第20話『桜に幕!』

「お母さん、早く、早く!時間がないよ、もう桐山が来ちゃうよ!」


「もう少しだから、これでよしっ!出来たわよ!」


「ふぁ~っ、朝から賑やかだね、桜、おはよう」


眠そうに大きなあくびをしてリビングに入ってきた父が言った。


「あっ、お父さん、おはよう!日曜日なのに早いね?」


「桜のあまりの大声に目が覚めちゃったよ」


「ごめんね、起こしちゃったかな‥今ちょっと取り込んでるんだよね」


「おっ、大好きな唐揚げじゃないか?朝からすごいね、今日は何だい?」


「桐山くんとデートだって、お弁当作るから手伝えって、桜が‥」


「へ~っ、そうなんだ、桜がお弁当をね?」


父がテーブルの上の皿に残っている唐揚げをつまみながら言った。


「そうなのよ、彼氏が出来たら急に女の子らしいことしだして‥」


「それは良いことじゃないか‥桐山君はとってもいい子らしいね、うん、この唐揚げうまいね!彼も喜んでくれるよ」


「本当、桜みたいな子とよく付き合ってくれると思うわよ」


「お母さんひどいな‥これでも桐山の前ではしおらしくしてるんだから‥」


「そうね、桐山君に感謝ね、桜が少しは女の子らしくなったんだからね」


『ピン~ポーン』


インターホンが鳴った。


「桐山だ!お母さん行ってくるね!」


「はいはい、気をつけてね!」


わたしが玄関を出ると、桐山がいつもの涼しげな顔をして立っていた。


「おはよう!桐山」


「おはよう、幕ノ内さん」


「いい天気になったよ!絶好のデート日和だね?」


「そうだね、どこへ行くのか知らないけどいいお天気だね」


「さあ、行こうよ!」


「うん」


わたしは桐山と一緒に歩き出した。


「桜!」


玄関で母がわたしを大声で呼んでいる。


「何、お母さん!」


振り返って母に応えた。


「桜‥水筒忘れてるよ!」


「えっ?」


手にしているトートバッグの中を見ると、お弁当は入っているけど水筒がない。


わたしは慌てて玄関まで戻ると母から水筒を受取った。


「ごめんね、お母さんありがとう!」


母が玄関から出てきて言った。


「桐山君、おはよう、いつもありがとうね」


「おはようございます、こちらこそ、いつもすいません」


桐山が母に頭を下げた。


「はい、気をつけて行ってらっしゃい!」


母はそう言うと笑いながらわたし達を見送ってくれた。



「幕ノ内さんのお母さんは優しいね」


「そうかな‥」


「そうだよ、僕みたいのと付き合うこと、よく許してくれたと思うよ」


「それ逆だよ‥よくわたしみたいのと付き合ってくれるねって、さっきも言われたところ、桐山はうちのお母さんから評価高いんだよ‥わたしの方が心配だよ、桐山のお母さん、わたしのことなんて言ってるの?」


「いや、母さんが幕ノ内さんは僕みたいなおっとりしたやつにピッタリだって、少しは幕ノ内さんを見習って覇気を出せって」


「それって褒め言葉なのかな‥」


「褒め言葉だよ、それともう一つ言われたんだ」


「もう一つ?」


「高校、私立行かなかったのは幕ノ内さんが理由か?って‥」


「どう答えたの?」


「‥そうだって」


「お母さん何て‥?」


「おまえにそんな勇気があったんだ?って」


「そうなんだ、桐山は勉強も出来るからな‥わたしは悪者だよね?」


「全然、私立行かなくて良かったねって、ちゃんと彼女にするなんて大したもんだって褒められたよ」


「そっか‥桐山がわたしと同じ高校を選んでくれて良かったよ」


それと‥わたしを好きでいてくれたことがね‥


「で、幕ノ内さん、今日はどこへ?」


「せっかくバスケ部の練習が休みなのに悪いけどさ、わたし行きたいとこあるんだけどいいかな?」


「うん、もちろん」


「あまりにもお天気が良いからさ、ちょっと早起してお弁当作ってきたんだよね」


「お弁当?幕ノ内さんが?」


「うん、桐山のために頑張ったんだよ、もう朝からドタバタだったよ」


「すごいな‥で、どこへ行くの?」


桐山が少し不安そうな顔をしながらわたしに聞いた。


「それは内緒、ついてくればわかるよ」


わたしは京王線の調布駅に降りるエスカレーターに乗ろうと促した。

高幡不動駅で電車を乗り換えて終点の駅についた。


そこは多摩動物公園駅、わたしが桐山と行きたかった場所。


「動物園か‥幕ノ内さんって動物とか好きなの?」


「う〜ん、そうでもない、けど来たかったんだ、桐山は動物園ていつ以来?」


「そう言えば、もう何年も来てないな、多分小学生の遠足の時以来かな」


「わたしも‥昔は良く連れてきてもらったんだ、さあ行こっ!」


わたしは桐山の手を引っ張って行った。


桐山と一緒に手をつなぎながら動物園を歩いている。わたしの夢がまた一つかなった。


桐山の顔を見ると相変わらず涼しげな顔をしている。


「どうしたの?やっぱり動物園なんてつまらなかった?」


わたしは桐山に聞いた。


「いや、とっても楽しいよ、天気も良いし、なにより‥」


「ん?なにより?」


「なにより‥幕ノ内さんが一緒だからね!」


相変わらず桐山は嬉しいことばかり言ってくれる。


「桐山‥わたしね、いつか彼氏が出来たら、最初のデートって動物園に行きたいなって思ってたんだ」


「そうなんだ、よく考えたらバスケの部活ばっかりで、こうして二人で出掛けるのって初めてなんだね」


「そうだよ、初デートなんだからね!」


そう言って桐山と動物園を一緒に歩いた。

晩春の動物園は新緑がまぶしくて草木の香が漂っていた。


「桐山、お腹すいたでしょ?そろそろお弁当食べようよ、あそこのベンチ空いてるよ」


わたしは桐山を促して木陰の下のベンチに腰を下ろした。


「あんまり自信ないけど、良かったら食べて‥」


そう言ってわたしは肩に掛けていたトートバッグから包みを取り出して準備をし始めた。


お弁当は玉子焼き、唐揚げ、ウインナー、それとわたしが愛情込めて握ったおにぎりだ。


「すごいな、これ全部幕ノ内さんが?」


「大分、お母さんに手伝ってもらったんだけど、おにぎりは全部わたしが握ったんだよ」

「はい、おしぼり、手を拭いて食べて」


わたしはそう言って桐山におしぼりを手渡した。


「ありがとう」


「はい、おにぎり、形があんまり良くないけど‥」


「遠慮なくいただきます」


そう言って桐山がおにぎりを一口食べた。


「うん、美味しい、幕ノ内さんすごいね!」


「良かった‥お母さんにダメ出しもらっちゃって作り直したんだよ、最初のは握り過ぎなんだって」


「そうなんだ、そんなの気にしなくてもいいのに‥」


「大丈夫、失敗作はお父さんの朝ご飯になったと思うから」


そう言ってわたしは笑って答えた。


楽しい時間はあっという間に過ぎていく‥

気が付いたら閉園を告げるアナウンスが流れていた。


もう閉園時間なんだ‥


「ねえ、桐山」


「何だい?」


「初デート、もう終わっちゃったね‥」


わたしは今日という記念日が終わってしまうのがとても寂しかった。


「そうだね、でもまた来ればいいんだよ、動物園は楽しかったよ」


「本当?子供みたいだって思わなかった」


「全然、幕ノ内さんと一緒なら‥どこでも」


「ありがとう、桐山」



京王線に乗って調布駅まで戻ってきた。


桐山とわたしは動物園からずっと手を繋いだまま過ごした。


「今日は本当にありがとう」


そう言って桐山が繋いでいたわたしの手を離した。


「ううん、こちらこそ、ありがとう」


「家まで送るよ」


「うん、ありがとう」


わたしと桐山は並んで旧甲州街道を歩いていた。


「お母さんに電話するね」


「うん、そうして、心配してるといけないからね」


わたしはスマホをバックから取り出して母に電話をかけた。


「あっ、お母さん?」


『桜、どこ?』


「もうすぐ家だよ」


『そう、桐山君も一緒?』


「うん、一緒だよ、桐山が家まで送ってくれるって、これから帰るよ」


『桜、お弁当はどうだった?』


「うん、喜んで食べてくれたよ」


『そう、桜が一生懸命作ってたから、桜のあんな真剣な顔、最近見たことなかったわよ。お弁当って気持ちが味に伝わるって言ったわよね?』


「うん、お母さん、ありがとう。ちゃんと伝わったと思うよ」


『そう‥良かった。気を付けて帰ってらっしゃい、それと‥』


「えっ、それは‥桐山なんて言うかな?うん、わかった。じゃあ」


わたしは電話を切った。


「お母さんなんだって?」


桐山が心配そうに聞いてきた。


「気を付けて帰ってらっしゃいって、それと‥もし迷惑じゃなかったら‥うちで夕飯誘いなさいって‥嫌だよね?」


「えっ、お母さんが?」


「うん」


「嫌だなんて‥逆に幕ノ内さんが嫌でしょう?」


「わたしは‥嬉しいけど、今日お父さんもいるから、桐山が嫌だろうなって」


「嫌じゃないけど、 緊張するよね」


「そんな雰囲気じゃないけど、うちって」


そんな会話をしてる間に、家の前についてしまった。


「桐山、ここでいいよ。お母さん言い出したら聞かないから‥」


「ちゃんと挨拶しないと駄目だよ。このまま帰るなんて出来ないよ」


「うん、わかった」


わたしは自宅のインターホンを鳴らした。


「ただいま」


母が玄関から出てきた。


「桜、お帰りなさい。桐山君、ありがとうね」


「いえ、今日は桜さんと楽しかったです。ありがとうござました」


桐山が頭を下げた。


「桐山君、桜こんなふうにちょっとガサツだけど、これからもよろしくお願いね」


自分の娘をガサツって‥本当のこと桐山に言うなよな‥


「桜、桐山君のこと大事にしないと、桐山君みたいないい人、もう二度と現れないわよ」


母が真顔でわたしに言った。


「お母さん!もう、桐山の前でそんなふうに言わなくたって‥」


わたしは恥ずかしくて仕方がなかった。


「桐山君、良かったら夕飯食べていって、桜のお弁当ほど美味しくないかもしれないけどね」


母が笑いながら桐山に言った。


「でも‥せっかくの家族団欒なのに、僕、お邪魔じゃないですか?」


「うちは大歓迎よ、桜だってもう少し桐山君と一緒にいたいよね?」


「お母さん!」


「ハイ、ハイ、さあどうぞ」


わたしは桐山の顔を見た。

桐山もわたしを見てどうしたらいいのか?っていう顔をした。


わたしはゴメンという仕草をして桐山の背中を押して家に招きいれた。


桐山は諦めてうちに入ってくれた。

わたしは桐山が怒っていないか心配だった。

顔を見ると桐山が、


「仕方ないね」


って小声で言って笑ってくれた。


わたしは心の中で何度も桐山に謝った。

リビングに入るといい香りが漂っていた。


「桜、ボーッとしてないで、桐山君を席に座ってもらって!」


「ああ、桐山‥ここ座ってよ」


わたしはリビングの椅子に座るように桐山に促した。

うちに桐山がいる‥

なんだか不思議な感じだ。


「さあ、ご飯が出来ましたよ。桜、手伝って」


「はい、お母さん」


わたしは、母の手伝いをしながらテーブルに夕飯を並べた。


「桜、お父さん呼んできて」


「桐山、緊張しくても大丈夫だよ、お父さん優しいから」


「うん、でも緊張しちゃうよ‥」


桐山から笑顔が消えた。


「おかえり桜、今日はお天気に恵まれて良かったね」


「お父さんただいま、友達の桐山君を連れて来た」


「は、初めまして、桐山鳳太です。お邪魔してます‥」


桐山が椅子から立上がって父に挨拶をした。


明らかに緊張して言葉が出てこない様子だった。


無理もないよね‥

やっぱり誘わなければ良かったかな‥


「桜の父です、初めまして、桜?桐山君は友達じゃないだろう?」


「えっ?」


「桜は前に言ってたよね?友達に以上はないってさ」


「お父さん‥」


「桜の彼氏の桐山君でいいんだよね?」


「お父さん‥へへへ、そうだね‥彼氏の桐山だよ」


お父さん‥わかってるな。


「桐山君、楽にしてよ、うちは気遣いはいらないからね、何もないけどご飯食べていって」


父が緊張して固まっている桐山を見てクスクスと笑いながら言った。


「まあ、緊張するなって方が無理かな、お母さん、桐山君にたくさん食べてもらおうね」


「そうね、桐山君、座って座って」


母が桐山に座るように促した。


「桜、今日はどこへ行ってきたの?」


母がわたしに聞いた。


「多摩動物園だよ」


「動物園?何で?」


「だって、行きたかったんだ‥動物園」


「桐山君、面白くなかったでしょう?」


母が桐山に聞いた。


「そんなことないです、楽しかったです」


「桐山君は優しいね、桜に合わせてくれて」


「そんな‥本当に楽しかったですよ」


「まあ、いいじゃないか、みんなでご飯を食べよう」


父がその場を締めてくれた。

桐山は少し緊張が取れたのか、いつもの表情に戻ってご飯を食べてくれた。


桐山を見送るため、わたしは玄関を出た。


「桐山、ごめんね」


わたしは無理に引き止めてしまったことを詫びた。


「こっちこそ、ご馳走になっちゃって、迷惑かけたよね」


「迷惑なんかじゃないよ、桐山じゃなかったらしてないと思うよ。お父さんもお母さんも桐山の人柄がいいからああ言ってくれるんだって思うんだ」


「そんな、僕はなにもしてないよ、幕ノ内さん今日はありがとう‥それじゃまた明日」


そう言うと桐山はわたしに背を向けて歩き出した。


桐山の背中が少しずつ小さくなっていく‥

このまま今日という日を終わらせたくなかった。


「桐山!」


わたしは振り返った桐山に駆け寄って、思いっきり抱きついた。


「幕ノ内さん‥」


「桐山‥わたしは桐山じゃなくちゃダメなんだ‥絶対に他の人じゃダメなんだ!だから‥だから‥ありがとう、桐山を彼氏にすることが夢だった‥彼氏になったら‥前よりもっと、もっと桐山が好きになった!」


「幕ノ内さん、僕も‥幕ノ内さんが‥だからね‥」


「うん」


「こうやって‥ずっと一緒にいるからね‥何があっても」


「桐山‥」


「これから‥桜‥って呼んでもいい?」


「もちろん‥鳳太」


桐山がわたしをギュッと抱きしめた。


わたしは眼を閉じた。


桐山の唇がわたしの唇に触れるのがわかった。


あったかくて、優しい感触だ‥


わたしはずっと忘れない‥

今日の日を‥


歳をとっていつかこの日のことを懐かしく思い出すだろう‥

その時もわたしはこの人と一緒にいるんだ‥


彼は、鳳太はきっと変わらない優しい笑顔でわたしの隣にいてくれる‥


 −終わり−


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