第二話:白と朱の騎兵
蒼龍が本国陸上防衛海域に入る頃には、横須賀での騒乱から既に五日が経過していた。
元々大した被害が無かったこともあり、その頃には事後処理がある程度済んでいた。
横須賀駅。
「よっと。
ふぅ……やっと着いたわね」
「お姉ちゃん……はしゃぎ過ぎだよ」
良く似た顔立ちをした、真新しくも季節外れの
一人は
一人は雷華の妹である
良く似た顔立ちを除き唯一共通してあまり背が高くなく、ちんちくりんな印象すら与えるこの二人は、こう見えても立派な軍人である。さらに付け加えると、二人の着ているこの衣装はれっきとした大日本共和国連邦海軍の制服だ。
「あれじゃない?」
駅を出て、海の方を指差した雷華は開口一番にそう言った。
その指の先には、五つの主砲を誇り、黒鉄色の艦体を深紅色の模様に染められた巨大な戦艦の姿があった。
「大きいわねぇ、戦艦って……って、あれ?
信濃型って全長何メートルだっけ?」
「えぇっと……確か、300メートルは超えていたはずで───」
「全長333.0m、全幅52.0m、喫水線長325.6mです」
電子が言いかけたその後ろから男性の声が聞こえ、ギョッとした様子で二人が振り向く。
二人が振り返ると、そこには頭上に雪でも積もっているかと錯覚する白髪が特徴ともいえる壮年の男性が居た。その服装は二人と同じ裾が長い紅い軍服だが、彼の着用するものは裾または袖の縁や肘等の至るところが擦り切れており、少々痛ましくすら二人には見えた。
「突然話し掛けて申し訳ない。
貴官方のその服装はもしや第一遊撃部隊所属の制服ではないか、と思いまして」
そう言われ、雷華は「あ、はい」と答える。
この国の軍───特に海軍は結構変わっていると思うところが少なくとも雷華にはあった。特に制服について。
日本海軍の制服は陸海軍共通の儀礼用を除き、部署に応じて形状や一部の機能、さらに配属部隊に応じて色がそれぞれ違うのだ。この場の三人で例えるなら、航空隊所属の隊員は上着の裾が長いタイプであり、第一遊撃部隊に所属する場合の制服の色は紅だ。
「えっと、あなたは……?」
「申し遅れました。
階級は兵長です」
電子の問いに対し、狂言回しの語り掛けの様にそう答えた男性兵士。そんな彼に、雷華は返す。
「私は陸駆 雷華。
こっちは妹の電子。
階級はどっちも軍曹」
「上官殿、でしたか……」
「えぇ、ですがまぁ、海軍には最近転属になった様なものですから」
「そうでしたか……」
ふと、庄屋は二人に尋ねる。
「ところで、貴女方の乗艦はどちらで?」
「二人とも信濃に配属です」
電子が答えると、「あぁ、それでしたら……」と言いながら、懐から手帳を取り出した。
「たしかもうブリーフィングが始まっている筈ですね」
そのページには今日の予定事項がびっしりと書かれている。のだが、信濃のブリーフィングの時間は〇九〇〇。現時刻は一〇〇〇。
「「…………」」
もうお分かりだろう。
もう時間は過ぎているのである。
「───嘘ッ!!?」
「───お姉ちゃん……!!」
その時である。
「───ッ……!!?」
庄屋が何かへと反応した。
「今のは……!!」
「……え───!?」
「……はい───!?」
二人も彼の視線の先へ振り向くと、
「───あれは……っ!!!」
蒼穹に点の様に彩られていた為に分かった、白と朱の何か。それが信濃の後部甲板より放たれ、飛んでいったのだ。
それは丁度、ふとしたいざこざによって二機の戦闘機が飛び立つところであった。
時刻、一〇〇〇。
横須賀沖20km
小笠原諸島を越えて大分経ち、第一防空部隊はそのまま目の前に見えてきた横須賀港を目指していた。
その時である。
「───なんだ!!?」
オペレーターが驚愕の一声を上げたその瞬間、
『交戦規定【特一条】発令
総員、誤射に注意してください』
突如としてそのアナウンスは鳴り響いた。
「何事だ!!?」
「わかりません!!!
ですが突然、交戦規定【特一条】が!!!」
その時、
「艦長!!!」
別のオペレーターも反応し、進言した。
「目の前で何かが戦闘を行っております!!!」
「何だと!!?」
言われた艦長は双眼鏡を掲げ拝む。
左舷に少しずれたその空中では、赤と白の何かが飛び交いながら弾を撃ち合っていた。
「あれは……───」
望遠倍率を少しずつ上げていき、ある程度したところで、
「───零!!?」
その正体を艦長は名指した。
そこでオペレーターの一人がようやく情報を提示する。
「データ出ました!!
白い方は『零式艦上空戦騎 試作型三号機』、朱色の方は『零式艦上空戦騎 試作型九号機』のようです!!!」
そのオペレーターの一言に違和感を感じ、艦長は首を傾げる。
「零式艦上、空戦騎……?」
気付けばその違和感の正体───聞き慣れない単語を、彼は自ずと反芻するのだった。
その頃、蒼龍 航空兵科
現在ここには江草 隆秀、住吉 高士、美原 出雲の三人がいた。
「なんか戦闘やってるみたいだな!!」
そう言って入ってきたのは叢雲 天。そんな無邪気そうな彼に出雲が頷く。
丁度、この部屋にあった大画面モニターにその映像が映し出されている。
「今ヤり合ってるのは?」
「試作型三号機と試作型九号機、らしいな」
「ふぅん……ってあれ、試作型って何機あるんだ?」
「十三機」
「へぇ、そんなにあんのか!!
なら一機くらいくすねても問題なさそうだな!」
叢雲と住吉が問答しているその横で、出雲は「まぁ半分は貰えるんじゃないかしらね」と突っ込みを入れていた。
そんな彼らを他所に、隆秀は既に隣にいた蒼龍に問いかけた。
「にしてもあれのパイロット、何者だ?」
『確認───』
少し間を置き、蒼龍は答える。
『───試作三号機、白い方の機体が有本 僚准尉』
そう聞いた瞬間、隆秀は吹き出した。
今、蒼龍の姿が見えていない三人が───彼らからすれば何の突拍子もなく笑いだしたのだから仕方がないのだが───一瞬驚き「どうした?」と天が聞き返した。
「いや、蒼龍と話してて」
「いや、そうだろうとは思ったけど」
「……あの白い機体のパイロットがさ」
「おう」
「有本 僚准尉だってさ」
「ふぅん……」
そのまま流しかけた天だったが、
「……あ''?」
違和感を感じたのか一拍起き、続けて驚き気味になりながら問う。
「今、准尉って言ったか!!?」
「そうだよ」
後ろに便乗と入りそうな返答をする隆秀。
「んで、もう一人の方は誰なんだ?」
隣で呻く天を余所に、高士が問いかける。
「……朱色の方は試作九号機、パイロットは城ヶ崎 小太郎 曹長の筈だ」
「城ヶ崎……小太郎!!?」
解答に対して驚愕を示したのは、天だった。
「知り合いか?」
「知り合いも何も……同期だよ、
「……良く同期の名前なんて覚えてるな」
「あいつは次席だからな!
ま、首席は俺だったけどな!」
「お、おう」
「だが、な……」
「…………?」
「あいつ、昔はあんな動きしなかったぞ」
「そうなのか?」
直後、
「あらー」
それまで黙っていた出雲が突然口を挟んだ。それにつられて三人が画面を見やると、
「「「あ」」」
翼をもがれた朱色の機体───試作九号機が落下していく様が映し出されていた。
「小太郎が……やられた、だと……!!?
……あいつやっぱ強ぇぞ!!?」
この場に居る中で一人、物凄く取り乱している天。
「そうは言っても、あの朱色の機体言うほど強そうには見えなかったが……」
「まぁ天がそこまで言うくらいだからな……」
それに対し冷静な二人。
そんな彼らを余所に、一人画面を見つめる出雲。
その画面内では、試作三号機が腰部からワイヤーアンカーの様なものを射出し、試作九号機を受け止めていた。
「おいおい……」
「危ういな……」
その時、艦が少し揺れる。揺れるといっても少し鈍く長い音がしただけだが。
それでも、それが横須賀港正面まで辿り着いたことを知らせるには充分だった。
『これより本艦は海軍横須賀港 第一番大型艦ドックに入る』
「お、もう着いたか」
「思ってたより早かったな」
隆秀、高士が反応する横で、
「ふと思ったんだがこの映像ってどっから撮ってるんだ?」
それに答えたのは、隆秀。
「蒼龍の各所にあるカメラからの映像とレーダーから得たデータを元に、程よい感じにアマテラスが再現しているんだろ」
「へぇ、便利だな」
その返答に天は感心しているのか呆れているのか、若干阿呆な彼のことだから多分感心しているのだろう。少なくともと隆秀にはそう思わせる反応を示した。
「そういえば、一番ドックって
「確かにリフトでも使えばすぐに乗り移れる距離だな」
唐突に出雲が確認する様に隆秀に問うと、
「行ってみる?」
隆秀の返答に続けてそう尋ねた。
「信濃に?」
「もちろん!」
まぁ違うなら他になんだって話になるが。
「まぁ、顔合わせ程度でよければ」
そう言って、隆秀ら数名はこれから信濃へと向かうことになる。
蒼穹の艦隊 -the Aircraft Carrier of Azure Fleet- 王叡知舞奈須 @OH-
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