第1話 主との出会い
私の父は腕の立つ猟師だった。
父は2カ月ほど前、2つ離れた村へと仕事に出ていた。
獲物はここらでは見かけない大物の狼で、村の畑を荒らされて困っているとの依頼が、たて続けに私の住むこの街に来ていたそうだ。
そこで、そういった案件を放っておくことの出来ない父は、二山越えてその村へと足を運んだ。
しかし、その後何日経っても父が私のもとに戻ってくることはなかった。
父は出かけて丁度1ヶ月後に、顔半分と骨だけの姿で発見された。
もちろんそれを見た私は嘆き、苦しんだ。同時に生まれた感情は、これからの生活への不安、そして自分がこれから歩む道への恐怖だった。
しかし、そんな私を差し置いて、時間は止まることを知らずに流れ続けた。
まだ幼い私は、母が私を産んですぐに死んだこともあり、父から家事全般の手解きを受けていたので、始めのうちは父が残してくれたお金を使って何とかやり繰りしていくことができた。
だが、それも長くはもたなかった。家賃の集金や食事代などで父が残したお金はたった2週間でなくなってしまった。
それからは家の様々なものを売り払い、何とか1週間耐えきったが、所詮その程度しか期間を延ばすことはできなかった。
私は働こうと街の様々な場所を訪れた。しかしどこも私のような子供を雇ってくれる場所はなかった。
父が死んで1カ月が過ぎようという頃。私は家からも追い出され、ここ3日間何も食べていない日が続いた。
その期間、様々な思いが頭の中をよぎった。私が生き続ける意味とは何なのだろうか。いっそ死んでしまえばいいのではないだろうか。死ねば両親に会えるのではないだろうか――
しかし、私は死ぬことができなかった。父は命をかけてお金を稼ぎ、私を育ててくれた。つまり、それだけで私には生きる意味がある。幼いながらにそこまで思い至ってしまった。
底冷えする街の片隅でうずくまりながら、生き残る方法について考えていると、1人の男に声をかけられた。
「ここで何をしているんだい? 君が頼るところがないのなら、私が君を最大限まで引き出してやろう」
その男は中年のおじさんで、優しいほほえみと共に私に手を差し伸べた。
もちろん私にはそれを断る理由も存在せず、その延ばされた手を掴んだ。これで生きて行けると思った。
しかし、現実はそう甘くはなかった。男に連れて行かれた場所は、私が思い描いていたようなこじんまりとした家ではなく、路地裏だった。
「あなたの家は? この辺りにあるの?」
私は自分の中に湧いた疑問を口に出した。その瞬間、男の態度は急変した。
今までの温かみのある笑顔から一転し、私を見る目が大きく変わった。
差し出すお金。頼み込む男。私の目の前にはそんな光景が浮かんでいた。
「うん」
私は自然と二つ返事で男に応えていた。
生活のために死んでいった父。私を育ててくれた父。私を産んでくれた母。そんないくつもの罪悪感という名の感情が私を支配したが、生きていくためのお金には代えられなかった。また、こんなところまで連れてきておいてお金を出す男に、この時は余裕を感じていたのかもしれない。
男は貪るように手を伸ばした。男のいやらしい手が私の胸に触れた。瞬間、背中には想像を遥かに絶する寒気が走り、両手がとっさに自分の体を庇う。
「どうしたんだい? さあ!」
私は汚される恐怖を知らなった。
ただ胸に触れられた。それだけのことが私には耐えられなかった。
私は走った。決して振り向かずに、何もかもから逃げ出すように全力で走った。真っ白になりかけの頭の片隅では、差し出されたお金だけは掴んでくればよかったと後悔が残っていた。
それからしばらく走り、意識が遠のくのを感じながらも大きな通りにでる。辺りの景色に見覚えはなかった。しかし、そんなことはどうでもよくなるほど、私の体力は限界を迎えていた。
いつからこんなに体力がなくなってしまったのだろうか。この間までは父と走り回っても全く疲れることなんてなかったのに……。
揺らぐ意識の中、そんな父との思い出が走馬灯のように甦る。
これが死ぬということなのだろう。そう悟った私はゆっくりとその目を閉じた…………はずだった。
「君、大丈夫かい?」
耳元で声がする。
「おい、大丈夫か?」
その声は徐々に険しいものになっていき、私に先ほどと同様の恐怖を駆り立てるが、私にはもう逃げる気力すら残っていなかった。ただ、わずかに残った体力で薄目を開けると、辺り一面に雪が舞っていて、片隅には顔の整った青年がいた。
どうりで寒いわけだ。でも、温もりも感じる……。
それだけを確認すると、若者の声が遠くなっていき、私は気を失った。
気が付くとふかふかのベッドの上にいた。
目を開くと広い天井があり、そこからさらに視界を広めると、そこが大きな一つの部屋であることがわかった。
これが天国なのだろうか。大きな家に暮らすことが夢である私はそんなことを考えた。
夢ならば父と母に会える。父にはなんて謝ろうか。母に会うのは……これが初めてだ。なんて挨拶したらいいだろうか。と、宛てもなくさ迷う意識の中で
ガチャリ――
すると、そんな考えに応じたように扉が開く。
なんて言おうか。その考えがまとまらないまま、私は開いた扉に注目していた。
「おはよう。無事起きれたようで何よりだよ」
しかし、その私の期待を裏切るように、私の前には青年が現れた。
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