3ー4

 妻城さいじょう先輩の本音を聞かなかったことにした俺は、渡されたラジオの台本チェックを賑やかな女子トークを盗み聞きしながら作業していた。

 誤字脱字のチェックをするとはいえ、どう見てもプロが作った台本に誤字脱字などあるわけがない。強いて言うなら日付程度だ。


 それでも手伝いは手伝いなので、かなりある台本のページ数を次々に捲っては捲り、手を抜かずにチェックをしていく。数分前に誰かが口にしていた簡単ですね、という言葉を俺はものすごく呪いたい。誰だ、言ったやつ!


 まだふざける余裕はある俺だが、流石に脳内は余裕でも目はそろそろ休憩を入れなければ限界だ。台本をチェック中のページを見開いた状態で膝に乗せ、息を吐きながら天井を見上げた。


「そんくらいでお手上げだったらお前にも一人でやらせるぞ?」


 妙に本気っぽいところが恐ろしい。それでも目は限界なので未だに天井は見上げたまま。目は天井を捉え、耳は女子トークと台本を捲る音を捉えた。

 女子トークは時間が経つに連れ華がなく、むしろ段々ウザいと思えてきた。落ち着け、と自分に言い聞かせて再び台本と向き合う。


 ラジオはラジオで台本に重みがあるのを感じながら一生懸命チェックを怠らない。

 それから十分ほどが経ち、やっと台本のチェックが終わる。開放感と達成感を久々に味わうことができ、満足満足。


「台本チェック終わりました」

「ん、ありがと。そこに置いといて」

「あ、はい。······って、先輩は二冊目。しかも後数ページですか······」


 経験の差というものを初めて真に受けた。悔しい、と思いながらもそこまで妻城先輩と真剣に対峙しようとは全く思いもしない。むしろ勝ち目などあるわけがない。あの妻城先輩だ。対峙するだけ時間の無駄だ。


 チェックした台本を指示された場所に置く。やはり台本は分厚いな、と一人言のように呟く。一瞬、妻城先輩が俺を見た気がしたが気のせいだろう。

 よし終わり、と近くから声が聞こえた。それと同時にパタ、という紙と紙が重なる小さな音も聞こえた。もちろんそれは妻城先輩が立てた音。その音が途切れないよう俺が言葉で繋ぐ。


「お疲れ様です。先輩」


 口を開かず微笑みで俺に返す。女子らしい、と初めて思ったが口にするなど出来るはずもなく、俺も微笑んで返した。バレていないか、ビクビクしてたが妻城先輩の言動に変わりないことから、バレていないと判断する。


 やることがなくなった俺は未だに続いている女子トークをしている二人に注目した。まずひとつ言えることは、俺が入る余地はないこと。女子トークと言っているから男の俺が入る権利はないが······。

 それでも会話の内容は嫌でも耳に届いてしまう。特に今のは会話は聞きたくなかった。


「わっくんの友達や幼馴染、ましてや彼女じゃないんだから一宮いちみやさんに拒否される権利はないよね?」

「ええ、ないわ。でも、あなたも友達と言うだけで、彼女じゃない。違う?」

「だから? 先約はあたし。デートの一つや二つでどうこう言われたくない」


 デットヒート中の女子トークを前に俺はもう笑うことしか出来ない。そんな俺を見てか、妻城先輩は制服の袖口を引っ張って廊下を指差した。

 その意図を読み返事で頷き、デットヒート中の女子トークから逃げるよう部室から去り、妻城先輩としばらくの間行動を共にした。



 行動を共にすると言っても、放課後の人が少ない食堂でお茶をする程度だが······それでも部室に戻るまで一緒にはいた。それは事実。


 食堂は放課後も開いてるは開いてるが、厨房は昼休みだけなので基本的にテスト期間以外は人が全くいない。それでもたまに例外で文化部が作業でここを使う場合もある。だが、その例外もなく本当に今日は人がいない。だから今は妻城先輩と二人きりだ。二人きり······。


「確か、紅茶好きだよな。昨日のあれを見たら······」


 自販機でお茶と紅茶を買い、妻城先輩のいるテーブル席へと向かう。

 外からの光で長い黒髪が艶やかに輝き、その人物自体を魅了させる。綺麗、美しいと言った単調な感想しか思い付かないがそれも仕方ない。何故なら、思考すら止められるほどその人物に魅了されるのだから······。


「何、ボーッと突っ立ってんだ。鹿代かしろ?」

「な、何でもないです。ーーどうぞ」

「悪いな。後輩に奢らせて」


 いえいえ、と低姿勢で紅茶を渡し、妻城先輩の向かい席に座る。

 買ったお茶を早速口にし、カラカラの喉を潤す。ゴクゴク、というお茶が喉を通る音を立てながら勢いよく飲む。


「ぷはぁ······」

「ふふ、無邪気な子供みたいだな」

「どこがですか?」

「まさにそれ! 拗ねるところとかな、ははは!」


 笑いながらからかう姿に少しムカついたが、先程の魅力を思い出し心を静める。妻城先輩の本当の一面はどれなのか分からないが、俺とこうして普通に会話出来るのだから妻城先輩の一面など関係ない。


 俺をからかい終わった後、妻城先輩は渡した紅茶に手をつけた。先程の魅力さはもう完全に消えている。いつも通りの妻城先輩。

 紅茶を飲み、一呼吸すると核心をつく話を切りかかってきた。


「あれは酷いよ。あれは」

「あ、あれって?」

かえでちゃんのことだよ」


 その言葉を聞くと共に嫌な汗がじんわりと背中を流れる。ごくり、と固唾を飲み妻城先輩の話を聞く。


「······いきなり目の前で、イチャイチャすればそれはもう、私でも怒るよ」

「う、やっぱりですか? って、何で知ってんすか?」

「ははは、そんな些細な情報は簡単に手に入るんだよ。私は色んな情報を持ってるよ? 例えば、君のお姉さんのこととか?」

「ど、どうやってそれを?」

「だから言ったよ。そんな些細な情報は簡単に手に入るって」

「いやおかしいでしょ。だって姉ちゃん本名公開してないですよ? いくら本名から新しい名前作ったとしても······普通は気づかないでしょ?」


 そう? と何故か頭良いアピールをしてくるところがムカつく。

 それよりも、だ。この先輩は本当に恐ろしい。両方の意味でヤバイ人だ。


「犯罪はしてないよね?」

「先輩にタメは流石にまだ早いぞ後輩。ーーふふ、もちろん安心しろ。職員室から君の個人情報を見ただけだ」

「安心しろの意味は⁉ てか、完全に犯罪ですよ⁉ 警察呼びましょうか⁉ うん、呼びましょう!」

「何、一人で熱くなってる。安心しろには続きがあるぞ」


 続き? と首を傾げながら聞くと、そう、と前置きしてから答えた。


「そうーーもちろん安心しろ、全てフィクションだから······多分」

「多分て何⁉ 安心できねえよ!」


 ほんと恐ろしいわ、この先輩ーー腹黒女は。


「ま、鹿代のお姉さんのことは実を言えば、茉優まゆちゃんに教えてもらったんだけどな」


 茉優ちゃん。つまりは池沼いけぬま先生のことだろう。ーーいやいや、教師のあの人何やってんの⁉ 生徒に他の生徒の個人情報教えるとかおかしいでしょ⁉ 姉がいるくらいは教えても、職業まで教えるのは······もうダメだ。頭痛い。


「鹿代大丈夫か?」

「ええ、大丈夫です。頭に血が上りすぎただけですから。はは」


 苦笑いで誤魔化してるがはっきり言って大丈夫ではない。でも、怒りをぶつける相手は目の前の腹黒部長ではない。ぶつけるのはおバカ教師のあの人だ。今すぐに職員室行きたい。

 荒ぶる気持ちを苦笑いで誤魔化しながら妻城先輩の会話を聞き続ける。


「まあ、これはあくまで私の一人言だが······」


 何かを躊躇ためらっている様子が見てとれる。

 一人言、その言葉にも何か意味をもたらしていると思っていたが、一人言の続きでそれはないと断言できる。その理由は·······、


「確か、楓ちゃんは『冬代ふゆしろ鹿乃かの』って人の大ファンなんだよね······。そうこれは一人言。一人言ね」

「一宮さんに無視されるのヤダからって、一人言っていう保険かけるとかズルッ!」

「君は······もう少し、先輩を敬う気持ちはないのか?」


 ピクピクと眉が動いて怖いがここで逃げたら男ではないぞ、鹿代航流わたる。でも······正直に言えば、妻城先輩を敬う気持ちは全くない。あははは······。


「なるほどな。これは昨日みたいに教育する必要があるな?」


 ······ゲッ、心の声漏れてた⁉ それとも表情に⁉

 その後、骨を鳴らす音が開始の合図のように十カウント鳴り響くと、オニという一面を見せて妻城先輩に教育が施された。

 訂正しよう。俺の寿命は十年ではなく、二十年縮んだと······。

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カラフル・ストライク 薔薇宮あおい @red-flower

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