第24話

アビが首都に戻ってまもなく、マヤの皇帝からは長い詫び状と礼状が届いた。

やはり侵攻は地方軍の独断だった。しかし、飢える民を捨て置けなかった義勇軍ともいえる。父皇アグリは処分の軽減と、麦をどう配分するのかを問う返書を出した。

マヤの皇帝はさほど聡明ではないが愚鈍でもない。返信には地方軍の恩赦及び、麦の計画的な栽培・配分と難民の流出に対する対策が記されていた。これなら麦を提供してもいいだろう。


父皇アグリと話し、麦を使いに持たせてほっと一息をついた。


テムルはどうしているだろう。

あんなゴタゴタのさなかに伝えたことを覚えていてくれるだろうか?

好きだという気持ちをただ伝えてしまい、何の約束もせぬまま戻ってきたことが悔やまれる。本来ならアビが行く必要はなかったのに無理に出発したために急いで帰らねばならなかった。


どうにかしてテムルに会いにいく時間が取れないかな、と考えていたところに手紙が来た。ナミ領のゴタゴタが全て片づき、領地が落ち着いたので新領主テムルが皇室に御礼に伺いたいとあった。

テムルに会える。

アビは待ち切れない思いで返信を書いた。



首都の町並みが見えてきて、テムルは馬上でアビへの思いを振り返っていた。2年半前、初めてここに来て出会った。えらそうな少年だと思ったんだったな、と苦笑する。アビに励ましてもらい、領主になろうと思った。自分が領主としてここに来ているのがまだ信じられない。

そして、アビの言葉を思い出す。誰とも結婚するな。テムルのことが好きだと言っていた。

信じられないが、何度思い返してもそう言っていた。考えすぎて、妄想だったんじゃないかとも思うが、どうやら本当にあったことなのだ。


テムルもアビのことが好きだが、誰にも渡したくないなどと言ってはいけないと思っていた。

アビ様のことは国民みんなが大好きだし、アビ様のパートナーはきっと美しい女性なんだと思っていたからだ。

正直ヨナと二人で似合っていた様子はもやもやしたし、自分だけとの時間は永遠に続いてほしいと思っていたが、あんまりその事を考えないようにしていた。非現実的だからだ。


アビの美しい髪や触れた頬、におい、あらゆるものが特別すぎてテムルにはうまく飲み込めない。

アビに会ったら、自分はどうなるんだろう。

考えながら馬を走らせていたら、城門はもう目の前だった。


馬を降り、門番に用向きを伝える。

最初に少し怪訝な顔をされたものの、今日城につくことは手紙で知らせてあるためすんなりと通された。大きな門をくぐる。

「テムル…!」

息を切らせた皇子が走ってくる。

金の髪がキラキラときらめいている。先月会ったばかりなのに、何だかテムルは泣きそうになった。

「アビ様…!」

思わず馬を降りて駆け寄り、抱き合う。

「よく頑張ったな、テムル」

「…はい…!」

ただただ、アビに会えて嬉しい。

「マヤの皇帝も無事に折れたぞ。大きな貸しを作れて父王も満足してる」

テムルは驚いて顔を上げる。

「本当ですか?」

「本当に決まってるだろう。向こうに断る理由はない。難民も残った家族も飢えさせないよう約束してくれた」

すごい。アビ様は本当にすごい。

思ったことが口に出ていて、聞いたアビは笑って言った。私じゃない。今回の事は父皇が考えたんだ。私はジェマと開発した麦の報告をしただけだ。それとて、皆で話したことだろう?

アグリ様もすごいけど、そう言うアビ様がまたすごい。テムルはもはや感動しかない。


いつまでも抱き合って話す二人を、従者も門番も見てみぬふりをし続けてくれている事に気づいて、テムルは参りましょう、と言った。

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アビ皇子の執着と戦略 宮原にこ @Goro56

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