乙乃章 四節 譚之二

 すると身体の奥で「ぽっ」と何かが灯るような感覚があった。そして、それが核になり温かい感覚が全身に広がってくるのが分かった。

「わわわ、なんだこりゃ」

 思わず声が出た。というのも、体温が一、二度上がったかと思えるぐらい、爪先から手の爪の先まで火照ってくるのが分かったからだった。顔もポッポして来ていて、手放さずに持っていた袖に慌ててまた水を溜め始めた。いくらか冷たい水を含んだ袖を火照った顔に宛がう。

 さっきまでの歯の根も合わない寒さが消えていた。「行ける」という自信のような気持ちも湧いてきた。温存していた体力を総動員して、再び四肢に力を込めて立ち上がった。

 嘘のように痛みが消えていた。ゆっくりと身体を動かしてみる。指先、腕、肩、首、腰、脚、肢、順番に順番に、廻す、捻る、裏返す。屈伸、柔軟、跳躍。だんだん大きく動かす。

 今の今まで自分の身体がボロ布同然に思えていたのが嘘のようだった。これならば、舞を一幕ぐらい軽く踊れそうだ。

 扉を突破するのにも何の不安もない、その確信が持てた。

 目標の木の扉まで、間合いを測るために改めて歩幅で測った。大股で歩いて四歩。四歩戻って扉の正面に立つ。大きく息を吸う、止める、吐く。もう一度、吸う、そして、吐く。トン、とその場で軽く跳ねて、勢いをつける。

 ザッ、と足許で砂が音を立てた。が、再び扉の直前で音を立てて止まる。調子が合わなくて、躊躇してしまった。

「だめだ! 迷ってたりしたら、破れるものも破れないな」

 自分に言い聞かせて、さっき足で踏み馴らして印をつけた場所まで、行き戻る。

 パン!

 両の手で、自分の頬を打つ。

 息を大きく吸う。そうして、ゆっくり吐く。くるぶしを廻し、視線を扉に合わせる。

 また、トン、と跳ねて、一気に扉に向かう。踏み出した足に力を込める。頭を下げ、右肩の背で扉に体当たり出来るように体勢を変える。渾身の力を込めて、直前で石の床を強く蹴って扉に向かって飛び込んだ。

 ドン!

 気付かれて踏みこまれれば、それでよし。入って来たら、すぐにでも飛び掛かれるように身構えた。扉の陰になるところへ、身体を付けて耳をそばだてる。よし、大丈夫のようだ。

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玉華の舞 伊和 早希 @syatta

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