第3話

例年通り翌週の月曜日は専業主婦の香にとっては忙しい朝だった。特に四月初めは最も忙しく慌ただしかった。何時もなら朝五時半に起きるのを三十分早目の朝五時に起きる。着替えると恵のお弁当と朝食作りに始まり、子供達を起こして学校へ行く準備をさせ、忘れ物のチェックまでの様々な雑用をしなければならない。天気が晴れていれば同時に洗濯機を廻し、それに数日もすれば新たに愛のお弁当も作るようになる。でも香に取っては幸せな悲鳴だった。


その子供達も七時半には家を出てそれぞれの学校に向かった。元も子供の背中を追うように出掛けて行った。だが雨が降っていると夫の元だけは車で駅まで見送り、それが専業主婦の役目だと思っていた。それを誇らしく、唯一、自慢できる事と思っていた。その後、誰もいなくなると家事が終る十時頃からジョギングやウォーキングをして汗を流し、そのままシャワーを浴びると同じマンションのママ友と一緒にランチに行ってしばし過ごした。ストレス解消にもなり楽しみにもなった。


だが今日だけは違った。長女と三女の二人が出かけると、香は台所で食事の後片付けをしていた。すると中学の入学式を控えている二女の愛がパジャマ姿のまま起きてきた。木曜日に入学する愛は、母の香しかいない台所のテーブル前に立ったまま言った。

「お母さん、おはよう」

「おはよう、愛。もう少し寝ていたらいいじゃないの」

「だって寝るのも疲れるからね」

「それなら少し手伝ってくれないかな」

「手伝いっていったって何をするの」

「どうせ木曜日から忙しくなるから、その前にお母さんを助けてよ」

「それもそうだね。食事を終わったら手伝うからね」

愛は、そう言うと自分でトーストを焼き、香が作っていた目玉焼きとサラダを食べた。それが終わると部屋に戻りジャージに着替えてから手伝いをした。愛もそうだったが、恵も瞳も小学校四年を過ぎると香を手伝っていた。その日の愛も苦も無く要領よく後片付けをしていた。その愛が一生懸命に手伝いをしていると、突然、母の香は聞いてきた。

「愛、そう言えば新しいお弁当箱を買ったかしら」

母の香はゴミ出しの準備をしながら台所に立っている愛に聞いた。

「新しいのを買っていいの」

愛は慣れない手付きで台所仕事をしながら母の香に聞いた。

「パパも新しいのを揃えたらって言っていたのよ」

「本当、嬉しいな」

「今、使っているのは愛が7歳の時に揃えたのよ。覚えているかしら」

「あのお弁当箱、何時も遠足の時にだけ使っただけ。それに土曜日の活動の時も使ったからね」

「それに愛は中学になると部活もするでしょう。体も大きくなるし、あの弁当箱じゃ小さいでしょう」

「今でも小さいから、その時は他の容器に入れているからね」

「それに運動するとお腹も空くでしょう。恵も足りないと言うのよ」

「へー、お姉ちゃんも」

「そうだよ、終わったら一緒に買いに行こうか。パパも是非、買えってさ」

「お母さん、ありがとう」

愛はパパに似て運動が大好きな女の子。小さい頃から体が動かすのが好きな子供だった。走っても早く小学校の運動会ではリレー選手にも選ばれた。夏になると水泳、ドッチボール等のどんなスポーツもこなし、小学5年生になると初めてバレーボール部に入ると直ぐに選手に選らばれたほどでした。

「愛、それとさー、お昼ご飯、二人で美味しい物を食べようか。恵にも瞳にも内緒だけど」

「お母さん、良いの。嬉しいな。私、何を食べようかなー」

「食べる時まで考えておくんだよ」

そう言うと、香はゴミ出しに降りて行き、愛は急いで朝食の跡片付けを済ませた。


家の手伝いを済ませた愛は、流行りの服に着替えて香の運転する車で新しい弁当箱を買いに街の専門店に出掛けた。それは母と娘の初デートだった。二年前にも恵の時も同じように買いに行った。その時も喜んでいた。残る瞳も二年後には小学校を卒業する。香は、その時も同じようにする積りでいた。

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