第2話 はじまりの朝に

 青年の声が耳に届いた瞬間、私の意識は一気に覚醒した。

 それは、青年の声が大きかったからでも、その声が悪意に満ちていたからでもない。

 その声自体が、私の待ち望んでいた声とは程遠い、現実のものだったからだ。

「あなたは……」

 自分の脳内に溢れ出す疑問を整理することができず、唯一その言葉だけが口から零れ落ちた。

「そうだね。自己紹介がまだだったようだ。私は、この屋敷の主にして、この領土の納める者。名をアクロスという。この街の住民からはクロと呼ばれているよ」

 青年はその見通すような目で私を捉え、そう口にした。

「それでは、次に君の名前を教えてくれるかな?」

「私は……。私の名前は……」

 記憶が混乱しているのか、自分の名前が頭から浮かんでこない。

「大丈夫。ゆっくりでいい。落ち着いて思いだしてみるんだ。君はなんと呼ばれていた?」

 私を呼ぶ人……。父。父は私をなんと呼んでいた? 父は……。父は……。

「シロ……。私は父からシロと呼ばれていた……はず。名前は……シャロム」

「シャロム。シャロムか。いい名前だ。じゃあシャロム。君はどうしてあんな道端で倒れたんだ?」

 道端で倒れた。その言葉を聞いて私はすべてを思いだした。父が死んだこと。生活ができなくなってしまったこと。変なおじさんにあったこと。そして、綺麗な粉雪と青年を見たこと。

「私は……」

 グゥ~――

 と、全てを打ち明けようとした時、その一歩手前で私のお腹は警告を告げた。

「ははっ、そうか、お腹が減っているのか。では、何か食べ物を持ってこよう。何かリクエストはあるかな?」

 自分の顔が熱を帯びていくのがわかる。しかし、私の感情とは裏腹に私のお腹は再び警告音を鳴らした。



 温かいシチューがこんなにもおいしく感じるとは予想外だった。

 あの話の後、結局私は料理を貰うことにした。しかし、そこでは料理の名前を告げず、ただおすすめで温かいものを、とだけお願いしていた。その結果運ばれてきたものが、まさにほっぺが落ちるという言葉が適切であろう、このシチューだった。

「こんなことを聞くのは野暮かもしれないけれど、口に合ったかい?」

「はい!」

 無我夢中でシチューを食べる私を見て、クロは嬉しそうにしていた。

「さて、それじゃ、本題に戻ろうか」

 私の食事が終わり、一息ついたところを見計らって、再び話が始まった。

「ではまず、先ほども聞いたけど、君はどうしてあんなところで倒れていたんだ?」

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墓と少女 文乃漆 @huminourushi

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