番外編 『こいこい! 菊乃の恋』

春になって桜の季節が訪れた。


親友の桜にも彼氏が出来て春がやってきた。

クラスでは大人しくてバスケ部でも補欠で目立たない地味な奴だと小馬鹿にして笑っていた桐山だ。


でも実際の桐山はわたしが思っていた奴ではなかった‥桜の一途な想いと人を見る目の確かさには正直脱帽した。


二年生になっても桜は桐山と同じクラスになって、バスケ部のマネージャーを引き受けて、幸せいっぱいなんだな‥


鶴松や猪野萩とはクラスが分かれてしまって、わたしは一人ぼっちになってしまった気分だった。


その日も授業が終わると一人で学校を出て仙川駅に向かって歩いていた。


桜が葉桜になって花びらがゆっくりとしたスピードで散っている。


駅の改札に入り、下りホームへの階段を降りて行くと、


「あれ?」


わたしはホームに落ちている手帳に気が付いて拾い上げた。


これって‥うちの学校の生徒手帳じゃん!

こんなの落とすなんて、誰なんだ?


手帳を広げて中を見ると学生証まで一緒に入っていた。


一年生のか‥まったく何考えてるんだか‥

仕方なく手帳を制服のポケットに入れた。


明日、職員室にでも届けよう‥


ホームに入って来た各駅停車に乗って自宅のある府中に向かった。


いつも桜や鶴松、猪野萩と乗っていた帰りの電車、退屈だなんて感じたことはなかったのに‥


府中ってこんなに遠かったんだ‥

車窓からボンヤリと流れていく景色をただ眺めていた。


調布駅で特急に乗り換えて次の府中駅で降りた。

駅から程近い分譲マンションがわたしの自宅だ。


玄関扉の鍵を開けて中に入ると、いつものようにひっそりとしていた。


両親が共働きで一人っ子だから、家に帰っても誰もいない、中学の時はその寂しさを紛らわす為に多少悪いこともしたけど、勉強は出来る方だったから、今の高校に通うことが出来た。


高校に入ってからは桜がいたから、孤独なんてまったく感じたことはなかった。


桜がバスケ部のマネージャーになるって言った時、賛成しなければ良かったかな‥


リビングから自分の部屋に入ると、勉強机の椅子に座って窓の外の空を眺めた。


夕焼けが空と雲をオレンジ色に染めてとても綺麗だった。


そう言えば‥


さっき仙川駅で拾った生徒手帳のことを思い出してポケットから手帳を取り出した。


手帳から学生証を取り出して見てみると、一年三組の青丹あおにりょう、ふ~ん、写真はかなりのイケメンだな‥


学生証を手帳にしまうと再び制服のポケットに入れた。




次の日の朝、教室で桜に声を掛けた。


「おはよう、桜」


「おはよう!菊乃」


「昨日もバスケ部は遅かったの?」


「うん‥桐山がいつものように一人で残ってたからね‥」


「そっか、桐山は頑張るね」


「うん‥あいつは絶対に手を抜かないからね」


「そこがいいんでしょ?桜が桐山を好きになった理由」


「そうなんだけど、身体が心配なんだよね‥」


桜の表情を見てわたしは自然と笑みがこぼれてしまった。


「フッ‥」


「何よ?」


「桜の今の顔、可愛いなって‥最近の桜、すごく女の子らしくなって、恋っていいなってね」


「菊乃だって好きな人いるんでしょ、前に言てたよね?」


「まあね‥」


桜にはそう言ったけど、わたしの恋はずいぶん前に終わっていた。


中学の時のことだ‥

あまり思い出したくない‥


昼休み、わたしは拾った生徒手帳のことを思い出して、一人教室を出ると職員室に向かった。

職員室の扉を開けると先生達の視線がわたしに向けられるのがわかった。


わたしが職員室なんて‥柄じゃないなからな。


職員室に入ると、うちのクラスの担任が声をかけてきた。


「高杯さん、何か用かしら?」


四十代の女性の現代国語を担当している教師だ。


「先生、これ‥」


わたしはポケットから昨日拾った生徒手帳を差し出した。


「生徒手帳‥どうしたの?」


「昨日、仙川駅で拾ったから‥」


「拾った?」


そう言うと、その教師はわたしから生徒手帳を受け取って中を開いた。


「一年生の生徒手帳ね?」


「そうみたいですね‥」


「ありがとう高杯さん‥彼の担任の先生に渡しておくわね」


「そうして下さい。失礼します」


わたしはそう言うと職員室を後にした。


その日の夜、わたしは久しぶりに中学の時の夢を見た。

もうとっくに忘れていたと思っていたことだった。


わたしとあいつが並んで夕暮れの歩道を歩いている。


中学に入ってすぐにわたしは一人の男の子を好きになった。サッカーが上手くて、頭が良くて、みんなが憧れる人気の男子だ。


みんなその子に近づきたくて、席替えの時には彼の隣の席はいつも争奪戦だった。


その頃のわたしは誰とでも打ち解けられる性格だったから、あいつとも仲良くなってなんでも話していた。


席替えの時だって、あいつはわたしを指名してくれたこともあった。


あいつは地元でサッカーのクラブチームに所属していたから、学校から一緒に帰ったりして周りからは随分妬まれた。


あいつは彼女とかいなかったから、わたしは仲良く話しをしたり、一緒に帰ったりしていたので、あいつの彼女になったような気がしていた。


ある日の学校からの帰り道、あいつに話しがあるって切り出された。


これってもしかして‥告白?


そう思ってドキドキしながらあいつの言葉を待った。


「高杯さあ、お前には何でも話せると思うから話すんだけど‥俺、好きな子がいるんだよね‥」


「えっ、好きな子?」


「うん、お前の親友の札辻花実ふだつじはなみいるだろ?俺、札辻の事が好きなんだ。札辻って俺の事どう思っているのかな?」


あいつの突然の告白に、わたしは驚いて涙が溢れそうになるのを抑えるのに必死だった。


札辻花実はわたしと小学校が一緒の当時の親友で、わたしと違って大人しい優等生タイプの子だった。


「花実のこと好きだったんだ?」


「ああ、優しいし、勉強も出来るし、あいつのこと、ずっと気になってたんだ」


「そう‥」


「高杯なら相談のってくれると思ったんだ‥」


「そうなんだ‥」


わたしじゃないんだ‥

わたしじゃ‥そっか‥


わたしは精一杯の笑顔を作って言った。


「花実も好きだと思うよ、わたしが取り持ってあげるよ」


「本当に?やっぱり高杯に相談してよかった、ありがとう!」


花実もあいつが好きだった。

花実はあの頃、大人しくて優等生だったから男子はちょっと近づき難い感じがあったんだ。


わたしは花実とあいつの仲を取り持った。

花実はそれで良いのかって言ったけど、どうにもならないことだったし、花実が悪い訳じゃない。


何より花実のためだから‥

それからあいつは花実と付き合い始めた。


わたしは中学三年になって花実と違うクラスになって鶴松や猪野萩とつるむようになって、花実とはすっかり疎遠になってしまった。


中学卒業まで二人が付き合っていたのは知っていたけど、風の噂で、あいつはサッカーをクラブチームで続けていて、二人の付き合いは今も続いているらしい。


目覚まし時計のベルの音でわたしは目が覚めた。


嫌な夢だったな、もう忘れてしまったと思ったのに‥


制服に着替えて自分の部屋を出てリビングに行くとテーブルに朝食が用意されていた。


『おはよう菊乃、今日は早く帰れるかもしれないからご飯の用意お願いね』


母からのメモがリビングのテーブルに朝食と一緒に残されていた。


わたしは母が作りおいてくれた朝食を食べながら考えた‥


今更‥何であんな夢を見たんだろう?

理由がわからなかった。


朝食を食べ、洗面所で身支度を済ませ家を出ると、とても暖かくて晩春なんだという感じがした。


仙川駅に着くと桜から声を掛けられた。


「おはよう菊乃!あれ?何だか目が赤いよ、眠れなかったの?」


「うん、ちょっと嫌な夢見て‥」


「嫌な夢って、どんな?」


「えっと‥」


わたしは桜にどう応えて良いか言葉が見つからなかった。


「菊乃、話したくないことは無理に言わなくていいんだよ」


そう言って桜は片目をつぶってウィンクをした。


「ありがとう、桜‥」


桜の気づかいが嬉しかった。


その日の昼休み、購買にコロッケパンを桜と一緒に買いにいって、教室で桐山と三人で昼を食べていた。


「うん!やっぱり購買のコロッケパンは最高だね!」


桜は嬉しそうに食べている。


「桜は好きだね、それ」


「うん!大好きなんだよね」


「あれ?桐山は?」


さっきまで席で一緒にお弁当を食べていた桐山がいつの間にかいなくなっていた。


「トイレじゃないの?」


桜が答えた。


そう言っているうちに桐山が席に戻ってきた。


「桐山、トイレ?」


桜が桐山に聞いた。


「うん、そうなんだけど‥高杯さんを呼んでくれって、一年生の子が来てるんだけど?」


「一年生?誰?」


「一年三組の青丹良って言ってたけど‥彼のこと知ってる?」


「青丹良‥どっかで聞いた名前だな‥」


わたしは教室の扉の方を見た。


「菊乃に会いに来た子ってあいつ?」


桜が教室の扉の前に立っている男子を見て桐山に質問した。


「うん、そうだよ」


「へ~っ、なかなかのイケメンじゃん!菊乃知り合いなの?」


「いや‥あいつどっかで‥」


ああ、生徒手帳の‥


「落し物を拾っただけだよ、ちょっと行ってくるね」


わたしはそう言うと、席を立って扉の方へ歩いて、立っている男子に声を掛けた。


「わたしが高杯菊乃だけど‥」


「あっ、高杯さんですか?一年三組の青丹良って言います、昼休みにすいません、お礼を言いに来ました」


「生徒手帳でしょ?学生証も入れてさ、普通落とす?」


「すいません‥」


「まっ、わたしに謝られてもね、別にお礼なんて要らないよ」


「いえ、ありがとうございました。それじゃあ僕はこれで失礼します」


彼はそれだけ言って一礼すると、くるりと向きを変えて廊下を歩いて行った。


わたしが自分の席に戻ると、


「落し物拾ったって何を拾ったの?」


桜がわたしに聞いた。


「ああ、生徒手帳と学生証だよ、仙川駅のホームでね」


「え~っ、普通、学生証なんかホームに落とすかな?」


「相当なドジなんだよ、多分‥」


「そうかな?あの子そんな感じには見えなかったけどな~」


「人は見かけによらないって言うからね‥ほら、桐山みたいにさ!」


「菊乃、桐山は見かけもカッコいいんだよ!まったく‥ねっ!桐山」


「‥いや、さっきの子、かなりのイケメンだったね、僕なんかとても‥」


桐山が自嘲気味に答えた。


相変わらず謙虚な男だな‥

桜の言う通り、よく見るといい顔してるんだよな。


「そんなことないよ桐山はカッコいいんだからね!」


「桜、夫婦漫才は‥まあいいか」


「あらら‥菊乃のツッコミを期待してたのに!」


「もう桜達の面倒は見切れないよ、わたしも一度でいいからそんこと言ってみたいよ」


いつものくだらない話をして昼休みは終わった。


学校が終わると相変わらず一人で仙川駅のホームで電車を待っていると、不意に背後から声を掛けられた。


「あの‥高杯さん、いえ高杯先輩」


振り返ると昼休みに礼を言いに来たあのイケメンの男子が立っていた。


「えっと‥青丹‥?」


「青丹良です、一年三組の‥」


「ああ、そうだったね、で何か用?」


「いえ、あの‥偶然見かけたので‥」


彼は少し気まずそうに答えた。


「もう落とさないようにね、大事なものでしょ?」


「すいません‥せっかく拾ってもらったんですけど、実は‥落としたんじゃないんです‥」


「落としたんじゃない?じゃあ何なのよ?」


「えっと‥」


「ハッキリ言いなさいよ!」


「自分で捨てたんです‥」


「嘘でしょう?自分の学生証捨てる奴がどこにいるのよ!」


「ここにいます‥」


「何で捨てる訳?」


「えっと‥それは‥」


「おまえ、わたしのこと揶揄ってるだろ?」


「いえ、そんなつもりは‥」


「好きにすれば‥どうでもいいからさ」


まともに話に付き合ってるのがバカバカしくなって背中を向けた。


「あの‥もう必要ないっていうか‥学校を辞めようと思って‥」


「は〜あぁ!?学校を辞めるって?」


わたしは驚いて再び振り向いて声を上げた。


こいつ‥本当にバカなの?


「おまえ気は確かなの?まだ入学式から二週間しか経ってないよ!何言ってんの?」


「そうなんですけど‥いる意味ないなって‥」


「どうしてそうなるの?」


「僕は行きたい高校が他にあったんで‥」


「行きたい高校?何でそこ行かなかったの?」


「試験に落ちました‥」


「そんなの自分が悪いんでしょ?ここで勉強頑張れば挽回出来るんじゃないの?」


「挽回なんて出来ません‥彼女が‥」


「彼女?」


「はい‥中三の夏に彼女に告白したんです‥」


告白って‥

こいつ、何、脈絡のない話をしようとしてるんだよ‥そんなの知るか!


「その話、長いのかな?」


「えっ?」


「わたし、おまえと殆ど初対面なのに、そういう話を聞かされなきゃならないの?」


「そ、そうですよね‥すいません」


彼はバツが悪そうな表情を浮かべ、わたしに背を向けるとホームで肩を落として佇んでいた。


おいおい、そんな意気消沈して‥

まさか電車に飛び込むとか、無いよな?


仕方ないな‥


「おまえ家はどこなの?」


「えっ?」


彼がまた振り返って答えた。


「聖蹟桜ヶ丘です‥」


「わかったよ、わたしは府中だから、そこまでは話しを聞いてやるよ」


彼は少しだけ笑顔を見せた。


「すいません‥ありがとうございます」


わたしと彼はホームに入って来た各駅停車に乗って、空いている座席に並んで座った。


そして、仕方なく話の続きを聞くことにした。


「で?告白してどうなったのよ?」


「あっ、はい‥そしたら彼女、僕のこと嫌いじゃない、むしろ好きなんだけど、付き合うには条件があるって」


「条件?」


「はい‥同じ高校に行って欲しいって、それまでは付き合えないって‥」


「何で?」


「受験生だし、高校が別々になったら、たった半年しか付き合えないから嫌だって‥」


「ふ~ん、彼女は頭、賢いんだ?」


「はい‥渋谷にある私立の付属高校に行ってます‥」


「うちの学校だって、そこそこのレベルだと思うけど?」


「そうですけど‥彼女はその私立の付属にどうしても行きたいからって‥」


「私立に行かないで好きな子を追っかけて来る奴もいれば、逆もいる訳ね‥」


「何ですかそれ?」


「わたしの知ってる奴の話、そんなのどうでもいいから続きは?」


「卒業式の日にもう一度告白したんですけど‥約束守れなかったから付き合えない、無理だって‥」


「それと学校辞めるのと、どういう関係があるの?」


「さっきも言いましたけど、彼女がいないこの学校に来る意味ないんで」


「辞めてどうするのよ?」


「来年また彼女と同じ私立を受けます」


「はっ?高校浪人するってこと?しかも振られた女の為に?」


「だって‥同じ高校行かないと付き合ってもらえないから‥」


青丹という一年生の言っている意味が全く理解出来なかった。


こいつ‥本当に頭は大丈夫なのか?


「じゃあ辞めれば‥それで気が済むんだったらさ」


わたしは呆れ返って突き放すように言った。


「そうですよね‥」


「でも、来年受かっても、多分その子は付き合ってなんかくれないと思うよ」


「どうしてですか?」


「そんなの簡単だよ、その子、同じ高校に入らないと付き合えないって言ったんだよね?そんな子が一年遅れで入って来た男と付き合うと思う?それに来年もし落ちたらどうするつもり?諦めずまた浪人するの?そしたらおまえは一年、向こうは三年だよ、一年しか同じ高校にいれないってことだよね、今度は同じ大学行かないと付き合えないってって言うんじゃない?おまえは一年で大学はまだ受けれないけど、どうすんの?」


「なるほど‥」


彼は納得した様子で頷いていた。


「なるほどじゃないよ‥この話し、もう終わりでいいのかな?」


「大体は‥」


「そう、ちょうど府中に着いたから‥じゃあね」


わたしは席を立って扉の前に移動すると、


「高杯先輩、すいませんでした。話を聞いてくれてありがとうございました」


そう言って青丹は席を立ってわたしに一礼した。


「あのさ‥悪いこと言わないから、うちの学校で頑張った方がいいと思うけどな」


そう言って電車を降りた。



次の日の昼休み、教室でいつものように桜と一緒に昼を食べている桐山に質問をした。


「桐山さ、桜のことだけど‥もしこの学校来てなかったらどうしてた?」


「何よ菊乃?いきなり桐山に何を聞いてんの?」


桜がわたしの質問を遮るように言った。


「いや、ちょっと参考にね、教えてよ?」


「そうだな‥中学を卒業する時に告白とかしてたかな‥」


「ふ~ん、そうだよね‥それが普通だよね、でも、もっと前から桜のこと好きだったんでしょ?今まで告白しようって思わなかったの?」


「そうだけど‥幕ノ内さんは人気者で、僕のことなんて何とも思って無いって‥だから勇気が無かったんだ」


「桜は?桐山に中学の時に告白されてたら、やっぱり断ってた?」


「菊乃そんなこと聞くの?」


「桜‥そこダジャレ要らないんだけど‥真面目に聞いてんだけどな‥」


「そうなの?何で?」


わたしは仕方なく、昨日の青丹とのやりとりを桜と桐山に話した。


「へ~っ、昨日の子っておもしろいね?て言うか頭大丈夫なのかな?」


桜が呆れた顔をして言った。


「ちょっと天然なんだよ、普通そう思うよね、好きな子の為に高校浪人なんてさ‥」


「でも、僕は彼の気持ちが少しわかるな‥」


桐山が応えた。


「僕も幕ノ内さんがいたからこの学校にしたからな‥」


「だからさっき聞いたの、もしうちの学校来てなかったらどうしてたって?」


「‥それを答えるのは難しいな‥どうしたのかな‥」


桐山は少し考えて言った。


「桐山は頭がいいから、わたしが受かる高校だったらどこでも絶対に入れるよ」


「いや、幕ノ内さんが女子校に行ってたら、さすがに‥無理だよね?」


「わたしが女子校?行く訳ないでしょ!」


「確かに‥桜は女子校ってより‥男子校って感じだよね‥」


「菊乃!!言ったな!」


「ハハハ、ごめん、ごめん冗談だからね‥」


わたしは桜に手のひらをくっ付けて頭を下げた。


「でも‥その青丹って子、どうするのかな?」


「さあね‥」


青丹のことが少し気になっていたけれど、曖昧に応えた。



その日の帰り、仙川駅のホームで再び青丹に声を掛けられた。


「高杯先輩‥昨日はありがとうございました」


「わたし、何もしてないけど‥学校辞めるんじゃなかったの?」


「‥やめました」


「えっ?学校本当に辞めたの!」


こいつ本当に辞めたのか?!!

そんな勇気があるとは正直思わなかった。


「いえ、辞めるのをやめました」


「何だよ、紛らわしいこと言わないでよ!」


「すいません‥」


「どうして辞めるのやめたの?」


「学校辞めても何の解決にもならないから‥前に進むことにしました」


そんなのわかり切ったことだよ、もっと早く気づけよ‥


「そう、それじゃあね」


わたしは青丹から離れようとした。


「あの‥高杯先輩」


「何?」


「今日‥彼女に会いに行こうと思ってま

す‥」


「今日、これから?」


「はい、自宅から比較的近くに住んでいるので‥」


「そう‥まあ頑張ってね」


そう答えると、ホームに入って来た各駅停車に乗った。


人の恋愛相談なんか受けてる場合か‥

自分のこともままならないのに‥


電車の座席に座ると、腕組みをしてぼんやりとしていた。


「あの‥高杯先輩?」


ふと気がつくと、いつのまにか隣に青丹が座っていて、わたしをじっと見つめていた。


「何だよ!‥何で、隣に座ってんだよ!」


「迷惑だったですか?帰る方向一緒ですし‥」


「‥か、勝手にすれば‥」


「ありがとうございます、昨日の先輩の言葉で何だか勇気が湧いてきました」


「それは良かったな‥」


こいつよく見ると本当にカッコいいな‥

こんなイケメンを振るなんてその女も相当なんだな‥


もったいないな‥

ちょっと天然なとこ‥


「あの、僕の顔に何か付いてます?」


青丹が自分の顔をわたしの顔に思いっきり近づけて言った。


「顔!近いよ!」


わたしは恥ずかしくなって思わず赤面して下を向いた。


「すいません‥何かじっと見つめられていると思ったので‥つい」


「み、見つめる筈ないだろう!」


思わず声を荒げて答えた。


「そうですよね‥」


「そうだよ!‥」


「高杯先輩って彼氏とかいるんですか?」


「‥」


「いないんですか?」


「‥いちいちおまえに何でそんなこと、答えなきゃいけないんだよ!」


「そうですよね‥」


「どうせわたしは彼氏なんかいないよ!」


「そうなんですか?いないんですか?」


「いないよ‥お前だってそう思ってたんだろ?当たり、当たりだよ」


「いえ、そんなこと思ってないですよ本当に‥」


青丹がバツが悪そうに、すまなさそうな顔をして頭を下げるので、


「気にしてないから、頭を上げなよ」


と返した。


彼はホッとした様子で、笑顔を浮かべた。

その姿を見て、フッ‥本当いい顔してんな、まあその方がおまえには合ってると思った。


「ところで、昨日の昼休みに高杯先輩のクラスにお礼を言いに行ったとき、先輩を呼んでくださいってお願いした人って誰ですか?」


「桐山のことか?」


「桐山先輩ですか‥あの人と仲良さそうですよね?」


「お前、そんなこと言ったら桜にぶっ飛ばされるよ」


「桜?」


「桐山はわたしの親友の幕ノ内桜の彼氏だよ!勘違いするなよ‥」


「そうなんですか‥桐山先輩ってとても感じのいい人ですよね、しかもカッコいいし‥」


「そうだね‥ちょっと地味だけど‥あっ、いや、あいつはすごい奴なんだよ」


「そうなんですか‥じゃあ、その幕ノ内先輩って見る目がありますね」


「おまえが言うなよ‥」


「そうですよね‥僕は全然ダメですからね」


「おまえ‥本当に自分のことが見えてないな‥客観的に見るとかなりイケてるよ」


「そうですか?僕イケてますか‥そう言ってもらえて嬉しいです。ますます勇気が湧いてきました」


「だから、何の勇気だよ?さっきから」


「これから彼女に会いに行く為の勇気です」


「‥そう」


「はい、ありがとうございます!」


青丹は笑みを浮かべてわたしに頭を下げた。


府中駅で一人電車を降りた‥


「ハ〜ッ、わたしは一体‥何をしてるんだろう?」


思わず、そう言葉が口をついて出てしまった。



次の日の朝、仙川駅でまた青丹に声を掛けられた。


よく会うけどわたしのこと待ってるとか‥

こいつ、どういうつもりなんだ?


「おはようございます高杯先輩!」


「青丹‥おはよう、今朝はずいぶん元気だな?」


「はい、昨日、高杯先輩から勇気もらいましたから!」


「そりゃどうも‥」


彼女とはどうだったんだよ?

それって上手くいったってことか?


何でこいつがそんなに気になるんだ?

まさか‥わたしが‥まさか、


「青丹‥それでさ‥」


「おはよう!菊乃!」


「さ、桜!‥おはよう‥」


あちゃ〜、こんな肝心なところで‥


「あれ?君は一昨日教室に来てた子だよね?」


「桜さんって‥桐山先輩の彼女の幕ノ内桜さんですか?」


「青丹‥余計なこと言うなよ‥」


わたしは小声で青丹に言った。


「よく知ってるね、それ菊乃から聞いたの?」


「はい、そうなんです、僕は青丹良って言います。よろしくお願いします」


「わたし、幕ノ内桜、よろしくね!菊乃ともうそんなに仲良くなっちゃったの?青丹君ってすごいね」


「そうですか?」


「そうだよ~、菊乃は怖くて取っ付き難いって超有名なんだよ」


「桜!それは昔の話でしょ!」


「そうだった‥一年生の時の話だね」


「へ~っ、そんなふうに見えないですけど」


「フフフ、青丹君の前では猫かぶってるのかもよ‥」


「桜‥」


もうこれ以上わたしのイメージ悪くなること言わないでよ‥


「でもね、菊乃はわたしが一番信頼している親友だからさ‥これからもよろしくね」


「ハイ、こちらこそよろしくお願いします」


「青丹‥もう先に行ってよね」


「あっ、すいません。気が利かなくて‥それじゃあ失礼します!」


そう言うと青丹は走っていってしまった。


結局‥昨日のことは聞けなかったな‥

桜が来なければ‥


「菊乃‥彼はなかなかいい子だね?」


「そうかな‥相当な天然だよ」


「ふ〜ん、よく見てるね?」


桜がニヤニヤしながらわたしを見て言った。


「桜!‥茶化すんなら怒るよ!」


「ハハハ、ごめん、ごめん」


桜が舌を出してわたしに謝った。




その日の放課後、学校の校門の前でと鶴松と猪野萩が立っていた。


「高杯‥久しぶりだな!」


「鶴松、猪野萩、本当久しぶりだね」


「幕ノ内もそうだけどさ、高杯もクラス分かれたら全く相手にしてくれないんだからな」


鶴松が嘆くように言った。


「桜は彼氏が出来たし、バスケ部のマネージャーが忙しいから、そりゃお前ら相手する時間なんてある筈ないだろう」


「でも、それを聞いた時は驚いたよ、あの幕ノ内が桐山の彼女だなんてさ、しかもバスケ部のマネージャーだろ、絶対に何かの間違いだと思ったよ」


鶴松が大きな声を上げた。


「そうだよな、俺ら桐山のことバカにしてたからな‥でもあいつすごいよな、バスケ部のレギュラー獲ったし、だいたいあの鶯原梅香を振るなんてさ、すげえ度胸あるよな」


今度は猪野萩が感心した様子で言った。


「そうだよ、桐山はすごいんだよ、その桐山に目を付けてた桜は見る目あるんだよ、わたしも桐山の件は反省してるよ」


「高杯、良かったら久しぶりに何か食べてく?」


「ああ、いいね、桜はいないけど、モスバーガーでも行こうよ」


「よし、じゃ決まりだな!」


そう言うと学校の側のホームセンター内にあるモスバーガーに向っていた。


駅に向う歩道の前を歩くあいつを見つけた。青丹だ‥


昨日の件はどうなったんだ?

わたしは青丹のことが気になってしまい、思わず叫んだ。


「鶴松、猪野萩、悪いけどモスバーガーは中止だ、先に帰るよ!」


わたしは二人を置いて走り出した。


「おーい、高杯、そりゃないぜ!」


猪野萩の声が聞こえた。


「悪い!お前らだけで行きな!」


わたしは振り返り様に声を上げた。


青丹に追いつくと肩を叩いた。

ビクッと肩を震わせた青丹がこっちに振り返った。


「高杯先輩‥!?」


「ねえ、昨日はどうだったの?」


「えっ?」


「彼女の家に行ったんだろ?」


「はい‥」


「何だよ、人がせっかく心配して大好きなモスバーガーの誘いを断って来たのに、もう用は無いってことか?」


何だ‥わたしのことは眼中に無しか‥

青丹の態度に少しガッカリした。


「いえ‥あの、高杯先輩‥僕の、僕の話を聞いてくれますか?」


青丹が真剣な顔をして、トーンを抑えた低い声で懇願した。


「青丹‥どうしたのよ?」


「‥」


「わかったよ、聞いてあげるから、そんな顔しないでよ‥」


わたしは青丹と一緒に仙川駅から各駅停車に乗った。


「すいません‥せっかくお友達のお誘いがあったのに‥僕のために」


「いや、気にしなくていいよ、わたしの舎弟みたいな奴らだからさ」


「舎弟?」


「そう、中学から一緒の男子二人」


「それって友達じゃないんですか?」


「まあ友達かな」


「男子の友達ですか?それってすごいですね‥」


「わたしの親友のほら、桜が言うには恋愛感情なければ友達になれるんだってさ、恋愛感情があると仲良くても友達になれないんだってさ」


「幕ノ内先輩が‥そうなんですか‥」


「わたしもそう思うんだよね‥それより昨日の話は?」


「あの‥それは落ち着いた所で話しても良いですか?」


「まあ、構わないけど‥」


「じゃあ、高杯先輩の降りる府中で、お詫びにモスバーガー奢りますから」


「えっ?いいよ悪いから」


「そうはいかないです、時間をもらうんですから」


「わかったよ‥じゃあよろしく」



わたしと青丹は府中駅で降りると南口を出て大国魂神社の側にあるモスバーガーに入った。


注文をして席に着くと、わたしは青丹の対面に座った。


まじまじと見ると、やっぱりいい顔してるんだな‥カッコいいな‥


って!オイオイ菊乃!

おまえは何を考えているんだよ!?

これから恋愛話を聞こうっていうのに‥


わたしは首を振った。


「高杯先輩‥どうかしましたか?」


「えっ?いや、何でもないよ、それで‥昨日はどうなったの?」


わたしは平静を装って青丹に聞いた。


「それなんですが‥会って話したら彼女の考え方は変わっていないようでした」


「断られたってこと‥」


「そういうのとは違います、とにかく同じ学校じゃなきゃ付き合えないって‥」


「理由は?」


「彼女が言うには、ヤキモチをやくから、近くにいないと心配で、そんな気持ちをするぐらいなら付き合わない方がいいって‥」


「なるほど‥でも、それって嫌われてる訳じゃないってことでしょ?」


「顔は好みだって言われましたけど‥本当のことは僕にはわかりません」


「そうだよね、確かに顔はいいよね‥」


「えっ?」


「いや‥何でもない‥」


自分の言葉に恥ずかしくなって視線を逸らして窓の外に目を向けた。


「あの‥」


「それでどうするのこれから?」


「もうすっきりしましたから」


「諦められるんだ?」


「そうですね‥いつまでもこんな状態、いけないですからね」


「そうだよ、他にもいい子はたくさんいるからさ、うちの学校で早く彼女見つけなよ!」


「そうですね‥それで相談なんですが?」


「相談‥?」


それって‥

わたしに彼女になってくれとか?

それは困るよ‥

いや全然困らないけど‥


「実は、入学式の日に同じクラスになった女子からいきなり告白されたんですよね」


「は~あ?」


「あの‥どうかしました?」


「いや別に‥何でもないよ」


「それで‥どうしたらいいかなって」


「そんなの自分で考えろよ‥」


青丹って本当に天然なんだな‥

わたしにそういうこと聞くなよ!


「そうなんですけど‥その子のこと何とも思ってないし‥」


「じゃあ断ればいいだろ‥」


そんなこと無責任に言っていいのか‥


「そうですねハッキリ断ります‥他に好きな人がいるって」


「ああ、振られた子のこと‥そんなすぐに忘れらないだろうからね」


「いえ、そうではなくて‥あの‥高杯先輩‥僕は‥先輩が」


「何?わたしが‥」


わたしが何?

その先は?


「あれ、高杯‥ここにいたの?」


「鶴松、猪野萩!」


やばい‥

いいところで‥

いや、まずいところを見られた‥

今日のわたしはとてつもなく運が悪い‥


「モスバーガー行かないって、来てるじゃん!」


猪野萩が声を上げた。


「こいつ誰?」


鶴松が聞いた。


「いや‥その‥」


わたしはこの場をどう取り繕うか困って口ごもった。


「初めまして、高杯先輩に新しく舎弟にしてもらいました一年三組の青丹良です。高杯先輩のお友達ですね?よろしくお願いいたします」


青丹が鶴松と猪野萩に答えた。


「何だよ、高杯、早速一年坊の舎弟を持ったのかよ‥相変わらずやるな!こいつイケメンだからてっきり高杯のこれかと思ったよ」


鶴松が冗談めかして言った。


「鶴松!」


「ハハハ、冗談だよ、俺は二年の鶴松岳志つるまつたけし


「俺は同じ二年の猪野萩和人いのはぎかずとだよ、よろしくな!」


「幕ノ内が抜けちゃったから、またこいつも混ぜてみんなで一緒に帰ろうぜ」


猪野萩が笑いながら言った。


「桐山先輩の彼女の幕ノ内さんですか?」


「ああ、良く知ってるな、高杯の親友の女子だよ、前はいつも四人だったけどさ、桐山の彼氏になってから最近付き合い悪くてな‥まあ仕方ないけどよ」


「そうなんですか‥」


「それで高杯も寂しくしてるって訳」


「ああ、そうだな‥って、寂しくなんかないからな!二年になって、もうお前らとの腐れ縁は切ったんだぞ、そろそろ自立しろ!」


わたしが青丹の顔を見ると、青丹がわたしに目配せをした。


こいつ‥

さっきはわざとああ言ったのか‥

なかなかやるじゃん。


わたし達はしばらく四人でモスバーガーで過ごして鶴松、猪野萩と別れた。


「さっきはありがとうね」


「何がですか?」


「上手く話合わせてくれてさ、お陰であれこれ詮索されずに済んだよ」


「ああ、舎弟の話ですか?あれは本気で言ったんですよ」


「本気だって?」


「だって、舎弟になれば高杯先輩といつも一緒に帰れるんですよね?」


「青丹‥」


「先輩また明日、今日はありがとうございました」


青丹はわたしに手を振って駅へ向って歩いていった。


わたしの方こそ‥ご馳走様。

やばい、これは‥マジやばいかも‥



次の日、目覚めるととても気分が良かった。

久々だな、こんな気持ちは‥



「菊乃!おはよう」


「おはよう!桜」


「あれ、菊乃、何かいいことあったの?」


ギク!‥さすが桜、勘が鋭い‥


「ああ、別に‥昨日、久々に鶴松と猪野萩とさモスバーガー行ったんだよね」


「へ~っ、いいな、わたしも行きたかったな!」


「そうでしょ?」


「でも菊乃、あいつらと腐れ縁切るって言ってたのに?」


細かいこと覚えてるな‥


「うん、偶然に帰りに会ったんだよね‥」


「そうなんだ、今度わたしも混ぜてよね」


「もちろん!」


わたしと桜は教室に入った。



放課後、わたしが帰ろうとして校門に向うと青丹が校門の前に立っていた。


「青丹‥」


「高杯先輩!帰りましょうか?」


「おい‥」


「舎弟ですからいいですよね?」


「好きにしなよ‥」


「あれ?鶴松先輩と猪野萩先輩は?」


「あいつら二人は別なクラスだし‥本当にもう舎弟じゃないんだよ」


「そうなんですか?」


「腐れ縁は終ったんだよ」


「そうなんですか‥」


「じゃあ、舎弟は僕だけですか?」


「‥」


仙川駅の改札で誰かが青丹を呼ぶ声がした。


「青丹君!」


御代みよさん‥」


私立の制服を着ているこの子、多分青丹が告白した例の子か‥


アイドルみたいな顔してるな‥

こりゃメチャクチャ可愛いな‥


「青丹君‥話があって来たんだ‥」


「御代さん‥」


「青丹、わたし行くから‥ごゆっくり」


「あっ!高杯先輩‥」


「しっかりやれよ」


「あの‥ありがとうございます」


「青丹君、今の人誰?」


「ああ、学校の先輩なんだ‥」


「な〜んだ、先輩なんだ?てっきりわたし‥変な誤解しちゃったよ」


わたしは振り返らず、そのまま改札に入った。


良かったな青丹‥


ホームで電車を待つ間、わたしは悲しい気持ちになった‥


一瞬だったな、わたしの恋は‥

何で‥わたしじゃないんだよ?

何で、わたしじゃだめなんだよ?


ホームの屋根の間から少しだけ見える空を眺めると、雲が空をゆっくりと流れていた。


「あれっ‥」


一筋の涙が頬を伝わるのがわかった。


まいったな、そこまであいつを‥


その時、肩にそっと手が置かれるのがわかった。


「‥誰?」


わたしは後ろを振り返った。


「桜‥」


「菊乃‥」


「桜‥どうして?」


「へへへ、鶴松と猪野萩から言われたんだよ」


「あの二人、何を?」


「菊乃の新しい舎弟を見極めてくれってね」


「あいつら‥」


「なかなかいい舎弟じゃない」


「そうかな‥彼女持ちは舎弟にしないよ、こっちからお断りだよ‥」


「そうだね‥でも、それはどうかな?」


「どうかなって‥」


「自分で確かめたら?」


「確かめる?」


「そうだよ、菊乃の想いを伝えてみたら?」


「そんなの出来ないよ‥」


「どうして?」


「あいつの好きな子がわざわざ会いに来たんだよ?」


「だから?」


「だからって‥そんなの無理に決まってるよ」


「やってみなければわからないでしょ?それに彼は菊乃に相応しいって思うけどな‥」


「桜‥」


「わたしは菊乃を応援するからね」


「桜‥ありがとう‥でも」


「わたしと鶴松や猪野萩を信じてよ」


「桜‥」


「今日は久々に一緒に帰ろうよ、モスバーガー行かない?」


「うん‥ありがとう‥桜」


「わたしは菊乃の一番の親友だからね」


桜‥本当にありがとう。



次の日、わたしは教室でぼんやりと窓から外を見ていた。


今にも雨が降りそうな天気だ‥

帰りは雨だな‥傘持って来てないや‥


「菊乃、今日も一緒に返ろうよ」


「桜‥いいの部活は?」


「部活は大丈夫だよ‥すすきがいるからね」


「桐山は?」


「それも大丈夫、桐山が菊乃の傍にいてあげてくれって」


桐山‥あいつ‥

つくづく出来た男だな。


「今度の日曜日、部活休みなんだよね、桐山とようやく初デートなんだ」


「へ~っ、まだデートもしてなかったの?」


「うん‥部活忙しかったからね、お天気が良いといいな」


「桜なら大丈夫だよ、お天気も味方してくれるよ」



その日の放課後‥

わたしは桜と一緒に教室を出た。


やっぱり帰る頃には雨が本降りになっていた。


「悪いね桜‥」


「何言ってるの、親友でしょ!」


昇降口で靴に履き替えていると、


「菊乃、悪いけどやっぱり一緒に帰れない、わたしは部活行くよ」


「えっ、何で?わたし傘持ってないよ、冷たいな、親友じゃなかったの?」


「わたしは菊乃の親友だから一緒に帰らないんだよ‥大丈夫傘はあるよ」


そう言って桜は昇降口の扉の外を指で差した。


桜が指差した方向を見ると、あいつが軒下に立っていた。


「青丹‥」


「じゃあね、菊乃、頑張ってね!」


「あっ桜!‥」


桜は靴から上履きに履き替えると、わたしに敬礼をして行ってしまった。


仕方なく一人で昇降口を出ることにした。


「高杯先輩、一緒に帰りましょう!」


「いいよ、一人で帰るよ」


「雨が降ってますよ?傘ないと濡れちゃいますよ」


「いちいちうるさいな!」


「舎弟ですから‥」


「舎弟なんか要らないんだよ‥舎弟なんか」


「そうですか‥」


「もうこれ以上わたしに構うなよ!」


「そうはいかないです‥」


「どうして?」


「鶴松兄さんや猪野萩兄さん、そして何より桜姉さんに叱られますから‥」


「はあ〜?お前、何言ってるの?」


「モスバーガーを出て高杯先輩と別れた後、鶴松先輩と猪野萩先輩に駅で待ち伏せされて言われました‥高杯先輩を頼むって‥」


「あいつら‥バカか?」


「幕ノ内先輩から言われてたみたいですよ、高杯先輩を見張れって」


「桜が?‥」


「高杯先輩の様子が変だからって‥」


「桜‥」


「舎弟は要らないんですよね?」


「要らないよ‥もう鶴松も猪野萩も舎弟じゃないし」


「じゃあ‥彼氏はどうですか?」


「彼氏だあ〜!?」


「僕は年下だからダメですか?」


「青丹‥お前には昨日会いに来たあの子がいるだろう?学校まで辞めようと思ってたんだろ?」


「そうですね‥彼女、御代みよしのさんって言うんですけど、この前会いに行ったのはけじめを付けに行ったんです‥他に好きな人が出来たって」


「じゃあ、何で彼女は昨日来たんだよ?わたしを見て誤解するところだったって‥」


「それは高杯先輩の勘違いですね‥僕が好きな人が出来たって言ったのに、もう彼女がいるのかと誤解しちゃったみたいです」


「そんな‥」


「僕に本当に好きな人が出来たのか見に来たみたいです。もちろん好きな人って‥高杯先輩のことですよ」


「青丹‥どうして?」


「高杯先輩といると心が安らぎます、それに‥素敵だと思うから‥です」


「青丹‥」


「それが理由じゃダメですか?」


「‥」


「幕ノ内先輩が昼休みに僕の教室に来られました‥幕ノ内先輩が桐山先輩と付き合えたのは高杯先輩のおかげだって‥高杯先輩は思いやりがあってとってもいい人だって」


「桜がそんなことを‥」


「僕もそう思いますって答えました」


「青丹‥」


「僕は思うんです、いい友達を沢山持ってる人は絶対に優しくていい人だって、だから高杯先輩は絶対いい人に決まってます」


わたしは涙が溢れてきた‥

桜、鶴松、猪野萩‥ありがとう‥

わたしは‥本当にありがとう‥


「さて、帰りましょうよ、傘入ってくれますか?」


わたしは頷いて応えた。


「やっぱり同じ学校っていいですね‥こうして一緒に帰れるんですから‥そう思いませんか?」


「そうだね‥」


「じゃあ‥僕を彼氏にしてくれます?」


「いや‥」


「ダメですか?‥」


「そうじゃないよ、わたしを本当に彼女にしてくれるの?年上だけど‥いいの?」


「もちろんです、是非お願いします!」


わたしは彼の傘に入って歩き出した。


「ねえ青丹‥手をつないでもいいかな?」


「はい、もちろんです」


そう言って彼が差し出した左手にわたしの右手を添えた。


「あったかいな‥」


好きな人と一緒に帰るってこんなに幸せだったんだな、忘れてた‥


隣で傘を差してくれている人は、正真正銘のわたしの彼氏だ‥


今日から毎日こんなにも嬉しい時間を過ごせるなんて‥


わたしは握られている手に少しだけ力を入れた。


彼の笑顔があまりにも素敵で、雨が降っているのに輝いて見えた。




「おはよう‥桜」


「おはよう菊乃」


「桜、昨日はありがとうね、ううん‥その前から、本当にありがとう‥」


「菊乃は親友なんだから当然だよ、鶴松も猪野萩も喜んでるよ‥きっとね」


「うん‥」


「ねえ菊乃?」


「何?」


「あの二人の卒業式やらない?」


「卒業式?」


「そう、舎弟関係の卒業式!」


「桜‥」


「どう?」


「そうだね‥やるか、モスバーガーで盛大にね!」


「そうこなくっちゃ!」


「あいつらも彼女くらい作らないとな、わたしらといたら彼女なんて絶対出来ないからね、ちゃんと卒業させてやるか‥」


「桐山と青丹も参加だからね!」


桜が笑いながら言った。


「来るかな?‥特に桐山が」


「それは大丈夫、わたしが引っ張ってでも連れて行くから!」


季節はすっかり新緑の季節だ‥


桜の次に菊の花が咲きました!


 −完−

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こいこい!(恋来い!) 神木 ひとき @kamiki_hitoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ