乙乃章 参節 譚之廿五

 そこまで言うと鵜師は二人を正面から見据えて話し始めた。

「お前たちに施したのは『空蝉うつせみ』といって音曲おんぎょくの不得手なものに対して行ったことが起源だ。日常的な修練を、無意識下にも刷り込むことによって、既存の能力を増幅させることができる。人には潜在的に本来以上の力が出せる器官が備わっているのだが、多くの人はそれを使う術を知らん。ごく稀に、緊急事態の渦中に発揮できることもあるのだが、人は制御できないのだ。我ら舞曲方は秘伝中の秘伝として、これを静かに伝え来た。しかし、空蝉だけで出来ることは、施される人間によって許容があってな、あくまでもあらかじめの潜在がなければ、あまり大きな飛躍がないことが分かっている」

「では、あれは俺たちの本来の力が源ということ、なのですね」

「うむ、そうだ。お前たちの資質に対して、わたしが永き時を懸けて育み来たものだ」

「あたしたちは最初から鵜師に選ばれていたと?」

「うむ、礫の李梓仁帆里よ。お前は礫の神王の系統を引く者。そして虞夷須多爾。お前は禽の勇者の血を受け継ぐ者。お前たちでなければ、この空蝉は修めることが出来なかったであろう。空蝉は、それを受け入れた者の精神を崩壊させる危険性がある両刃の刃なのだ。わたしの持てる技をすべて写したが、お前たちには、なお精神領域に余地がある」

「と、いうことは、ここに玉花になった時より、このことが決まっていたと」

「遅かれ早かれ阿僧祇を倒すのは敷かれた道なのだ。それこそ、このまま放置できるものでは決してない。しかし、時が必要だった。わたしは由解違を統べた身として、やらねばならぬことがある。琥栖儀の建てた国を、琥栖儀の論じた国へと導きたいのだ。そのためには、縷々香と仁帆里と須多爾の力が不可欠なのだ。わたしも満を持していた」

「あたしたちは、どうすれば」

「うむ、まずは潜在との融合を行う。そして、力の制御を会得してもらう。つねに水面みなもの下で事を成してきたと思っていたが、先刻の急襲を思えば、我等の存在はすでに把握されているようだ。と、言うことは時間の猶予がないということだからな、かなりの荒療治になるぞ」

「もとより承知の上です」

「あたしも覚悟はできています」

「まずはここを引き払う。この情勢下にあっては今までこの王立劇場に留まり居れたことこそ稀なこと。しばらくは浮民として各所を流浪することになる。身の周りの物もすべて捨て行くぞ」

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