俺の場合
どうやら俺はモテるらしい。だが、そんなことがどうでもよく感じるくらいに俺は退屈していた。どいつもこいつも上っ面。誰ひとりとして同じ人間のように感じず、ぎこちない人形の相手をそつなくこなすばかりであった。
そんな俺が出会ったのは物怖じせずにずばずばと意見するあの子だ。肯定と同意にうんざりしていた俺が彼女に気になり始めるのに時間はかからなかった。
決まった時間というのはない。あの子を探して三千里。見つけ次第駆け寄った。客観的に見なくともこのときの俺は犬そのものだろう。
「おーい」
彼女は横目でこちらを見る。その無愛想な顔をどんな用と言えば楽しませられるだろうか。
「何よ。あなたに用はないわよ」
「いやいや、俺が用あるのよ。ほら今日はさ、ここの喫茶行こ?」
それが俺の常套句であった。人形には各々が関心のある話題を接着して使い回している。便利なものだ。
本当は彼女のために新しく考えたいのだが、彼女本人にセンスがないと言われっぱなしなので控えている。
「それで、今日は何用なのかしら。今日こそ面白いこと言いなさいよね」
「──君と甘美の時間を過ごしたいんだ」
俺は見逃さなかった。俺が言った直後に彼女の口角がわずかに上がるのを。隠せていると思っているのだろうが、彼女は正直者だから表情を隠せないのだ。
案の定、俺の用に毒づく。
「ねぇ、本当にそれかっこいいと思ってるの? すごいくさいんだけど。そういうのそろそろ卒業しないさいよ。というかもっと捻りなさいよポンコツ」
「ポンコツはねぇだろ、ポンコツは。いじけちゃうぜ。というか俺に夏目漱石やらのレベルを求めるなよ、小説家でもないんだからさ」
一体どのレベルに到達すれば彼女の満足を得ることができるのだろうか。毎日のように会っているのに彼女が果てしなく遠くに感じられた。
再度彼女は俺の用件を尋ねてくる。
「いや、告白の言葉でも君から勉強したいなぁと思ってね」
そう、わざわざ彼女の理想に到達する必要なんてないのだ。そんなもの本人に訊いてしまえば一発なのだから。これは嘘つきの特権だ。俺の想いが彼女にバレることない。その想いを伝えるまでは。
その答えを待つも彼女はコーヒーを静かに啜っている。俺もシロップを入れてそれに倣った。
やはり、苦いものには甘いものがつきものだ。俺が注文したガトーショコラは既に食べ終えたため、彼女の分も少し拝借(返せないけど)した。
ぼんやりとコーヒーを啜っていた彼女は自分の分が消えていくことに気づく。
「ちょっと、何食べてるのよ」
「聴いてない君が悪いのさ。まぁまぁ御教授お願いしますよ、先生?」
軽薄な笑みを浮かべてやがるとか思われてるのだろうが本当は違う。怒った顔や呆れ顔だろうと彼女の無表情を崩せたのがたまらなく嬉しいのだ。
彼女はいつものように仕方ないなみたいな顔をしてほんの少し笑みを浮かべる。この表情だ。彼女のこの表情こそが、人形遊びよりはるかに重体で神聖な病を俺に患わせるのだ。
やっとこさ彼女が話に乗ってきた。
「素直に言えばいいと思うのだけれど。ほら、あなたって顔だけはいいから周りに女が多いじゃない? そういうマイナスを消すために誠実さをアピールすればいいのよ」
「ほうほう、なるほどね」と言って頷く。
顔がいいのは認めるがそんな風に思われているとは。まるで誠実じゃないと言われてるようなものだ。だが、嘘をつくのはやめたくない。この初めての気持ちを悟られたくないのだ。
後の雑談の中、ひとつのアイデアが浮かんできた。徐々になんて悠長に待っていられない。いつかはそれをさらけ出す必要があるのだ。考えれば考えるほど、胸の鼓動が高まっていく。
「──そろそろ、他の子との時間なんじゃない?」
彼女が切り出せば、俺がそれに対して緊張を紛らわすように返した。
「あぁ、そうだった。すっかり忘れてた。君と話してるとなんだか時間なんてどうでもいいものみたいに思えるんだよね」
これも嘘だ。これからどうするか、緊張して時間なんて忘れるわけがないのだから。
会計を済ませて外に出た俺たちは、お互い逆方向に向かうようだった。俺はいつも彼女に振り返っては手を振るのだが、覚悟を決めた俺は胸のうちをさらけ出す。
「好きだぜ」
嘘つきのたったひとつの真実。
嫌われてはいないと自分でも思う。彼女と付き合えたらなんて淡い夢想を胸に抱えずにはいられないのだ。
だが願いとは裏腹に、彼女は『す』のために口をすぼめることはなかった。
「私は嫌いだわ」
彼女は俺に背を向け、その場を後にする。俺もまた背を向け、延々と続く道へ歩みだした。
答え合わせは行わない 夜詩痕 @purple000
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