!」

「そうなの? ババ……綺麗なの」

「えっ? あー、そうかい……って、もうババじゃないって言ってるだろう!」


 美貌を褒められ満更でもなさそうな顔をしていたガーネットだったが、自分の呼び名を改めないレティに対して再度声を荒げる。二人はいつも通りの言い合いをしている。呆れ顔であしらうガーネットと、それをなんとも思わず意見するレティ。ファフニールはそんな二人の様子を優しく見守っている。

 しかし完全に目が覚めた少女は、かぼちゃの匂いに気付いたのかリビング内を見渡した。そこかしこに散らばる物体を発見したレティはそれに驚愕する。

 しゃがんでその欠片を一つ手に取った。


「これ……ジャック……なの? ババ、どうちて?」

「そりゃファフニールがいるからねえ。名乗っちまったのさ、ジャックに」

「そんなぁ」


 非常に残念そうに肩を落とす少女に、ファフニールは「すまない」と頭を下げて謝った。レティはショックで言葉も出ないようだ。


「まあ、また種から育てればいいだろう?」

「でも……」

「またジャックのプリン作ってやるからさ」

「――本当!?」


 ジャックのプリン。やはりレティはかぼちゃのプリンに目がないようだ。大のお気に入りがまた食べられる、そのことがよほど嬉しいのだろう。ジャックがまた居なくなったというのに、少女の瞳は輝きに満ち溢れている。うまい事レティの機嫌取りに成功したガーネットは、ほっと胸を撫で下ろした。

 その間、ファフニールは一人浮かない顔をして考え事をしていた。

 ――レティに謝らなければいけないことがある。かぼちゃ頭の親友を失った後だから、余計に言うのに気が引ける。でも言わなければ……。


「嬢ちゃん」

「え、なに?」


 ガーネットと会話をしていたレティは、振り向いてファフニールを見上げた。見上げた彼の表情はとても思い悩み沈んでいる。


「どうちたの? ファフニール」

「……俺は、嬢ちゃんに謝らなければいけないことがあるんだ」

「お、おい、ファフニール」


 ガーネットは話そうとしていることを察し、咄嗟に口止めしようと彼の方へ歩み寄ろうとした。だが男はそんなガーネットを一瞬睨み、目を伏せて首を横に振った。ファフニールはその場でしゃがみ、レティと視線を交わす。黒竜だった時と同じように……。その眼差しはいつになく真剣そのものだった。


「俺は七年前……嬢ちゃんの両親を殺した」

「えっ? ……パパと、ママ?」

「すまない」


 ファフニールは神妙な面持ちで頭を下げて謝った。少女は顔を上げた彼の目を見つめ返すと、腕を組んでなにか悩んでいるようだ。

「どうした?」そうファフニールが聞こうとした瞬間、レティの口から思いもしなかった言葉が飛び出した。


「別にいいの」

「えっ?」

「はっ?」


 切なげな表情を浮かべて顔を伏せていたガーネットも、レティの言葉に唖然として顔を上げる。


「嬢ちゃん、別にいいって……」

「だってわち、パパとママのこと、覚えてないんだもん。……それに――」


 少女はガーネットに振り向いて続けた。


「ママはババだからいいの」

「……レティ……」


 ガーネットはレティに母親だと言われ、胸が熱くなるのを感じた。

 四年しかまだ一緒にいない、血のつながりもないこんな自分を、レティは母親だと言ってくれる。彼女はレティと過ごしたこの4年間を思い出した。

 子供が嫌いだった彼女には戸惑いもあった、苦労もあった。子育てなんかしたこともない為に挫折しそうになったことも幾度とある。泣き止まないレティに苛立ちを覚えることもあった。魔法の扱いが下手で、いつまで経っても覚えないことを何度も怒った。

 家事洗濯食事、一人分余計に手間がかかる事も頑張った。一緒に風呂に入ったり、魔獣を追い掛け回して遊んだこと。いつの間にやら上達していた魔法のスキル。才能を持ちながら中々それが発揮できず、影での努力を怠らなかったレティ。それを沢山褒めたこともあった。辛いことばかりじゃなく、楽しい思い出も、この4年間には数え切れないほどもある。

 ガーネットは走馬灯のように蘇る記憶に目頭が熱くなった。


「そうか。……ありがとうな、嬢ちゃん」

「それよりも、ファフニールはどうちてババをババにしたの?」


 ハッとして目に溜まった涙を拭うと、ガーネットは彼に突っかかって問いただす。


「あたしも聞きたいね! なんであたしだけなんだ、あの氷の女にすればよかっただろ!」


 ずいずいと迫り来る紅蓮の魔女の迫力に気圧され、たじろぎながらもファフニールはその問いに答えた。


「ああ。小さい頃に好きな子をいじめたくなるっていうあれだよ。まあよくある話だ」

「なんだいそれ。そんな事であたしをババアにしたのかい!」

「好きな子?」


 少女は首を傾げて2人のやり取りを眺めている。


「嬢ちゃんもいつか分かる時が来るさ」

「わちも?」

「そうだ。嬢ちゃんは好きな奴いないのか?」


 ファフニールに聞かれ、腕を組んで頭を悩ますレティ。う~んと唸り真剣に考えて一つの答えを導き出した。


「わちはファフニールが好きなの」


 レティが満面の笑みでそう答えると、ガーネットは目を見開いて少女に一度振り返る。そして振り向きざまにファフニールの胸倉を掴むと、ドスの効いた低い声で問いただす。


「まさかあんた、こんな小さな子になんか仕出かしたんじゃないだろうね? こ、このロリコン!」

「ロリコン? なんだそれ。なにもしてないさ、というか、嬢ちゃんの前でそんな話をするなよ」


 二人はレティを余所にどちらからともなく取っ組み合いを始めた。そんな二人を不思議そうな顔をして見ていた少女は、あることを閃きそれを二人に伝える。


「ファフニールがパパになればいいの」


 レティの言葉を聞いた瞬間、二人の動きがピタリと止まった。二人は揃って少女を見ると、純粋で真っ直ぐな視線が二人を交互に見つめ返す。ガーネットは顔を引きつらせながら、眼差しを自分たちに向けるレティに聞き返した。


「ははっ、レティ、冗談だろ? まさかこいつをここに住まわせる気かい?」

「だってファフニールは住む所がないの」

「しかしだねー……」

「ババ、お願い」


 切なげな表情を自分へと向けて懇願するレティに、ガーネットの心は痛み波打った。

 ドラゴンから人間になったこの哀れな男の為に、娘が必死にお願いしている。しばらく悩んだ後、ガーネットはある条件を提案した。


「分かった。……ただしだ、条件がある」

「条件?」


 魔女は振り返り、男を見ると指差して言った。


「あんたには、かぼちゃ畑を担当してもらう」

「はぁ? なんで俺が畑仕事などやらねばならんのだ」

「……お前な……ジャックが自爆したのは……あんたのせいなんだぞ……あれ作るのに……いったい……何ヶ月掛かると思ってるんだ……」


 声を震わせて俯き、ガーネットはファフニールの我侭で否定的な答えに身体をわななかせる。


「貴様、何様のつもりだい?」


 今までの表情とは一変して、顔を上げた彼女の目つきは鋭く豹変していた。その様子を見ていたレティは、あたふたと慌てふためき男へ駆け寄ると、ローブの裾を引っ張っては小声で事態の深刻さを教える。


「ババが『貴様』って言った時は、本気で怒ってる時だから早く謝ったほうがいいの。今まで何人も黒焦げにされてるから」


 少女の忠告を聞いたファフニールは震え上がり、顔面蒼白になりつつも態度を改めてガーネットに謝る。


「わ、悪かったなー、ガーネット。……は、畑仕事はー、俺に任せろ……うん」


 手の平から既に火球を出し、放つ用意をしていたガーネットだったが、彼の謝罪の言葉を耳にしていったん火球を鎮める。


「……だったら、とっとと種でも蒔いといで!」


 集めたかぼちゃの種を入れた小袋をファフニールに投げつけると、ガーネットは彼を家からつまみ出す。レティはそれを笑って見ていたが、思わぬとばっちりを食う事になった。


「なに笑ってんだい! お前もだよ!」

「え~、どうちて?」

「あれだけ近寄るなと言った洞窟に近付き、あげくファフニールまで連れ帰ってきたんだ。当たり前だろ! 今日から二人で畑やりな」

「む~」


 少女は不貞腐れて、外へ投げ出されたファフニールの後をとぼとぼと追う。

 ガーネットはようやく静かになった部屋で一人立ち尽くす。小休止するためソファに腰を下ろした直後、外から笑いあう声が聞こえてきた。レティとファフニールの楽しそうな声。その音に耳を傾けながら、紅蓮の魔女はため息をついた。


「ふぅ~、やれやれ」


 これから三人での生活が始まる。彼女は少しの不安を感じつつも、レティと新たな同居人との共同生活に楽しみも感じるのだった。



 六年前の封印戦争の折、ファフニールを封印した四人の魔女の一人。紅蓮の魔女ガーネット。

 レティと出会い共に暮らす中で、母性というものが少しずつだが芽生えてきた。レティのおかしな行動に頭を悩ませる事もしばしば。これからはその『おかしな行動』の結果により、ファフニールとも共に暮らすことになった。

 かつて悪竜と恐れられた漆黒のドラゴン、ファフニール。翼も魔力も失いはしたものの、彼は人間となったことを後悔はしていない。かつて戦い殺してしまった者達の娘と出会い、ファフニールの人生は大きく変わることとなった。

 その黒竜の力を小さな身体に宿した、伝説のジョブ。ドラグナーの少女レティ。彼女は新たな家族と共に、これからも生きていく。天真爛漫で自由奔放な彼女の成長が楽しみだ。



 ガーネットが窓の外を眺めた時、丁度二人は種蒔きを終えて家へ戻ってくるところだった。

 ソファからゆっくりと立ち上がりキッチンへ向かうと、帰ってきた二人に手を洗うように指示する。二人が洗面所へ向かうのを微笑みながら確認すると、ガーネットは、一人分多めの夕食作りを始めるのだった――――。

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