第一章
いったい何故こいつらの質感はこんなにも気色が悪いのか。
激戦の末に殲滅したエイチェスのコロニーから死体を回収しながら、デーシックスは内心で毒づいた。
ぶよぶよと妙に柔らかい上に、湿っている。気持ち悪いことこの上無い。だがこんな気持ち悪い死体でも、貴重な肥料となるのだ。こいつらに作物を荒らされた分を少しでも補うためにも、我慢して回収しなくてはならない。
「こっちの回収は完了した。そっちはどうだい、デーシックス?」
同じエクソシスト部隊に所属するエスセヴンが連絡を入れてきた。
「こっちも今運んでいるので最後だ」
デーシックスは応答する。
ユーロパ正統教会の教義では、エイチェスは悪魔に準ずる獣、魔獣とされている。したがって、その駆除は教会のエクソシストにより行われる。
しかしながら教会がどう位置づけようと、エイチェスに祈祷や聖紋の類が効いた試しは無く、その駆除は完全に物理的な攻撃に頼らざるを得ない。したがって、エクソシストとは言っても実質的にやっていることは兵士のそれである。
逆に言えば、別に教会がやらなくても良い仕事ではあるのだが、それをわざわざ担当しているのは、教会の権威を維持するためだろう。作物を荒らす凶悪な魔獣の害から民を守れるのは創造主の御加護を受けた教会だけですよ、というわけだ。
「馬鹿馬鹿しい」
デーシックスは毒づいた。
こうしている間にもエイチェスはどこかで繁殖し、新たなコロニーを作っていることだろう。教会が抱える僅かな数のエクソシストでちまちまとこんな風にコロニーを潰していっても、イタチごっこにしかならない。本当に民を守るつもりがあるのなら、教会への所属の有無に関わらずありったけの戦力を集め、奴らに繁殖の隙を与えないよう一斉かつ徹底的に殲滅する必要があるのだ。
「馬鹿馬鹿しいって、何が?」
エスセヴンの声が脳内に響いてきた。うっかりしていた。どうやら、回線を接続したままで毒づいてしまっていたらしい。
「いや、何でもない」
デーシックスは急いで誤魔化した。
現時点では同じ部隊に所属しているものの、エスセヴンとデーシックスの立場は全く違う。恐らくはこのままエクソシストとしてエイチェスの駆除を延々と続けることになるであろうデーシックスに対し、エスセヴンは教会本部から一時的に派遣されている身だ。生まれからして大きな差がある。言うなれば特別仕様といったところか。
とはいえ、デーシックスは別にエスセヴンに反感を抱いているわけではなかった。本部から派遣されてくる者は大抵、危険を伴うエイチェスとの実戦になど参加したがりはしない。慣れているはずのデーシックスですら嫌悪感を禁じ得ないその死体の回収などもっての外だ。だがエスセヴンは、それらの作業を嫌がりもせず積極的にこなした。本部が自分を派遣したのは、こうした仕事の実態に触れることが民衆を救う上で必要だからに違いない、と言って。
あいつが将来、本部で大司教にでもなれば、教会も変わるだろう。
デーシックスは、そんな期待さえしていた。
「そうか。ところでデーシックス、今日の仕事が片付いたら、僕の部屋に来ないか?」
「どうした、急に?」
「いや、今回の駆除成功のお祝いでもしないかと思ってね。……実はここだけの話、そこらじゃ買えない良質な……エタノールが手に入ってね」
「まったく、お前という奴は……」
デーシックスは呆れつつも、笑いを堪えきれなかった。エスセヴンのそんな一面も、デーシックスが彼を好ましく思う理由の一つだった。
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