答え合わせは行わない

夜詩痕

私の場合

 正直者馬鹿を見るとはこのことか。

 別段これまでの人生でそう思ったことは一度たりとなかったはずだが、今回ばかりは違った。




 決まった時間というのはない。アイツは決まって必ず私の元へ来るのだ。それも毎日のように。


「おーい」


 まるで探していかのように私を見ては軽薄な笑みを浮かべ駆け寄ってきた。今日は一体だろうか。


「何よ。あなたに用はないわよ」


「いやいや、俺が用あるのよ。ほら今日はさ、ここの喫茶行こ?」


 それが彼の常套句であった。他の子には各々が関心のある話題を接着して使い回しているのだろう。便利なものだ。

 その使い回しに毎度乗せられている私も私だが。


「それで、今日は何用なのかしら。今日こそ面白いこと言いなさいよね」


「──君と甘美の時間を過ごしたいんだ」


 言い出すのに三秒もかかっている。それでいてセンスがない。私が吹き出しそうなるから、別のセンスはあるのかもしれないがもちろん失格。


「ねぇ、本当にそれかっこいいと思ってるの? すごいくさいんだけど。そういうのそろそろ卒業しないさいよ。というかもっと捻りなさいよポンコツ」


「ポンコツはねぇだろ、ポンコツは。いじけちゃうぜ。というか俺に夏目漱石やらのレベルを求めるなよ、小説家でもないんだからさ」


 上達か諦めの選択を推奨したいものだ。

 私は改めて彼の用を訊く。


「いや、告白の言葉でも君から勉強したいなぁと思ってね」


 これは意外だ。私が毎度駄目出しをしているせいもあって、彼は本当に自分のセンスに悩んでいるらしい。──センスがないのは本当だけれども。

 とりあえず、私はコーヒーを静かに啜った。

 やはり、甘いものには苦いものがつきものだ。私が注文したガトーショコラは既にテーブルにあるけれど食べるのは最後。それを食べた後にちびちびと飲んでいたコーヒーを流し込むのだ。いつも彼に誘われているせいか、私の中でルーティンが出来上がってしまったのだった。

 コーヒーをテーブルに置くと私のガトーショコラが消えていくことに気づく。


「ちょっと、何食べてるのよ」


「聴いてない君が悪いのさ。まぁまぁ御教授お願いしますよ、先生?」


 自分の注文したものを平らげた彼は私のものに手をつけていた。しかし、彼は悪びれず、意味あり気に微笑んでいる。

 彼にはどうしても負けてしまう。どうしてだろうか。答えは既に知っているのかもしれない。

 ここはひとつ、嘘つきな彼に乗ってあげることにした。


「素直に言えばいいと思うのだけれど。ほら、あなたって顔だけはいいから周りに女が多いじゃない? そういうマイナスを消すために誠実さをアピールすればいいのよ」


「ほうほう、なるほどね」と言って頷く彼。

 一体誰のためにそんな難しい顔をしてまで考えているのかが気がかりであった。彼が人のために懸命になることなんて一生に一度もないのだから。そんな私の思案は胸の締めつけを一層強くする。

 後の雑談はノイズ混じり。考えれば考えるほど、じわじわと息苦しくなるだけ。

 そんな私を飲み干したコーヒーの苦味が鼓舞してくれる。


「──そろそろ、他の子との時間なんじゃない?」


 私が切り出せば、彼がそれに対して台本を読むようにして返す。


「あぁ、そうだった。すっかり忘れてた。君と話してるとなんだか時間なんてどうでもいいものみたいに思えるんだよね」


 嘘つきめ。




 会計を済ませて外に出た私たちは、お互い逆方向に向かうようだった。彼はいつも私に振り返っては小さく手を振るのだが、その日だけは違った。


「好きだぜ」


 突然であれ、それはどんなに切望した言葉か。けれども、他の誰でもない彼に鍛えられた私が見抜けないとでも思ったのか。相変わらず嘘が下手だ。

 私は彼と違って正直だ。今まで嘘をついたことすらないかもしれない。だからこそ、私はあなたより上手く嘘と不意をつくことができるはずだ。

 私はお返しと言わんばかりに言い放つ。


「私はだわ」


 こうして私たちはそれぞれの向かう道へ歩みだした。



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