第4話

週半ばの木曜日。

この日は次女の愛の中学の入学式。

前日の曇空からうって変わって朝から気持ちのよい清々しい春晴れの天気だった。少し肌寒かったが澄み渡った空には雲がなく絶好の入学式日和だった。

この日の為に元は何時もより早く目覚めたがどこか落ち着きない様子。それに対して妻の香は要領よく朝食と弁当を作り終えると髪を整え化粧を済ませ、この日の為に用意した新品の服と着替えるだけだった。

「あなた新聞を読まないで愛を起こしてよ。遅刻するわよ」

元は仕方なく椅子から立ち上がると愛の寝ている子供部屋に行きかけると再び香が言った。

「愛に靴下もハンカチも新品を出しているから使うのよと言ってね」

元は肯くと子供部屋に行った。


すると元は数分で戻って来た。

「あなた、どうだった」

「部屋に入ると起きるところだったよ…言われた通り話したら、早く部屋を出て行ってってさ」

「あの子、そろそろ年頃だからね」

母の香が言うと台所に戻り愛の朝食作りを始めた。

「お母さん、行ってくるから」

そう言ったのは三女の瞳だった。


それから暫くして愛は身支度をして部屋から出て来た。すると同じ中学の長女の恵も部屋から出て来るとテーブルの上に置いている弁当を持つと何時もの朝のように元気に学校に向かった。


愛が朝食を終えると親子三人で出掛けたのは、愛が小学校の入学式以来のことだった。小学校の時は並んで歩いたが、この日は愛が数歩前に歩き二人は後を追うように歩いた。

「お母さん、これで最後かな」

「何が最後なの」

「親子三人で行くの」

「どうしてなの」

「こうして歩くのは幼稚園の入園式と卒園式。小学校の入学式と卒業式。それに中学校の入学式だけ。高校になると一段と親離れが進むからな」

元は歩きながら妻の香に言った。

「…」

その言葉に対して香は何も答えなかった。


そんな元もこの日の為に有給を取り新調のスーツを着た。紺色の縦縞の入ったスーツに白いワイシャツ。ネクタイは桜色で少し御洒落をした。香も夫に習い同系色の新しい衣服を揃えていた。愛も学校専用の新調の学生服を着て三人並んで歩いて向かった。途中、元も香も緊張気味。通学路では大勢の新入生が親と一緒に学校に向かっていた。途中に見える桜の花弁も落ち、その枝には新緑の小さな若芽が芽生え入学する愛と重なった。


愛の入るのは公立中学、将来を考えての事だった。小学校の殆どの同級生は県内や都内の私立中学に入る子供もいたが、家族で話しあって選んだ理由も公立にしては部活には力を入れ、特にスポーツクラブはことのほか熱心に取り組む学校と言われていた。しかも家からも歩いて時間が掛からない距離。そこが気に入り、それに長女の恵もおり同じ入学となった。


元は中学校に近くなるとスーツのポケットに入れていた小さなコンパクトカメラを取り出した。すると学校の正門前で同じ中学校に入る父兄の一人に撮ってもらった。終わると元も相手に同じことをした。


校舎内に入ると愛は掛け出して生徒用玄関の横にある掲示板に向かった。

そこでは大勢の新入生や父兄らが名前を探していた。

愛も背伸びをして掲示板を見ると振向いて言った。

「お母さん、名前があったよ」

手招きをするように二人を見て大声で言った。

掲示板には各クラス別に名前が載せられていた。

全部で七クラスあった。

「私、一年二組よ」

愛は喜ぶように二人に大声で話した。

「どこ、どこ」

香は愛に言われて掲示板に張られている文字が小さく目では探すことは出来なかった。

「お母さん、あそこだよ。1年2組って書かれている名簿よ」

愛は指を指し示して二人に教えた

「わあー、有ったね。字が小さくて見え難いね」

香が元に呟いた。


すると中学三年になったばかりの恵が、渡り廊下で体育館に向かう姿を元が見つけた。元の眼と合い、こちらを見かけると遠くから手を振っているのが分かった。隣には同じクラスの子なのだろうか、こちらを向いていた。


その後、愛は校舎一階のクラスに向かい、元と香は式が行われる体育館に入って後部の父兄席のパイプ椅子に並んで座った。既に大勢の父兄達がステージを見守っていた。すると妻の香が長女の恵を見つけると元の耳元で言葉を交わした。そうしている内に入学式が始まり担任と思しき女性教師を先頭に新入生が並んで入って来た。

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