そしてぼくは「はあ」と言い、修正作業に戻った。

太刀川るい

そして僕は「はあ」と言い、修正作業に戻った。

「よう子!恋愛呼吸を整えるんじゃ!!恐怖を克服すれば呼吸が乱れることはない!安定した呼吸と収入こそが女子力の源!」

「わかりました!」よう子はまだ見ぬ彼ぴっぴを思い描きながら万感の思いをこめて息を吸う。コオオォォォという呼吸音とともにモテカワスリムボディを愛されオーラが駆け巡っていく。今こそ、自分磨きの成果を見せる時。ごぶさたガールを卒業するのだ。女子界で五本の指に入る女子力がよう子の右手に集中する。ハートの圧力に耐えきれない恋心が漏れ出し、合コン会場をぼんやりと薄桃色に染め上げる!

「うおおおおおッ!受けてみろッ!この私の桃色の片思いブロッサムピンクオーバードライブ!



 そこまで目を通した時点で、部長のハリセンがぼくの頭へと飛んだ。しかしその軌道は完璧に見切っている。荒ぶる紙束を最小限の動きで回避し、そのまま素早くメガネを直して見せる。

「なーによこれッ!」

「何って、こんどの部誌にのせる作品ですが」

「わ た しゃ、レンアイ小説を書けって言ったのよ。なんでバトル物になってるのよ!」

「いやぁ、気づいたらつい」

「気づいたらってねぇ……」

「多分正月休みに奇妙な冒険を一気読みしたのが原因かと」

「大体モテカワスリムボディって何よ」

「えっ? 知らないんですか? 部長。今チマタで人気のモテカワスリムボディを? 声に出して読みたい日本語トップクラスのモテカワスリムボディを?」

「後半英語でしょ」と部長は言った後、確かに語呂は良いけれどと付け足した。


「今度はいけると思ったんですけれどね……」

「うん、まあ、前半は良いと思ったわ。恋愛呼吸の修行を始める当たりまではね」

「前半っていうか、それ冒頭2行までですよね」

「だからその2行は良かったって言ってんの。

 ……なーによその満足げな顔は。書き直し!」

「これで5回目ですよ。何回書き直させるんですか」流石に疲れてきたのでぼくは口を尖らせて抗議する。

「公共の場にだせるものが出てきてからよ」

「だったら、一番最初の奴でいいじゃないですか」

「だめよ!」部長の頬がほんのりと赤くなった。

「だってあれ、主人公がわたしと同じ名前じゃない」

「部長がキャラクターは実在の人物をモデルにしろって言うから……」

「だからと言ってわたしを使うことはないでしょ! しかも名前だけ! こういうのは名前はぼかして性格だけ参考にするものなのよ」


「だから第2作目ではその手法を使ったんですよ。そしたらまた先輩怒ったじゃないですか」

「だって、わたしモデルのキャラクター、ゴリラじゃない」

「登場人物がほぼゴリラだからしかたないじゃないですか。ていうかよく自分がモデルってわかりましたね。ウホホホぐらいしかセリフ無いのに」

「そうね、突っ込むべきはそこだったわ。とりあえずゴリラは禁止よ。ていうかなんでゴリラだったの?」

「丁度DKコインを全部集め終わったあたりだったのでそれですかね」

「暇なの?ていうかあんたは最近読んだ本やらゲームやらに影響受けすぎよ」

「そうなんですかね……」

「もしかしてなんだけれど、3作品目が失恋を知りたいという理由で全世界から集まったモテすぎ罪で投獄された愛されガールによるバトルロイヤルだったり、4作品目が彼氏をかけて麻雀で勝負したりする話だったりするののなんかの影響だったりするの?」

ぼくは、ちょっと考える。なんとなく心当たりがある。


「まあ、ありますかね」

「1作目は?」

「うーん、これは……そう丁度恋愛ゲームをクリアした時期だったので」

はぁ~と部長はため息をついた。

「だったら、1作目でいいわ。でも名前は変えてね。恥ずかしいから」

「わかりました!」ようやくGOサインがでたのでウキウキしながら直しにかかる。

まったくとつぶやいて部長は椅子に座った。


「ところで、あんたのやったゲームってどんなゲームだったの?」

「まあオーソドックスな恋愛ゲームなんですけれどね。まあ、ちょっとおかしなところがあるんですよ。主人公がありえないほど鈍いやつでしてね。とにかく女の子からのアプローチを無視する無視する。流石にこんなのありえねーよ!って深夜に窓を開けて叫んでしまうレベルの鈍感野郎なんですよ。はは、リアリティがない設定ですね」

ぼくがそう言うと、部長は、ふと笑みをこぼした。

「そっか。リアリティの欠如か。ん、まあ現実にもそういう鈍いやつってのはいるから、解らなくもないけど」

「何か面白いことありました?」

「いや、なんでもない」と言ったきり、部長はまた黙ってしまう。

僕はまた修正作業に戻った。といってもctrl+Rで、部長の名前を適当な名前に変えて、表記ゆれを直すぐらいだけれど。


「所であたしのはどうだった? 昨日渡したやつ」しばらくして部長が口を開いた。

「ああ、あれですね。いや、すごい面白かったですよ。普段威張っているだけはあると思いました」

「威張ってるのは余計よ」

「主人公の心情が面白くて、可愛いですよねあの主人公。相手方も良かったですね。

特にあの直ぐに影響を受けちゃうなまいきな眼鏡の後輩が。そう言えば、結局最後はぼかす形で終わってましたけれど、主人公の後輩に対する告白って結局うまくいくんですか?」


突然部長は静かになると今まで見たことのない顔をして僕の目をじっと見つめた。スチーム暖房のキンキンという音だけが部室に響く。

しばらくそうしていたかと思うと、部長はふっと微笑んで言った。


「そうね、あなた次第ね」

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そしてぼくは「はあ」と言い、修正作業に戻った。 太刀川るい @R_tachigawa

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