乙乃章 四節 譚之一


 まず第一は、木の扉の突破。

 それを目標に、体力を温存した。とくに痛いところには、手の平をゆっくり触れて癒す。

 子供のころ、鵜師に教えてもらったのだが、濤族の人間は水に浸した手を患部に当てると癒すことが出来るという、変わった能力があるらしい。悪戯ふざけて、須多爾とも仁帆里とも試したが、確かにほかの二人にはなかった。だから、とても修練がきつかった日は二人にコキ使われた。

「人使い、荒かったなぁ」

 思い出して、独り笑った。

 二人に逢いたい。一刻も早く、舞いを舞いたい。と、思った途端、また笑えた。この期に及んで「舞いを舞いたい」とは。どれだけ、自分は王立劇団中心の生活にはまっているのだろう。でも、いやな気持ちはまったくなかった。

 

 壁から浸み出してきていた水を、衣裳の袖を破いた布で受け、少しづつ溜めた。芯から治るわけではなかったが、それでも最初の頃よりは、かなりましになった。血を噴き出していた頭の傷も、水を含ませたもう片袖を巻いたことによって、かなり癒えたようだ。

 すべてを思い出し、大きな疑念の生まれた今、それを解き明かしたい、と思うことが、今この時を動かす大きな力の源になっていた。そして、二人の友に一刻も早く逢いたい。二人は、この謎の答えを知っているだろうか、それとも自分と同じように謎と闘っているだろうか。いや、二人は鵜師とともにいる、ならば師が謎の答え、あるいは謎を解く術をお持ちなのではないだろうか。

 ふと縷々香は、袖にタプンと溜まった水を口に運んだ。深手の傷と痛みを癒してくれた水を最後に身体にも与えよう、と思ったのだ。外側が癒せるのであれば、内側も癒せるのではないか、確信はないが、そう思った。

 ほのかな明かりしかなかったので、その水が口に含んでいいほどのきれいさを保った水であるのか不明だったし、塵や埃が浮いているのも気になって少し躊躇ためらったが、鼻を摘んで目をギュッと閉じて思い切り飲み下した。

「はあっ」

 気が付いたら、息まで止めていた。歯に、少しだけ砂のあたる感覚があったのを除けば、とくに問題はなさそうだ。

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