第5話

中学校の入学式は滞りなく終わった。校長の挨拶から始まり、PTA会長の挨拶、地域の代表の挨拶、生徒代表挨拶、そして新入生の挨拶と、そして在校生による校歌の発表や学校の様子等、それは昔と変わらない決まりきった風景だった。最後に各クラス担任を紹介されるとクラス別に並んで教室に向かった。


こうして入学式が終わった愛は、クラスに戻ると担任から時間割や教科書を受取ると重そうに持ち帰って来きて玄関入口で待っていた元と合流した。その時の母の香は、愛と同じクラスメートの母親と話していた。愛を見掛けると挨拶をして二人と合流した。


そのまま三人で近くのファミリーレストランに行きお祝を兼ねて食事をした。店内に入ると普段より多少混雑していた。愛と同じ年頃の男女が親に連れられて何組も来ていたからだ。

「愛、パパが御馳走するからね。好きな物を選んでいいよ」

香も嬉しそうに元を見て言った。


今は誰よりも大きく育った愛だったが、生まれた頃は体が小さくて心配したが大きな病気にも掛からずにこまで育ってくれた。父親に似てスポーツは何でもする。元も愛だけは小さい頃から特別に可愛がっていた。

「愛、決まった。今日だけは好きな物を食べていいわよ。でもパパは駄目、来週からは健康診断の準備に入るでしょう。それに明日は歓迎会もあるでしょう。そこで美味しいものを食べるから今日は控えないと」

その時、香の顔は一瞬、主婦の顔になった。

「分かった。パパは野菜サラダと健康ドリンクだけでいいよ」

元はメニューを見ながら香に話した。

「ところで愛は決まったの」

香は決めきれないでいる娘に催促をした。

「私、特製のハンバーグ定食にしようかな。それにドリンク付」

愛は、この店で最も若者に人気のあるメニューを選んだ。

「お母さんも同じ物にするわ」

すると香は店員を呼んでメニューを告げた。


愛の入学式が終わった、その日の夜だった。小さなダウンライトが照らす寝室では風呂を入り終えた元がベッドに横になっていると、風呂から上がってきたばかりのパジャマ姿の香が入ってきた。頭には何時ものように白いタオルを巻き、そのまま化粧台の椅子に座り、鏡を見ながら元に話してきた。

「あなた明日までは不規則な生活しても良いけど明後日の朝から健診の準備に入るのよ。何時もの年より早いけど」

「もうそんな時期に入るか」

「これもあなたのため、家族のためなんだから…昨夜も恵が言ったのよ。社内健診は何時からって…三週間後の五月二日って言ったら…何もなければ良いね。すると今度は愛も心配して、お父さん、三月は休みもなく仕事していたからって言うの。それでお母さんがちゃんと見ているから、あなた達は何も心配しないでねって言ったの。でも普段は何も考えていないのに、この時期になると子供達はあなたの事を子供なりに気遣っているのよ。だからあなたの体はあなたの体だけでなく家族の体なんだから。だから明後日の朝から料理も健診メニューよ」

「今年も大丈夫だと思うけど家族の為に頑張るから…ところで香こそ大丈夫なのか」

「私なら大丈夫…暇を見つけてはトレーニングしているから。昨日も恵のママ友から誉められたの。それに明後日の午前中、私とランニングしない。子供達も一緒に走るの。ちゃんと朝六時に起こすから一緒に家族皆で走ろうよ」

「瞳までも走るのか」

「そうよ」

「それなら俺も走るから」

「こんな時が来ると思って、お揃いのTシャツを用意したから…それを着てね」

「全員の分なのか」

「全部、バーゲンで買ったの」

「それなら久し振りに走ろうか」

「その気になったのね」

「家族ためにね…」

そんな話をしていると妻の香の寝息が聞こえてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

健診-健康を気遣う人々 由布 蓮 @genkimono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ