第七話 反抗進撃

 ユッタヤーの都市カンチャーにて、五万の兵がそれぞれで宴を開いている。

 酒に酔った彼らは、勝ち戦における自らの武勇伝を語り散らかす。歌を歌い出す。

 それは勝利にふさわしい景気であった。


 ヌイの率いるこの軍勢こそが、昨日の会戦で一万の犠牲を払い、八万のウグー主力部隊を殲滅し大勝を得たのだ。


 そして明日はウグーに占領された要塞都市サイヨーカを奪還するべく西進する。

 カンチャーからサイヨーカまでは一日ほどで、サイヨーカから二チュアン(およそ二時間)のところに河川が縦断している。


 その夜、指揮官用の兵舎でヌイはカワエヤ会戦に関する報告書を読んでいた。

 やはりその大勝は《電撃ファローン》の大成功が由来していると結論づけられている。


 サイヨーカを奪還する参考にすらにらない。

 ヌイはそう舌打ちする。


 今回は《電撃》が通用しないからだ。

 捕縛ほばくしたウグー兵によると、カンチャーには七千の兵がいる。

 彼らが外に出て数万もの軍勢と正面衝突するとは考え難い。


 おまけに書類上ではサイヨーカは頑丈な防壁が構えているという。

 一応として攻城のための破城槌を用意しているが、所詮は丸太に尖った金属をつけただけの代物だ。

 それだけではサイヨーカの門を破るのは難しいだろう。

 しかも皮肉なことに、どうウグー軍がサイヨーカを攻略したのかが不明だ。


 ──少ない犠牲で、できるだけ短く……


 ヌイはそんな課題を自らに与えていた。

 犠牲を少なくするのは当然。

 短期に攻略したいのは、作戦中に援軍が来られると厄介だからだ。


 ヌイは引き続いてカワエヤ会戦の報告書を睨む。

 そこには捕虜の数も──


 その時、ヌイは閃いた。

 進軍がいくらか延びてしまうが、「少ない味方の犠牲で短期に攻略する」作戦を。


 ヌイは伝令兵を走らせ、その日はもう寝ようとする。

 その時だった。


「失礼しますわ」


 そう言って、ヌイの自室入って来たのはスリーヤだった。

 ヌイは即座に立ち上がり「殿下、何の御用でしょうか」と受け答えた。


 するとスリーヤはにこやかに、


「昨日のことを称賛しようかと思って」


 と言い、ヌイに椅子に座るよう促した。

 二人とも座ると、先にスリーヤがヌイに聞いた。


「ヌイさんはどこの出なのですか?」


 ──昨日のことはどうしたのだろう……


 そう困惑しながらもヌイは正直に応えた。


「首都から北西のチャイナークの出身です」


 チャイナークとはは何の特徴も無い田舎街だ。

 それでもスリーヤは「まぁ、なかなか良さそうなところ」と受けて、「どんな場所でしたか?」と食いついた。


 その後も、深夜に至るまでスリーヤはヌイのことについて聞き続けた。ヌイの故郷、人生、歩兵時代の話など……


 ヌイの人生など、面白い要素など無いとヌイ自身が思っている。


 ロッブノーの田舎で米の田植えをして幼少を過ごし、十七になって当初は出世が目的でユッタヤー軍に志願した。

 でも隣国の支援などによる遠征ばかりのユッタヤー軍では、出世など出来もしないと悟った。

 だが、田植えよりは多少はマシと思い兵役を続けていた。

 そうしたら突然、西のウグー王朝の侵略を新兵たちと共に阻止する羽目になってしまった。

 そしていつのまにか将軍になっていた。


 だがそんな話にも、スリーヤは興味深そうに食いついていた。


 時は深夜になり、スリーヤは一度あくびをこぼす。


「ヌイさんはとても面白い方なんですね!

 でも残念ながらそろそろ寝ないといけませんわね……

 話の続きはヌイさんが帰ってきた後にしましょう」


 と言って去った。

 結局、昨日の会戦のことは一つも話していない。


 ──何だったのだろう……


 そう疑問に思いつつも、ヌイは眠りについた。


 ◎


 その頃、ヨーシフは自分の自室で、机の上に置いている手を震えさせていた。

 昨日の会戦のことだ。


 ユッタヤーの脅威であったウグー主力部隊に圧勝し、負け続けのユッタヤー軍を進撃へと導く。

 その青年に対し畏怖に近い感情を覚えていた。


 これまで自分は元帥として、馬鹿な将軍らに合わせた作戦を組み立ててきた。

 その結果、勝率が断然と下がり負け続けたが、『ウグー軍は強力である』という結論にかばってもらったのだ。


 だが、あの青年──ヌイ・チェンマットはそれをくつがえした。

 新たな戦法で敵を翻弄し、しかも将軍たちに課せられた仕事は単純だ。


 敵の士気が下がったのを見て突撃を命じるだけ。

 これすらできない愚かな将軍もいるものだが、その仕事はヨーシフにとって不気味すぎるほど簡単で退屈なものであったのだ。


 彼ならユッタヤー王朝に勝利をもたらすのかもしれない。

 彼はそれを恐れていた。

 自分の元帥としての地位という意味で。


 ヨーシフは今夜は眠れず、ずっと机の前で座り尽くしていた。


 ◎


 翌朝、四万のユッタヤー軍はカンチャーの防壁にある西門の前で整列していた。


 彼らは全て歩兵、そのうち半分が常備兵、残り半分が徴兵されたばかりの新兵だ。

 カンチャーの滞在中はあるていど訓練させたが、それでもまだ足りないものであった。


 防壁の上から、ヌイが兵たちを見下ろしていた。

 その姿を、四万の兵のみならず、ヌイの武勇を聞いた住民達もつどって見ていた。


 そしてヌイは短い演説を始める。

 カワエヤ会戦前のような緊張は、もう消えていた。


「本日! 我々は反撃の権利と義務を与えられた!

 これは決して、恵み物ではなく! 我々が己の血と剣で得たものだ!」


 それを聞いた兵たちは気分を高揚させ、歓声を上げた。


「今こそ一歩を踏み出す時である!

 かの卑劣なる侵略者を追い出し、このマカラ半島は誰のものか! 証明しよう!」


 その呼びかけに住民たちまでもが喊声かんせいを吹き起こした。

 その熱気が伝播し、家畜たちまでもが叫びを上げた。


 そして四万のユッタヤー軍勢は、『捕虜のウグー兵を連れて』西進を始めた。


 ◎


 要塞都市サイヨーカへ向かうヌイの軍勢は、サイヨーカの川の東で野営。

 その翌朝には川を越した。

 ここまで奇襲を受けなかった。


 そして現在、サイヨーカより半チュアン(およそ三十分)離れた丘の上にに幕舎を建てて待機している。

 もう少しで昼、という時間だ。


 爽やかな風に吹かれる中、ヌイはそびえ立つサイヨーカを眺めていた。

 太陽に照らされたその都市の防壁には、ウグーの兵がこちらを睨んで備えているのが伺えた。


 そんなヌイに向かって、マーヒンが問いかけた。


「ヌイ殿、そろそろ、でしょうか……」

 その顔は恐れていた。

 普段の陽気さとの対照で違和感を感じざるを得なかった。


 だが、それも仕方がないこととヌイは割り切っていた。

 これから決行する作戦は、そういうものだからだ。


「ええ、編成を願います」


 そう言うとマーヒンは黙って幕舎の方へ向かう。

 しばらくして、軍の編成が完了した。


 一万の先行部隊と三万の本隊に別れ、先行部隊がサイヨーカに進軍を開始した。

 彼らは弓矢を持っており、そこには破城槌と、捕虜ウグー兵が千人連れられている。


 そして先行部隊がサイヨーカからの射撃が届かない境目で停止する。

 すると兵たちは捕虜たちの拘束具をほどいたが、代わりにその腕を破城槌に縛った。

 そして彼らに言い渡されたのが「門を開け。逃げたら撃つ」という脅しであった。


 捕虜たちは最初は困惑していた。

 だがユッタヤーの兵たちがこちらに弓を構えたのを見て、否応無しに進み始めた。


 そして防壁のウグー兵は更に困惑していた。

 同胞を撃てというのか、といわんばかりの顔を示している。

 そこから先行部隊からワンター語で呼びかけられる。


「不法ながらユッタヤー固有の都市サイヨーカを占領する者どもよ! 猶予をやろう!

 今すぐその門を開き、その捕虜らと共に祖国へ帰るが良い!」


 しばらくして、捕虜たちが門を叩き始めた。

 その衝撃から来る轟音は、丘の上の幕舎にいるヌイにまで聞こえた。


 彼はその光景を眺めていた。

 やりきれない気持ちを顔に示して。


 たちまち、門は開かれた。

 それは捕虜たちに粉砕されたのではなく、サイヨーカを占領する兵たちが開けたのだ。

 すると、彼らが白旗を掲げ中から出てきた。


 そして彼らは先行部隊に指示されて捕虜を解放、そして西へ退却した。

 先行部隊はサイヨーカに入っていき、しばらくすると歓声が響いた。

 それは兵たちのものと、住民たちのものでもあった。

 次に本隊が入って行き、また歓声が起こる。


 ──捕虜を三百人で、都市を一つか……


 そう言ってみると大勝だといえる。

 だがヌイにはこれが卑怯な手じゃないかと躊躇った。


 だれも血を流さずに事が済んだ、両者にとっても幸運なことだろう。

 そう割り切れずにいたのだ。



 こうしてユッタヤー軍はサイヨーカを奪還、そして初の進撃を遂げたのだ。

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セーンの民族指導者 皐月プラヤー @scar9640

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